2020年08月09日

安倍総理の口から再び出た「リーマン・ショック」という言葉


■コロナ「第2波」はまだ来ていない

 安倍総理は8月9日、長崎で記者会見を開き、記者の質問に対して「できるかぎり再宣言を避ける取り組みを進めないといけない」と述べた。

 この発言からも推測できる通り、安倍総理は再び「緊急事態宣言」を出すことの危険性を重々承知されているようで少し安心した。これがバリバリの左翼政権だったなら、なんの躊躇もなく「緊急事態宣言」を出しているところだろうと思われる。

 この状況下で「緊急事態宣言」を出すなどというのは狂気の沙汰だが、多くの人々が恐怖心を抱いてパニックになっているこんな状況であるからこそ、合法的に国家を破壊することができてしまう危険性をこそ正しく恐れなければならない。
 「緊急事態宣言」を出すことは多くの人々の死に直結することになる危険性を大いに孕んでいる。その犠牲者数はコロナ第1波による犠牲者数を遥かに超えることは間違いない。

 現在の感染者増加は、コロナ第1波の延長でしかなく、強いて言うなら、「第1.1波」のようなものだと言える。おそらく本当の第2波が来た時には、株価チャート的に言うなら、窓を開けて感染者(症状のある感染者)が急増するはずだ。その時が本当の第2波の始まりであり、その時には現在のように無症状者の検査を行っている場合ではなくなるかもしれない。

 今の時点で「第2波」などと言っている専門家や言論人は、その時になって始めて自らの間違いに気付くことになるだろう。そして、何の責任も取らず、「第3波が来た」と言って誤魔化している姿が目に浮かぶ。

■リーマン・ショック級であるなら、早急に「消費減税」を行うべき

 ところで、同会見で安倍総理はこうも述べられている。

 「リーマン・ショックを上回る甚大な影響が見込まれている。

 かつて、「リーマン・ショック級の出来事が起こらない限り消費増税を行う」と述べた安倍総理の口から、この言葉が出た意味は大きい。
 ここで注意するべきは、2度目の「緊急事態宣言」を出せばそうなるという意味ではなく、現状で既にリーマン・ショック級であり、再び、緊急事態宣言を出すとリーマン・ショック以上の惨禍になると述べられているということ。

 ということは、消費税は減税しなければ辻褄が合わないということになる。無論、8%に戻すだけでは全く足らず、最低でも5%まで、理想を言えば、3%まで戻すことがベターだと思う。

 世界中がコロナ経済対策として、大々的な金融緩和や減税を行っている状況下で、日本だけが「財政再建だ」、「緊縮財政だ」などと言っていると、またしても日本だけが失われた30年を過ごすことになりかねない。

 ヘタをすると大失業時代を迎えかねない現在の危機的状況下で、「消費税を上げなければならない」とか「消費税を下げるべきではない」などと言うのは、あまりにも見当外れな発言であり、全く現実が見えていないとしか思えない。

 その姿は恰も、狭い水槽の中に多くの金魚を入れて、水が足りないことで酸欠で息苦しくなって暴れている金魚の姿を観て、「金魚は元気に泳いでいる」と錯覚している間抜けな飼い主のようなものである。

 そのような緊縮財政論は、コロナが本当の意味で収束し、景気が良くなってから考えるのが筋というものである。

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2020年07月22日

安倍総理は「Go To宣言」を行うべきだった


■「Go To宣言」はなぜ見送られたのか?

 このところ、「安倍総理は1ヶ月以上にわたり会見を行っていない」という批判が出ていたせいか、「Go Toトラベル」が開始された7月22日、ようやくマスコミに対して意見を述べられたらしい。

 「学校休講宣言」や「緊急事態宣言」時には、わざわざ会見の場を設けて、噛んで含めるかのように懇切丁寧に説明をしていた安倍総理だったが、このところの「Go Toキャンペーン」では、事前の会見も開かず、詳しい説明もないままだった。そのため、直前になって一部の国民からの不満が噴出して政策の内容をコロコロ変えるという迷走状態に陥った。
 こんなことになるなら、「Go Toトラベル」においても、なぜ「Go To宣言」を行わなかったのかが悔やまれる。

