2021年10月17日

「新型コロナウイルス死亡者」 < 「コロナワクチン死亡者」の疑い


■東日本大震災を超える出来事が起こっている

 あまり…と言うか、全く報道されていないけれども、既に日本におけるコロナワクチン接種による死亡者数は、新型コロナウイルス感染による死亡者数を大きく超えている疑いがある。

 少し前の厚労省の発表ではコロナワクチン接種による死亡者数は1233人となっていたが、それはあくまでも氷山の一角であり、ワクチン接種後4時間以内に亡くなった人とワクチンの副作用死だと医者が認めざるを得ず、止むなく報告した一部の死亡者の合計が1233人だったというだけに過ぎない。
 もちろん、因果関係は全て不明ということになり、何か事故があった場合の承諾書にサインしているので、全ては自己責任ということになってしまう。

 昔からアメリカにおけるワクチン接種による副作用報告というのは、せいぜい1〜2%程度というのが相場らしいので、日本もそれほど変わらないと思った方がよいかもしれない。

 その証拠に、同じく厚労省が発表している今年の人口動態統計では、東日本大震災の時よりも人口が急激に減少している。2011年の東日本大震災からの10年間は、ほぼ同じような人口減少カーブを描いていたものが、2021年だけは突然、急カーブに変化している。

 コロナ感染によって死亡したことになっている人は、この2年間で2万人程度だろうけれど、人口動態統計では、今年前半だけでも、それを大きく上回る人口減少になっているので、何かが水面下で起こっているとしか考えられない。東日本大震災を超えるような何か大きな事件が有ったのか?と考えると、答えはハッキリしているのではないだろうか。

 実際に、コロナ感染者が減少しているにも拘らず、救急車の出動数や葬儀の依頼数が急激に増加していることを見れば、何が原因かは明白だと思われるが、そういったことを報道すると、誰もがワクチン接種を敬遠してしまうので報道されない。

 「ワクチンに副作用は付き物なので、多少の犠牲は止むを得ない」と言う人がいるが、インフルエンザワクチンのように数人程度の犠牲者で済めば、そういう考え方もできるかもしれないが、千人単位で犠牲者が出て「多少の犠牲は止むを得ない」が通用するのだろうか。

■「今だけカネだけ自分だけ」の悲劇

 医学博士の崎谷博征氏は、以下のように述べられている。

>“現代、私たちのおかれている状況は、この現代医学の欺瞞(フェイクサイエンス)が頂点に達した時点で行われている犯罪行為なのです。しかし、このような当たり前の議論は、現代人の心身の不調が加速して思考能力も低下した現在では、権力者よりもむしろそれに飼いならされた大衆(大学教授などの専門家も含める)によって攻撃を受けて葬られる運命にあります。
本書も、ショーペンハウアーが示した真理が通る道順、すなわち最初は無視・嘲笑され、その後激しい攻撃を受けて、最終的に誰でもこの程度のことを知っているよという順に変遷していくでしょう。

【参考文献】『ワクチンの真実』崎谷博征著

 崎谷氏の言われる通り、この問題は、前代未聞の薬害事件として大きな騒ぎになるまで、まともなことを言う側の人々は無視・嘲笑される運命にあるのだろうと思う。

 昨今の、ワクチン接種を希望する人が殺到するという状況を鑑みると、ワクチン接種を推奨している側だけでなく、むしろ、ワクチンを誰よりも早く接種したいと願っている大衆側にも問題があるのだろうと思えてしまう。

 最近、巷では、こういう言葉が流行っている。

 「今だけカネだけ自分だけ

 自分だけが救われたいがために、誰よりも早くワクチンを接種することに必死の形相になる人々の姿を観ていると、「今だけカネだけ自分だけ」という言葉がふと頭をよぎってしまう。他人を押しのけてまで我先に助かりたいという、その行為が、意図していなかった皮肉な結果を招いてしまうのであれば、まさに悲劇と言うしかない。

