2022年06月16日

「目は口ほどに物を言う」偽善者達


■「目は口ほどに物を言う」ゼレ○スキー

 「目は口ほどに物を言う」という言葉がある。その意味は、言うまでもなく、その人物が何かを語る以前に、その人物の目を見れば、その人物の本性が分かるというもの。

 私の場合、相手の目を見るとその人物が何を考えているのか分かってしまう…というのは言い過ぎだが、その人物の人間性は大体分かってしまう。これまでの経験上、概ね99%は当たっていると思うが、ごく稀に分からない人もいる。多分、自分自身の認識力を超えた人は何を考えているか分からないということなのだろうと思う。分かりやすく言うと、大人は子供が何を考えているのか分かってしまうが、子供は大人が何を考えているのか分からないというのと同じようなものかもしれない。

 高所から低所は見えるが、低所から高所は見えない。その高低の差は俯瞰的な「認識力」の違いということになるのだろうか。

 現在の有名どころでいうと、ゼレ○スキーという人物はどう見えるのかと言うと、私には“悪人”に見えてしまう。風体が悪人に見えるというのではなく、その眼光からは、なにか後ろめたい思惑を抱えているように見えてしまう。では、プーチンはどう見えるのかというと、彼の場合は正直分からない。先に述べた99%の中に入らない人物なのだろうと思う。

 世の知識人と言われている人の中には、ゼレ○スキーを英雄のように持ち上げている人もいるが、私からすると、人を見る目が全く無い人なんだな…と思えてしまう。

■「目は口ほどに物を言う」政治家達

 ついでに言うと、日本の政治家等は、ほとんどが“嘘吐き”に見えてしまう。嘘を語っている人間の目はどうしても曇りがちになり、その目からはどんどん輝きが失われていくことになる。
 そのせいもあるのか、政治家の人相は年齢とともにどんどん悪く(険しく)なっていく。所謂、険の有る顔になっていくと言えば、誰もが納得してくれるのではないかと思う。

 世の中の多くの人は、見た目よりも、人間の言葉に騙される。どれだけ人相が悪い人であったとしても、巧みな言葉遣いにコロッと騙される人がいる。この場合の「人相」とは、骨相学的な容姿や美醜のことではなく、心の状態が表れた目のこと。

 正直に真実を語っている人間の目は活き活きと輝いて見えるものだが、本心とは裏腹な虚偽を語っている人間の目は、爛々と輝いて見える。その目の輝き(正邪)の違いが分からない人は、「始めに言葉ありき」で、言葉だけが判断材料となり、騙される傾向にある。

■「目は口ほどに物を言う」専門家達

 コロナ禍を語る専門家の目も同様で、テレビに出演している専門家達の目は大抵曇っており、中には爛々と輝いて見える人もいる。彼らがどんなに綺麗事を語ろうとも、その目に宿る疾しさを隠すことはできない。

 少しややこしいのは、一般人と同じように洗脳されている無知な専門家もいるので、そういった人物は自分は正しいことを語っていると思い込んでおり、善人のように見えてしまう場合がある。言わば、カルト教にドッブリと嵌った熱烈信者のようなものであり、教義自体が間違いでも本人は正しいと思い込んでいる状態。

 そういった人物の正邪を見分けるためには、直感だけでなく、最低限の専門知識も必要になってくる。洗脳されている専門家や医者というのは、必ずどこかでボロが出る。洗脳されている(=自分の考えが無い)がゆえに、語っている内容に齟齬や矛盾が生じても、そこに気付かないというボロが出てしまうので、ある程度の正しい専門知識を身に付けることで正邪を見分けることができるようになる。

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posted by 自由人 at 19:56 | Comment(0) | コラム
2022年01月30日

「サインポール」由来の謎


■「赤が動脈・青が静脈・白が包帯」はガセネタ?

 テレビのクイズ番組で、「散髪屋の軒先に置かれているサインポール(赤・青・白のストライプの回転看板)は何を意味しているものか?」というクイズを見かけることがある。

 その解答は「赤が動脈で、青が静脈で、白が包帯」というのが一般的だが、なぜ、そんな物が散髪屋のマークになっているのか?というクイズにはお目にかかったことがない。

 これには諸説あり、なぜそうなったのか?という完全な解答は用意されていないのだが、数百年前の欧州では床屋が外科医を兼ねていたという説が最も信憑性が高い解答だとされている。その時代では「床屋外科」と呼ばれていたらしい。

 しかしながら、全国理容衛生同業組合連合会はサインポールの「動脈・静脈・包帯」説はガセネタだと結論付けている。

■サインポールは「床屋のマーク」ではなく「医者のマーク」だった説

 では、更に突っ込んで、「なぜ、床屋が外科医を兼ねていたのか?」というクイズがあったとすれば、その解答はどうなるだろうか?