 例えば、こんな具合に、

 『観光業界の衰退は、皆さんが利用する国のインフラたる交通機関にまで悪影響を与える大問題であります。コロナウイルスの感染者を減少させることは国家として重要な案件でもありますが、このままコロナが完全に終息するまで、観光業界の衰退を黙って見過ごすことは、国家の確実な衰退を意味し、皆様の日々の暮らしをも破壊する危険性を秘めています。「感染者がいる間は旅行はするべきではない」、「感染者のいる地域に住む人々は無闇矢鱈と他県に出歩くべきではない」という気持ちも充分に理解できますが、このまま座して、コロナの完全終息を待つことは、多くの国民の生活を破壊し、多くの国民の死に直結しかねない重大な問題でもあります。ここは皆さん、コロナに打ち勝つために、我々国民が一丸となって、日本経済を復活させるために勇気を持って第1歩を踏み出そうではありませんか!

 せめてこれぐらいの事前説明をすれば理解を示してくれる国民も多くいたと思われるのだが、何も説明しなかったために、一部の国民の理解を得ることができず右往左往することになってしまったとも言える。そういう思い切った宣言をして感染者が増加してしまった場合、責められる可能性があるので何もできなかったのだろうか。

 しかし反面、感染者の減少につながる「学校休講宣言」や「緊急事態宣言」等は長時間かけて長々と会見を開く。これでは逃げ腰、及び腰と思われても仕方がないと思う。

■「新型コロナウイルス」の専門家はいない

 7月22日の安倍総理とマスコミ記者団とのやり取りでは、「専門家の皆さまのご意見もいただきながら、適切に判断していく」と述べられたそうだが、専門家の意見というのは大抵、悲観的なものであり、どちらかと言うと「Go Toトラベル」には後ろ向きな専門家が多いのではないかと思う。そういう意味では、専門家の意見に従ってしまうことは矛盾しているとも言える。

 そもそも、「専門家」と言っても、新型コロナウイルスの専門家というのは存在しない。ウイルスや疫学に詳しい専門家であっても、必ずしも新型コロナウイルスについて正しい見解を持っているとは限らず、現状は、誰もが新型コロナウイルスの1研究者に過ぎない。
 ペストが流行した当時に「ペスト専門家」などはいなかったし、スペイン風邪が流行した当時も「スペイン風邪の専門家」などはいなかった。現在の新型コロナウイルスも同様であり「新型コロナウイルスの専門家」は誰もいない。
 未知のウイルスの専門家などいるわけがないわけで、いるとすれば、そのウイルスが人工的に作られた場合に限られる。

 専門家と名乗る人の意見に従っているということにすれば、政府は責任を取る必要がないという保険のようなものになっているような気もする。しかも、その専門家達が間違った対処をしたとしても、その責任を追及されることはない。そんな都合の良い専門家がいるものだろうか?

 とにもかくにも、政府は、肝心なところで説明不足、言葉足らずになっているので、多くの国民から疑念を持たれることになる。世の中には、テレビの情報だけに頼っている受動的な人々が圧倒的に多いので、国民の正しい理解を得るためには、そのテレビを利用して何事もきっちりと説明するべきだと思う。

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posted by 自由人 at 23:04 | Comment(0) | 政治
2020年07月17日

「東京除外」で無意味化した「Go toトラベルキャンペーン」


■「東京除外」は「東京は危険ですよ」を意味する

 「Go toトラベルキャンペーン」は結局、実施されることになったものの、「東京は対象から除外する」という、あまりにも中途半端な結論が出された。「批判者からの意見も取り入れましたよ」ということなのかもしれないが、あまりにも場当たり的な対応に唖然としてしまった。

 専門家や有識者を集めても、結局、ポピュリズム的な妥協案に落ち着いてしまうのでは、大衆迎合が過ぎるような気がする。正しいと思うことに信念を持って取り組むのではなく、有権者からの人気を損ねることを何よりも恐れ、批判をかわすことだけが目的となる。現在の政府は明らかに衆愚政に陥っているかに見える。コロナ(ウイルス)と戦う以前に、批判者(大衆)に負けてしまったかのようだ。