 現下、こんなことを言っても、理解できる人はまだ少数であり、大抵は、無視されるか、嘲笑されることになる。この悪夢のような茶番劇は、一体いつになれば終焉を迎えるのだろうか。

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posted by 自由人 at 22:01 | Comment(0) | コロナ問題
2021年09月25日

「ウイルス対策ソフト」と「コロナワクチン」の相似性


■「コンピュータウイルス」と「ウイルス対策ソフト」

 人間に対してのウイルスがあるように、コンピュータに対してもウイルスがある。「コンピュータウイルス」という名の悪質なプログラムがコンピュータのシステム内に入ってしまうと、そのコンピュータは正常に動作しなくなり、データを勝手にコピーしたり書き換えたりして、思わぬ被害を被ることになる。

 そういった被害を避けるためにコンピュータウイルスからコンピュータシステムを護るウイルス対策ソフトが開発された。新種のコンピュータウイルスが出てくる度にウイルス対策ソフトがバージョンアップされ、コンピュータシステムの進化と並行してウイルス対策ソフトもどんどん進化し続けた。

 コンピュータウイルスを防御する側とコンピュータウイルスを創作する側が双方共に進化し続けて双方共に発展する。まるで、自らマッチで火を付けて、自らポンプで火消しをしているかのようなそのビジネスモデルを見て「マッチポンプビジネスだ」と揶揄する人もいた。

■ウイルス対策ソフトをインストールすることで起こる副作用

 そういった疑いが有ることは扨措き、ウイルス対策ソフトをインストールすることで、逆にコンピュータシステムの動作が重くなったり不安定になったりして、余計にストレスを感じるという新たな問題も発生した。これもワクチンと同様に、ウイルス対策ソフトの副作用とも言えるだろうか。

 コンピュータウイルス被害が深刻になり無視できなくなってくると、ビジネスで使用するコンピュータにはウイルス対策ソフトが必須となり、ウイルス対策ソフトを導入していない企業は白い目で見られるようになった。

 しかし、趣味でパソコンを使用しているユーザーには、快適にパソコンを利用できることを優先する人もおり、敢えてウイルス対策ソフトをインストールしない人も大勢いた。

 そもそも、コンピュータウイルスに感染するには、他の情報機器と繋がっている必要がある。インターネット回線に繋がっているか、USB端子などから経由して感染することは有り得ても、インターネットに繋げず、外部機器を接続しないクローズドな環境であれば、コンピュータウイルスに感染することは100%有り得ない。

 コンピュータにインストールしたウイルス対策ソフトは、気に入らなければ、きれいにアンインストールすることもできれば、別のウイルス対策ソフトに入れ替えることも可能だった。ウイルス対策ソフトをインストールしたことによりシステムが壊れてしまったとしても、システムを再インストールするか、最悪、コンピュータを買い換えればトラブルを回避することはできた。

■「コンピュータシステムの改造」と「人体システムの改造」

 医学博士の崎谷博征氏は「新型コロナ遺伝子ワクチンはオペレーション・システム(OS)である」と述べておられるが、ウイルス対策ソフトというのは、現在騒がれているコロナワクチンに似ていると言える。
【参考文献】『『ワクチンの真実』(崎谷博征著)

 しかし、コンピュータにインストールすることと、自分の肉体に注射するのとでは決定的に違うことがある。人間が作り出したコンピュータのシステムに変更を加えるのと、神が作り出した人体のシステムに変更を加えるのとでは、全くリスクが異なる。前者は取り返しが付くが、後者は取り返しが付かないという意味では、全く次元が違う代物だと言える。

 「医は仁術なり」とも言われるが、残念ながら、現代医療は「仁術」と言うよりも半分は「算術」になってしまった。そのため、「薬効力」に重きを置きがちだが、人体には「免疫力」というものが備わっており、大抵の病気はその「免疫力」によって治癒される。

 その人間の免疫力では対抗できない強力な病原体に対しては科学の力で対抗しようという目論みから薬やワクチンというものが開発された(ということになっている)わけだが、コロナワクチンに限って言えば、人間の肉体を改造して特定のウイルスに対抗するというものなので、宗教倫理的な見地からも、神に対する冒涜だと受け取る人も世界中に大勢いるようだ。