 最も信憑性の高いと思われるものに以下のような説がある。

 「床屋だけでは儲からないので外科医も兼ねていた

 要するに、現代で言うところの「副業」のようなものだったということになるのだろうか。

 しかし、これには少し疑問が浮かんでしまう。いくら手先が器用だからといって、床屋に外科医が務まるのだろうか?という素朴な疑問が。

 ではもし、これが逆だったらどうだろうか? 床屋が外科医を副業にしていたのではなく、外科医が床屋を副業としていたのだとすれば、それは技術的にも充分に可能だったのではないかと思われる。

 実際、日本でも明治時代に西洋医学が流行するまでは、医者は暇だったとされている。仕事が無くて暇だったので副業で床屋をやっていたという説もある。

 あのサインポールは、床屋の副業マークだったのではなく、実は医者の本業マークだったのだとすれば、その名残が今でも残っているという可能性は充分にあるだろうし、納得もできる。今でも医者のような白衣(手術着)を着た床屋がいることを考えれば、充分に考えられるのではないだろうか。

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posted by 自由人 at 12:22 | Comment(0) | コラム
2021年12月19日

潜在意識版「1円に笑う者は1円に泣く」論理


■「1円に笑う者は1円に泣く」の本当の意味

 今回は久しぶりに潜在意識についての考察を書いてみたいと思う。

 「潜在意識に嘘は通用しない」ということは以前にも指摘したことだが、これは具体的にどういうことかと言うと、表面意識の喜怒哀楽という感情が潜在意識にはストレートにしか伝わらないということでもある。つまり、潜在意識には、屈折した感情(例:皮肉った笑い)等は通用しないということになる。

 これが如何に恐ろしいことであるかを具体的な例を上げて説明すると、例えば、「1円に笑う者は1円に泣く」という諺がある。これの意味するところは、その言葉通り、1円という少額のお金を取るに足らないものだと思っていると、結果として、その1円という少額のお金で困ることになるという意味になる。

 こう聞くと、なにやら、説教臭い仏教的な物言いに聞こえるかもしれない。この諺は、確かに仏教的な原因結果の法則として用いられる戒めの言葉でもある。しかし、潜在意識的に考えると、実はこの言葉にはもっと深い意味が隠されている。

 先程、「潜在意識に嘘は通用しない」と書いた。この法則をこの諺に当て嵌めると、その意味が解ると思う。

 例えば、あなたが、1円のお金も持たない浮浪者を見て、「あいつは1円のお金も持っていない貧乏人だ」と言って、心の底から笑ったとしよう。その場合、その感情を素直に受け取った潜在意識は、次のように認識することになる。

 「1円のお金も持たない貧乏人になることは良いことなんだ

■潜在意識版「原因と結果の法則」

 あなた(表面意識)にとっては、他人を蔑んだ笑いであり、貧乏人になることが嬉しいわけではなかった(本心は逆だった)としても、潜在意識には、そういった屈折した感情は通用しない。潜在意識には自他の区別が付かないため、他人の欠点を笑ったり、他人の失敗を笑ったりすることばかり考えていると、終いには自分自身がそういう立場に置かれることになる。なぜなら、あなたが潜在意識でそう望んだからに他ならない。

 貧乏人になることは良いことだ、欠点があることは良いことだ、失敗することは良いことだと潜在意識が認識すれば、その通りの結果が生じてしまうことがある。これを、潜在意識版「原因と結果の法則」と言う。

 そう考えると、やっぱり潜在意識というのは恐ろしい側面を持っている。より正確に言えば、潜在意識の使い方を誤ると恐ろしいということ。

 しかし本当に恐ろしいのは心の法則を知らないことであり、潜在意識を知らないということが、想像もしていなかった悪い結果を齎すことに繋がる。

 「1円に笑う者は1円に泣く」と聞いて、「そんなバカな…」と思ったあなたは、未だその危険性に気付いていない人なのかもしれない。



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posted by 自由人 at 22:52 | Comment(0) | コラム
2021年10月23日

諸刃の剣としての「潜在意識」の危険性


■車の運転と「潜在意識」の関係性

 車を運転している最中にスマホを使用するのは御法度だが、考え事をして意識が運転以外のことに向いている時がある。そういう時、ふと考え事を止めると、「あれっ、さっきまでどうやって運転してきたのだろうか?」と不思議に思うことがある。
 こういう体験は、車を運転している人であれば、誰でも経験しているのではないかと思う。

 では、その間は誰(?)が車の運転をしていたのかというと「潜在意識が運転していた」というのがその解答ではないかと思う。

 なぜ、そう思えるのかというと、初めて運転する道路では、そういった芸当(無意識で運転すること)ができないから。いつも通勤等で運転している決まったルートの場合、別のことを考えていても運転ができるが、初めて通る道では、運転することに意識を集中せざるを得ないので、無意識の領域は表には出てこれなくなる。

 よく、「潜在意識は全てを見ている(記憶している)」と言われることがある。例えば、逆行催眠を行うと、自分自身が記憶していないことまで潜在意識が克明に覚えていることが判ることがある。
 毎日通っている道路であれば、表面意識だけでなく潜在意識も完全に記憶しているため、表面意識が別のことを考えていても、潜在意識が勝手に運転をしているという状態になってしまう。