 今回の「東京除外」決定は、「東京は危険ですよ」という危険信号を発令したことを意味し、なんのための「Go toトラベルキャンペーン」なのか分からなくなってしまったとも言える。「東京は安全ですよ」というメッセージを送ることを目的としなければならないのに、「東京は危険ですよ」というメッセージを放ったことになる。

■「どんぐりの背比べ」でしかない感染者数

 東京の感染者が多いと言っても、分母を見れば、どんぐりの背比べであり、単なる誤差でしかないことが判る。

 東京の人口を1400万人、大阪の人口を880万人と考えると、約1.6倍だ。直近7月17日の東京と大阪の感染者数は、それぞれ、東京293人、大阪53人、これをパーセンテージ化すると以下のようになる。

 293人÷14000000人=感染率0.00002%

 53人÷8800000人=感染率0.000006%

 0.00002%と0.000006%、この数字を見て、東京の方が圧倒的に多いと思う人がいるだろうか? 普通は意識しないほどの小さな数値であり、どう考えても誤差の範囲ではないだろうか? と言うよりも、どちらもほぼ0%と言っても可笑しくない数値だ。

■政府に頼らず「節度ある旅行」を普通に楽しもう

 マクロ的な視点で観れば、東京と大阪の感染者数は誤差の範囲でしかなく、こんな極小の数値で両者を差別化するのは「木を見て森を見ず」の典型であり、馬鹿げているとしか言い様がない。

 「0.00002%はアウト、0.000006%はセーフ」、こんないい加減な判定基準があるだろうか?

 新型コロナウイルスが日本に上陸した当時、感染者が100人いれば、水面下で無症状の隠れ感染者がその10倍〜100倍(1000人〜10000人)は存在すると言われていた。これは実際にその通りであり、現在は、PCR検査数を大幅に増やしたため、隠れて判らなかった感染者が炙り出された格好となっている。

 現在のPCR検査を10倍にすれば、東京では毎日数千人の感染者が判明するかもしれない。しかし、現状のPCR検査の増加率を考慮に入れると、現在の感染者数はそれほど危機的な数値だとは言えず、どちらかというと、思ったよりも感染が抑えられている状態だとも言える。
 隠れ感染者であっても、1ヶ月も2ヶ月も感染したままというわけではないので、この調子で推移すると、8月中には再度、減少に転じる可能性もあるのではないかと想像する。あくまでも第2波が来るまでの間の話に過ぎないが、一旦は収束するかもしれない。

 「Go toトラベルキャンペーン」から東京が除外されたと言っても、それは補助金対象から外されたというだけのことであって、誰も彼もが東京に(または東京から)旅行してはいけないという意味ではない。現状でも多くの人々が普通に旅行している。だから、政府が「東京は危険ですよ」と言っても、あまり悲観的に考える必要もない。旅行が本当に危険であるなら、満員電車で毎日、会社に通勤している人は、もっと感染していなければ辻褄が合わないはずだ。

 日本経済を救うためには、「Go toトラベルキャンペーン」に頼ることなく、節度ある旅行を普通に楽しめばよいのではないかと思う。

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posted by 自由人 at 23:01 | Comment(0) | 政治
2020年07月15日

「Go To Travel キャンペーン」という試金石


■「Go To Travel キャンペーン」は大きな賭け

 悪評高い「Go To Travel キャンペーン」は予定通り、7月22日に開始されるらしい。

 この決定には猛反発している人も多いようで、「コロナ感染者が増加すればどうするのか!」と憤っているような人も多いようだ。中には「Go To Trouble キャンペーン」と揶揄しているような意見もある。

 政府としても、本来なら、こんな博打のような真似はしたくないだろうけれど、それでもやらざるを得ないという状況なのだろうと思う。利権云々という穿った意見もあるようだが、今回の場合は、これ以上、観光業界が落ち込めば、業界が縮小するだけに留まらず、業界自体が破綻してしまいかねないという危惧があるのだろうと思われる。

 コロナが第1波だけで済むのであれば、しばらくの間、旅行しない人がいたとしても、そのうち回復が期待できるが、第2波、第3波…と延々とコロナ禍に襲われることが明らかになってくると、そうも言っていられなくなる。
 第1波の時点で、あまりにも過剰なまでの防御策を講じると、その先が無くなってしまう。おそらく、第2波は第1波よりも大きな被害が予想されるので、現在のような第1波が収まりかけているかに見えるような状況で石橋を叩いて渡るような過剰な防御策を講じると、第2波時には何も出来なくなってしまう。