 コロナワクチンを「獣の刻印」だと言う人もいるが、なるほど、言い得て妙だな…と思う。

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posted by 自由人 at 22:48 | Comment(0) | コロナ問題
2021年09月19日

目に見えないコロナとの戦いには「孫子の兵法」が有効


■「百戦百勝は善の善なるものにあらず」

 現在、自民党の総裁選の話題で持ち切りとなっており、4候補者がそれぞれ4者4様にコロナ対策について述べている。
 一方で、野党は、自民党のコロナ対策が失敗だったと批判しているが、与党・野党ともにコロナと真正面から戦うことを訴えているという意味では何ら違いはなさそうに見える。

 勝算が無いにも拘らず無謀に戦いを挑むその姿は、恰も、空を飛ぶ戦闘機に対して「竹槍で戦いを挑む」と意気込んでいるような姿を彷彿とさせる。

 目に見えないウイルスとの戦いというのは、ある意味、幽霊と戦っているようなものなのかもしれない。目に見える害虫との戦いであれば、如何様にも具体的な戦法が見い出せるだろうけれど、目に見えない敵との戦いにこれと言った戦法など見い出せるわけがない。

 有名な「孫子の兵法」に次のような言葉がある。

 「百戦百勝は善の善なるものにあらず

 その意味するところは、「百回戦って百回勝つのが最善ではなく、戦わずして勝つのが最善である」ということ。「孫子の兵法」において最も重要な「戦わずして勝つ」を示した言葉でもある。

 個人的に、ウイルスとの戦いは、この「孫子の兵法」に則ることこそが必要だと思う。

■「敵を知り己を知れば百戦してあやうからず」

 コロナ禍によって判明したことは、本当に恐いのはコロナではなく、むしろ、人間の恐怖心理であるということ。目に見えないということは、少なくとも人間の目には有るか無いかも分からないということを意味している。

 例えば、霊能者に「あなたには先祖霊が付いているので除霊しなければ不幸になる」と言われれば、その言葉を真に受けて、法外な除霊料金を支払って除霊をしてもらう人がいる。
 先祖霊というものは確かに存在するだろうけれど、その先祖霊が本当に子孫に取り憑いているかどうか、あるいは子孫に悪さをするかどうかは本物の霊能者でしか分からない。

 しかしながら、霊能者を自称する者から「あなたには先祖霊が付いている」と言われても、それが本当かどうかは確認のしようがない。
 そのため、ここでまず必要なことは、その霊能者が本物か偽物かを知ることになるが、それは残念ながら分からない。ゆえに、当人が霊とは何か? 先祖霊とはどういうものなのか?ということを知ることが重要になる。つまり、本物・偽物に関係なく霊能者の言葉を鵜呑みにするのではなく、自分で知見を得て、自分である程度、本物と偽物の区別ができるようになることが望まれる。

 他人の権威や肩書きを信じるのではなく、自分自身で知見を得て判断力を磨くことによって、自分の身は自分で守るというスタンスを持つこと。そういったスタンスを持ち続けていると、霊能力が無くとも、ある程度、本物と偽物の見分けが付くようになってくる。

 ウイルスについてもこれと同じことが言える。他人の権威や肩書きよりも、自分自身の判断力を信じること。これが最も重要なスタンスとなる。そのためには、他人の意見に依存するのではなく、自分自身の判断力を磨いていく努力が必要になってくる。

 このことを「孫子」の言葉で言うと次のようになる。

 「敵を知り己を知れば百戦してあやうからず

■コロナとの戦いは「戦わずして勝つ」

 では、「先祖霊」を「コロナ」に置き換えて考えてみよう。

 ここで重要なことは、先祖霊が見える霊能者は存在し得ても、コロナが見える専門家は1人もいないということ。つまり、頼るべき人は誰もいないということであり、自ずと信用できるのは自分の判断力だけということになる。