■創作活動と「潜在意識」の関係性

 無意識で車を運転している時に考え事をしていると、ブログに書くネタなどが浮かんでくるようなこともあるので、そういう状態というのがインスピレーションを受けやすい状態なのだろうと思われるが、潜在意識が前面に出ていると感じる時は他にもある。例えば、お酒を飲んで少しほろ酔い気分になっている時など。そういう時は、普段は考えつかないようなアイデアが出てきたり、頭の回転が妙に早くなったように感じる時がある。

 昔から、芸術家・作曲家・小説家などは、アルコールやドラッグの力を借りてアイデアを出すことは有名だが、インスピレーションを受けやすいトランス状態を作り出すためには、そういう魔法(?)のアイテムが必要になる時があるということなのかもしれない。(注:ドラッグを勧めているわけではありません)

 故小室直樹氏などは、酩酊した状態でトランス状態になって本を書いていたという逸話も残っているので、何かを創作するためには無意識状態になることが効率が良いということなのだろう。
【参考文献】『評伝 小室直樹』(村上篤直著)

■ヒット曲と「潜在意識」の関係性

 もっと卑近な例で言うと、音楽を聴くということでも潜在意識というものを感じることができる。自分自身が特に興味を抱いていなかった曲であっても、ヒット曲として街中で何度も耳に入ってくると、知らず知らずの内にその曲を覚えてしまい親しみを感じることがある。これなども、本人に覚える気がなくても潜在意識が勝手に曲(歌詞)を覚えてしまったことによるものだろう。

 この原理は、洗脳の原理としても利用されており、当初、本人の表面意識が拒んでいたとしても、何度も何度も同じ言葉を聞かされると、潜在意識がその影響を受けて、知らない内に表面意識にまで影響が及んでしまう。これが、洗脳の常套手段でもある。

 「嘘も100回言えば真実になる」という言葉は、より正確に言うと「嘘も100回(潜在意識が)聞けば真実になる」ということ。

 ミイラを取りに行った者が、その目的を果たせずに自分自身がミイラになってしまうことを「ミイラ取りがミイラになる」と言うが、この原理にも、潜在意識が関係している。

 例えば、カルト教に入信した子供を助け出すために、その組織内に入って、何度も何度も同じ教義に触れていると、知らない内に自分自身までが洗脳されてしまう。

 「自動運転機能」や「自動記憶機能」を持った潜在意識は、便利なものである一方で、その本質を正しく理解していないと危険極まりないものに変化してしまう。

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posted by 自由人 at 14:23 | Comment(0) | コラム
2021年10月08日

スペイン風邪の「謎」と「疑惑」


■「謎の病」としてのスペイン風邪

 昨年、新型コロナウイルスの報道が始まった頃を振り返ってみると、当時は、主に老人(基礎疾患を持つ老人)だけが肺炎で死亡する流行り病だと伝えられていた。

 例年流行するインフルエンザは全年齢層対象で、主として免疫力が低下している人間が死亡するケースが多い流行り病だということを考えると、新型コロナウイルスは、老人だけを意図的に狙ったかのような不自然なウイルスだった。

 不自然さという意味では、100年前に流行したスペイン風邪も、戦争に行く成人だけを狙ったかのような流行り病だった。風邪と言われているにも拘らず、低年齢層や老年齢層はスペイン風邪に罹患せず、健常な成人だけが病に罹るという、あまりにも不自然極まりないウイルスだった。

 第一次世界大戦中のことだったので、スペイン風邪の影響で戦争が早く終結したというプラスの側面はあったとはいえ、スペイン風邪で死亡した人はあまりにも多かった。実際に戦争が長引いていたとしても、スペイン風邪ほどの犠牲者数は生まれなかったかもしれない。

 当時の世界人口20億人弱の内、一説では死亡者が1億人に上ったとも言われているので、実に5%もの人間が死亡したことになる。果たして、ただの風邪でそこまでの人が死亡するものなのだろうか?

■スペイン風邪は「薬害」だったという疑い

 第一次世界大戦で死亡した人は1000万人程度と言われているので、スペイン風邪は、その10倍の死亡者を出したことになる。果たして、戦争でそこまでの犠牲者が出ただろうか。

 まるで戦争を止めるためにタイミングよく流行したかのような病だったということもあり、スペイン風邪を天の采配のようなものと捉える向きもあるようだ。私も以前まではそんなこともあるのかな…と思っていたが、より詳しく調べてみると、どうやら、当時のワクチン接種と無関係ではないらしく、直接的な死亡原因はスペイン風邪ではなく、ワクチン接種だった疑いが濃厚であることが分かった。

 海外の戦地で細菌性の病気に罹らないようにと戦争に行くアメリカの成人男性を中心に、ワクチン接種を行ったことで多くの成人男子が病を発症し死亡した疑いがあるらしい。なるほど、そう考えれば、当初、健常な成人男性だけがスペイン風邪に罹り死亡したという謎も理解できる。

 ワクチンだけでなく、その後に配布されたアスピリンが原因だという意見もあるようだが、いずれにしてもスペイン風邪の実体が薬害だったということであれば、まさに歴史的な不都合な真実だ。もしかすると、人類は100年経っても同じ過ちを繰り返そうとしているのかもしれない。

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posted by 自由人 at 23:28 | Comment(0) | コラム