 各専門家の語っていることが「真」であるのか「偽」であるのかを自分自身の知見で判断しなければ本当のことは誰にも分からないということである。

 目に見えず得体の知れない幽霊のような敵に対して、百戦を挑んでも勝つ見込みなど立たない。そういう意味では、与党・野党ともに政治家の言っていることは、あまり期待できず、負け戦になる可能性の高い危険な戦法だとも言える。

 コロナとの戦いで最も重要なことは、おそらく「戦わずして勝つ」が正しい。ヘタな戦いを挑まなければ必勝であるにも拘らず、国民のほとんどが「敵は恐い」「敵は強い」という暗示にかかり、一億総玉砕に突き進んでいるのが現状ではないかと思う。

 本当に恐いのはコロナではなく、人間の恐怖心理だと知ること。戦うべきは、コロナではなく、自分自身の恐怖心だということに気付くこと。それが、コロナに勝つ最も有効的な手段であり戦法でもある。



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posted by 自由人 at 21:36 | Comment(0) | コロナ問題
2021年09月10日

インフルエンザワクチンの300倍以上の死亡者が出ているコロナワクチン


■子供騙しの「ワクチンパスポート」

 日本の大手マスメディアでは報道されていないが、アメリカのフロリダ州では、コロナにおけるワクチンパスポートは「個人の自由を奪う」という真っ当な理由で禁止となった。
 もし、消費者に対して企業等がワクチンパスポートの提示を求めた場合は、その企業側に対して最大で5000ドル(日本円にして約55000円)の罰金が科されることになる。

 これに対して、日本では周回遅れのワクチンパスポートの発行が取り沙汰されている。
 時期的にも、「選挙対策だ」と言わんばかりのドタバタぶりだが、こんな差別的な愚策が本当に罷り通るとでも思っているのだろうか?

 ワクチンを接種させるための脅し文句としては少なからず機能するのかもしれないが、アメリカでも中止(違法)になったワクチンパスポートを、国家主権を持たない日本が独自に導入できるのかは甚だ疑わしいと言わざるを得ない。

 既にワクチンを接種しても感染を抑えることができないことも判明し、重症化を防げるかどうかも依然として疑わしいまま見切り発車でワクチンパスポートを導入するなどというのは、子供騙しの策略としか思えないのだが、なぜこんな幼稚な策略にコロッと騙される人がこれほど多いのだろうか?

■1回目よりも2回目のワクチン副反応が酷い理由

 私自身はコロナワクチンを接種するつもりは全くないが、私の周りでもコロナワクチンを2回接種した人が増えてきた。彼らが口を揃えて言うのが、「1回目は特になんともなかったのに、2回目では副反応が大きかった」というもの。こういう人は多いと思われるが、それはなぜだろうか?

 1回目も2回目も同じワクチンだと考えると、このような現象が起きるには、それなりの理由があるはずだが、ほとんどの人はそういうものなのだと思い込んでしまっており、その理由を深く考えようともしない。

 これまで伝えられている様々な情報を勘案すると、その答えはおそらく、1回目のコロナワクチンを接種後に免疫力が低下しているからだと思われる。一説では、コロナワクチンを接種すると、免疫力が6分の1まで低下するとも言われている。「6分の1」という数値が真実か否かは不明だが、免疫力が低下していると考えれば、1回目よりも2回目のコロナワクチン接種の副反応が酷くなるというのは理屈の上では筋が通っている。免疫力が低下しているというよりも、免疫力に異常が生じていると言った方が正解かもしれないが。

■コロナウイルスと人間の関係を磁石に例えると…

 コロナウイルスがなぜ恐いのかというと、感染するとスパイクタンパク質が血管内で増加して血栓ができるからと言われている。それで、コロナの感染を防ぐためにコロナワクチンの中にコロナの特質の一部と言われるものが入っている。その一部を体内に入れると、人間自身がコロナ化したかのように、自らの体内にスパイクタンパク質を作り出すようになる。

 コロナと人間の関係を磁石に例えると、コロナがプラスで人間がマイナスになる。プラスとマイナスがくっつくことで感染するというイメージに近い。そのため、コロナワクチンを接種すると、人間の身体がコロナウイルスと同じプラスになってしまうので、プラスとプラスではコロナを寄せ付けないというイメージになる。

 しかし、自分自身が半永久的にスパイクタンパク質を作り出す体質になってしまうため、月日の経過と共に体内のスパイクタンパク質が多くなっていき、血栓ができやすい身体になっていく。

 仮にコロナワクチンがコロナウイルスを防ぐことができたとしても、その代償として血栓ができやすい身体になってしまえば、どちらが良いのか分からない。そういったリスクがあることを知っている人はどれぐらいいるのだろうか?

 日頃から「コロナが恐い、コロナが恐い」と言っている人間が、コロナワクチンを接種して、自らの身体をコロナ化することで喜んでいるという不思議な現象が生じている。
 「知らぬが仏」とはこのことを言うのだろうか。このことは、本のシリーズにもあるように「言ってはいけないこと」あるいは「知ってはいけないこと」なのかもしれない。

■1155人の生命を軽んじる狂気のマスコミ

 それは扨措き、9月10日付の厚生労働省の発表では、コロナワクチン接種における死亡者数は、1155人となっている。副反応の重篤者も4000人を超えている。
 これらの数値も実態をとらえているとは思えない(実際はその10倍以上いるものと思われる)が、仮に、この数値が正しいとしても、既に例年のインフルエンザワクチンの300倍以上の死亡者が出ていることになる。これを全く報道しないマスコミは一体どうなっているのだろうか?

 因果関係の不明云々に関係なく、こんな重大なことを隠して報道しないということは、コロナワクチン接種者を増やすためには、どれだけの犠牲者が出ても構わないと思っているとしか考えられない。
 常日頃、「一人の生命は地球より重い」と宣っているようなマスコミが、コロナワクチンではどれだけの人間が死亡してもノープロブレムだと言わんばかり。もはや、この国(世界中?)のマスコミは完全に狂っていると言っても過言ではない。

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posted by 自由人 at 22:06 | Comment(2) | コロナ問題
2021年09月01日

「放射脳」や「コロナ脳」とは違う「ワクチン脳」


■唯物論的なイメージがする「○○○脳」

 東日本大震災の時の原発事故で「放射脳」という言葉(スラング)が生まれたことは記憶に新しいが、コロナ禍では「コロナ脳」という言葉(スラング)が生まれた。

 個人的に「○○○脳」という言葉は、あまり好みではないので使用してこなかった。「○○○脳」などと書くと、唯物論者のような感じがするので、どこか抵抗がある。「放射脳」も「コロナ脳」も、「脳」の構造に原因があるというよりも、単に「精神」の個性の違い(認識力の差)の問題だと思う。

 「脳」が先か「精神」が先か?という命題があるとすれば、私は躊躇するこなく「精神」を選ぶ。しかし、唯物論に傾倒したマルキスト達は、「精神」よりも「脳」が先にあると考える傾向があるので、「○○○脳」という言葉を好き好んで使用するのかもしれない。

 この辺のところは、以下の本に詳しいので、興味のある人には一読をオススメしたいと思う。

 

■これまでとは毛色が違う「ワクチン脳」の定義

 コロナ禍では「コロナ脳」という言葉だけでなく、「ワクチン脳」という言葉も生まれようとしているが、「ワクチン脳」は先の「放射脳」や「コロナ脳」とは少し毛色が違っている。

 それぞれを個別に説明すると以下のようになる。

 「放射脳」・・・・・科学や論理は無視して感情的に放射能を拒絶する人の総称

 「コロナ脳」・・・・科学や論理は無視して感情的にコロナを拒絶する人の総称

 「ワクチン脳」・・・科学や論理は無視して感情的にワクチンを受諾する人の総称

 世間一般では、「放射脳」「コロナ脳」「ワクチン脳」を同一視する向きもあるが、実際のところは少し違っている。前2者は「拒絶」がキーワードとなっているが、「ワクチン脳」だけは「受諾」がキーワードとなっている。「拒絶」と「受諾」では全く正反対だということに注意しよう。

 よく考えれば解ることだと思うが、ワクチンを拒否している人というのは、コロナを恐怖している人とは必ずしも一致しない。感情的にコロナを極度に恐がっている人が、感情的にワクチンも極度に恐がるということは、普通では考えられないレアなケースだとも言える。

■「ワクチン脳」を乗り越えられない知識人達

 面白いことに、これまで「放射脳」や「コロナ脳」という言葉を使用して他者を揶揄していた人々が、今度は自らが「ワクチン脳」に陥っていることに気付かず、科学や論理を重視して理論的にワクチンを否定している真っ当な人のことを感情的に批判しているという有り様。

 一般人ならともかく、著名な有識者までが、そんな状態に陥っているという惨憺たる状態。これまで、ある程度は信用できると思われた識者達の多くが、馬と鹿の区別も付かないような状態に陥っており、もはや、信用できる識者は数える程しかいないという有り様。

 少しだけフォローもしておくと、多分、彼らの多くは、幸か不幸か、ワクチンについてこれまでほとんど学んだこともないのだろうと思われる。自分や家族が大病を患うような経験をしない限り、独学で本当の医療知識を吸収するような行動はなかなか取れない。身の周りの人間が重病にならなかったことは幸運かもしれないが、その幸運ゆえに、本当の医療知識に触れる機会を得なかったことは、この上なく不運なことだったと言えるのかもしれない。

 ホップ・ステップ・ジャンプの如く、「放射脳」を乗り越え(ホップ)、「コロナ脳」を乗り越え(ステップ)ても、「ワクチン脳」を乗り越える(ジャンプ)ことのできる知識人は、残念ながら、あまりいないのかもしれない。

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posted by 自由人 at 21:46 | Comment(0) | コロナ問題
2021年08月21日

コロナ感染者はなぜ増加しているのか?


■夏場にコロナ感染者が増加している理由

 コロナ感染者(PCR陽性者)が増加し続けている。

 なぜ、夏場であるにも拘らず、風邪ウイルスの1つであるコロナウイルスが猛威を振るっているのか?

 その理由は、いくつか考えられるが、一般的にはデルタ株が原因だということになっている。

 しかし、個人的にはこの意見には懐疑的であり、どうも納得できない。

 一方で、PCR検査数が増加しているから、感染者数(陽性者数)が増加しているという意見も多く聞かれる。確かにこれはその通りなのだが、少し言葉足らずなので、以下のような反論をしている人が多いようだ。

 「PCR検査を受けるのは症状が有るからであり、無症状者でPCR検査を受ける人はいない」

 これも一面ではその通りかもしれないが、無症状者でもPCR検査を受ける人はいるので、あまりにも短絡的な意見と言わざるを得ない。

 私個人の推測としては、以下のようになる。

 コロナワクチンを接種した人が、熱が出る等で少し身体の具合が悪くなり、病院に行くと、念の為という理由でPCR検査を行うことになる。そのPCR検査で陽性が出てしまった人が多くなってきているのではないかと想像する。

 これなら、上記の2つの意見「PCR検査が増加した」「症状が無ければPCR検査を受けない」を両方ともカバーすることになる。

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posted by 自由人 at 09:55 | Comment(0) | コロナ問題
2021年08月16日

「夏風邪」というものを忘れてしまった日本人


■強力になったはずの「デルタ株」の矛盾

 どうやら、この国の人々は、生まれてこの方、ずっと経験してきたはずの「夏風邪」という概念を記憶喪失の如く、すっぽりと忘れてしまったかのようだ。

 「デルタ株」と「夏風邪」の見分け方などと言っている人もいるようだが、毎年流行る夏風邪というものは、冬場のインフルエンザや風邪と違って、感染する人はごく限られており、症状的にも軽度の場合が多いこともよく知られている。

 もし、現在流行っていると言われるデルタ株なるものが、この日射しが強く蒸し暑い(=高温多湿)真夏に大々的に流行しているのだとすれば、デルタ株というものは昨年のアルファ株よりも、べらぼうに生命力と感染力が強い超強力なウイルスに化けてしまったということになってしまうが、なぜか死亡者数は激減している。

 高温多湿をものともしない程に強力に進化したウイルスであるなら、死亡者数も格段に増加して然るべきだと思われるのだが、実際はそうはなっていない。

 この状況は、常識的に考えておかしくないだろうか?

■喜劇にしか見えない見え透いた茶番

 現在、クラスターが多数発生しているとも言われているが、そのクラスターが発生している所というのは、なぜか、集団ワクチン接種を行った所だと指摘している人も大勢いるようだ。

 しかし、マスコミでは、つい最近まで「ワクチンを接種していない人がデルタ株に感染し、クラスターが発生している」という真逆の報道を行っていた。

 ワクチン接種が重症化を防ぐ効果が有るのか無いのかは不明だが、少なくとも、感染を防ぐ効果が無いことはマスコミでも報道され始めている。流石に、ワクチン非接種者だけがデルタ株に感染していると言い続けるのは現実的に無理が有り過ぎるということなのだろう。

 感染を防ぐことができないワクチンを接種すれば、自由に行動ができるワクチンパスポートを配布するという馬鹿馬鹿しさ。こんなデタラメが、なぜ世界中で通用しているのだろうか?

 この喜劇にしか見えない見え透いた茶番は、一体いつになったら終わるのだろうか?

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posted by 自由人 at 22:19 | Comment(0) | コロナ問題
2021年08月13日

知られざる「お葬式の増加」と「人口の減少」


■お葬式の増加が意味するもの

 お盆の供養で、お坊さんに聞いたところ、2ヶ月程前からお葬式が増えたとのことで、大繁忙状態であるらしい。

 少し前に、「これからは葬儀屋が儲かる」と不埒なことを言っていた政治家がいたそうだが、本当にそんな状態になってきつつあるようだ。

 かくゆう私自身も、こうなるだろうことは予測していたので、予想通りの展開だが、あまりにも筋書き通りの展開に愕然となってしまう。念の為に述べておくと、愕然となった理由は、予想が当たったということではなく、多くの人がこの異常な状態に疑問を抱かないというところ。

 この真夏にウイルス性の風邪が流行るなどということは例年では有り得ない出来事であり、なにか大きな理由でもない限り、こんな状態には成り得ない。

 多くの人々は、マスコミが言うところの「デルタ株が猛威を振るっているから」という判で押したような理由で仕方がないと思っているのだろうけれど、本当にそんな単純な理由なのだろうか?

■人口の減少が意味するもの

 マスコミ報道では絶望的なまでに取り上げられていないが、ワクチン接種先進国のイギリスやイスラエルでは、ワクチン接種後にコロナ感染者が激増したというデータが発表されている。感染者の7割以上はワクチン接種者だったということも報道されていた。

 そう考えると、現在の日本もイギリスやイスラエルの後追いをしている状態であり、ワクチン接種が進むに連れて、感染者数も鰻上りに上がっていく可能性が高い。それが、現実として表面化しているのが現状なのだろうと思う。

 こんなことは、医師や専門家なら分かりそうなものだが、訳あって黙っているのか、分別の付かない専門馬鹿なのか、どちらかとしか考えられない。

 発表されているコロナ感染による死亡者はほとんどいないにも拘らず、人口動態統計では、人口が大きく減少してきている。
 これも肺炎死亡者数と同様、そのうち発表中止になるのかもしれないが、コロナで死亡した疑いのある者は大々的に報道している反面、コロナワクチン接種で死亡した疑いのある者は全く報道しないというダブルスタンダード。

 因果関係や疑いの有無に関係なく、どちらも国民が死亡したことに違いはないわけで、それを片方だけ無視する姿勢に疑問を感じない人は、余程、純真無垢な人々なのだろう。

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posted by 自由人 at 14:27 | Comment(0) | コロナ問題
2021年08月11日

機を見るに敏な「2類」から「5類」へのダウングレード


■周回遅れの指定感染症「ダウングレード」

 厚生労働省が、現在の新型コロナウイルスの指定感染症区分を「2類」から「5類」にダウングレードする可能性が高くなったことで、騒ぎになっているらしい。

 しかし、こんなこと(「2類」から「5類」にせよということ)は、もう1年以上前から多くの識者が述べていたことなので、「今更ですか…」というのが正直なところ。

 医療崩壊(医療ベットが足りなくなること)をあれだけ煽っておきながら、いつまでも「2類」に固定されたままだったのに、さすがにこれ以上放置し続けると本当に医療崩壊しかねないと見るや、ここぞとばかりのダウングレートの検討発表。ある意味では「機を見るに敏」な発表と言うべきだろうか。

 結局、医療崩壊などさせるはずもなく、お上の都合でいつでも感染症指定区分など変更できるということなのだろう。

 「5類」へのダウングレードには大部分の人が賛成の立場だと思われるが、中には反対している人がいることも伝えられている。総合的に見れば、症状的にも被害的にもインフルエンザ以下であることが既に判明しているにも拘らず、何故にそこまで重病扱いに据え置こうと考えるのか甚だ疑問ではあるが、これもマスコミの扇情的な過剰報道が1番の原因だろうか。

 コロナウイルスの危険性をあまりにも針小棒大に報道し続けてきたマスコミの罪は重く、未だに「陽性者」のことを「感染者」だと言ってデマを報道し続けている。こういったデマを多くの無知な人々が信じ込んでしまったことで、どれだけ多くのいらぬ悲劇が生まれたかを考えると如何ともし難いものがある。

 既に遅きに失した感は否めないが、もういい加減に、「2類」から「5類」にダウングレードしてもよい頃合いだと思う。この機を逃す手はない。

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posted by 自由人 at 14:31 | Comment(0) | コロナ問題
2021年08月10日

「ブレークスルー感染」は「イタチごっこ」?


■ウイルスの「ブレークスルー」が意味するもの

 コロナ禍においては雨後の筍のように新しい造語が次々と生まれているが、現在は「ブレークスルー感染」という聞き馴れない言葉が注目されているようだ。

 「ブレークスルー」の意味は「困難や障害を突破すること」。これをウイルスに準えることで「ブレークスルー感染」、なるほど、よく考えられた言葉だなと感心もする。ウイルスの視点で見るなら、差し詰め、ワクチンという困難な障壁を突破するウイルスということになるのだろうか。

 しかし、以前から周知されているように、「ウイルスとワクチン」、「細菌と抗生物質」の関係性は、基本的に「イタチごっこ」であり、新たなワクチンや抗生物質を作っても、耐性を持ったウイルスや細菌が必ず出てくる。今年流行ったインフルエンザウイルスの抗体が、来年に流行するインフルエンザには効果が無いことはよく知られている。

■「mRNAワクチン」でも「イタチごっこ」が発生するという疑問

 ウイルスや細菌というものは、自らが生存するために、どんどんバージョンアップしていくので、来年に流行するウイルスや細菌の型が判らない限り、どこまで行ってもイタチごっこになってしまう。

 素朴な疑問として書かせてもらうと、この「イタチごっこ」のことを「ブレークスルー感染」と言い換えているだけではないのだろうか? 昨年はアルファ株(イギリス)が流行し、今年はデルタ株(インド)が流行しているというだけのことではないのだろうか?

 しかし、ここで1つ疑問が生じる。これまでのウイルスとワクチンの「イタチごっこ」というものは、「生ワクチン」や「不活化ワクチン」を接種することで起こる問題だったと思うのだが、なぜ、ウイルスの型とはあまり関係が無いと思われる「mRNAワクチン」で「イタチごっこ」が発生するのか?という疑問。

 こんな疑問を提示しても、まともな解答をしてくれる人は皆無だろうけれど、納得できる解答を用意できる人がいるなら、是非、教えていただきたい。

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posted by 自由人 at 16:34 | Comment(0) | コロナ問題