 現在の状況で「Go To Travel キャンペーン」を実施することは大きな賭けでもあるが、リスクが高いという理由で逃げていては、第2波時には何の手立ても打つことなく、お先真っ暗になってしまう。その恐ろしさは、「Go To Travel キャンペーン」を実施する恐ろしさとは比べ物にならない。今の時点で、強引にでも「ウィズコロナ」を前面に出しておかないと、本当に取り返しの付かないことになる危険性がある。おそらく、政府の中にもそのことを理解している人がいるのだろうと思う。

■「Go To Travel キャンペーン」で手に入れるべきは「安心感」

 東京のコロナ感染者数が増加傾向にあるので、「今の状況でGo To Travel キャンペーンを実施するのは得策ではない」と言っている専門家もいるが、では、いつなら良いのだろうか? そんなことを言い出すと、感染者が0になるまで何も出来ないということになる。あと数ヶ月もすれば第2波が来る可能性が高いので、結局、何も出来ないまま終わってしまう。

 「Go To Travel キャンペーン」を開始したとしても、おそらく老人達のほとんどは旅行に出かけないだろう。現在、老人の多くは極力、自宅に巣ごもっているので、ほとんどコロナに感染しておらず、代わりに若者が感染しているような状態となっている。だから、ほとんどは無症状の感染者であり、死亡者は大きく減少している。

 「Go To Travel キャンペーン」で若者の多くが旅行をすると、軽症や無症状の感染者が増加する可能性は高い。ゆえに、これまで通り、若者と老人が密に交流することは控える必要がある。旅行に行っても、羽目を外さず、3密に注意を払って過ごすことは最低限のマナーだ。

 この賭けには是が非でも勝利しなければならない。「旅行しても大丈夫」という果実を手に入れ、日本国中に「安心感」を取り戻さなければならない。この賭けに負けてしまうことは、イコール、コロナに負けてしまうことを意味している。

 「それなら、そんな賭けは行わない方がいいのでは?」と言う人がいるかもしれない。しかし、第2波が来るという前提に立てば、この賭けから逃げ続けることもまた、コロナに負けてしまうことを意味する。

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posted by 自由人 at 22:58 | Comment(0) | 政治
2020年07月11日

「民主」というあやふやな言葉


■「民主主義」とは何か?

 誰もがご存知の通り、社会主義国家として有名な3国の正式名称は以下のようになっている。

 ソ連・・・・・ソビエト社会主義共和国
 中国・・・・・中華人民共和国
 北朝鮮・・・・朝鮮民主主義人民共和国

 ソ連の頃は国名にも律儀に「社会主義」と付されていたが、現代の北朝鮮に至っては、なぜか「民主主義」となっている。独裁者の君臨する国が「民主主義」を名乗っているわけだから、これは誰が考えても不自然だと思う。

 北朝鮮が「民主主義」を名乗っているのは悪い冗談だが、今回はそのことは取り上げない。代わりに、我々日本人が理解している「民主主義」とは、一体、何を意味しているのかを考えてみたいと思う。

 「自由民主党」「立憲民主党」「国民民主党」、はては、かつての「民主党」、日本では多くの政党がこぞって「民主」という言葉を使用している。この「民主」とは何を意味しているのだろうか? 普通に考えると「民主主義」の「民主」ということになるのだろう。

 では、「民主主義」とは何かと言うと、平たく言えば「独裁主義」の反意語だ。国の政治を独裁者が決定するのではなく、国民が決める。それが民主主義の基本だが、その「国民」とは、1人1人の個人ではなく、「国民の総意」のことを意味している。
 「民主主義」とは国民1人1人の個別意見を重要視するという意味ではなく、全ての国民の意見の総意を政治に反映するという考えであり政治システムのことを意味している。つまり、「民主主義」と言っても「個人主義」とは対極にある「全体主義」的な政治思想であるとも言える。

 しかし、多数派の国民が全てを決定するということを意味しない。仮に半数以上の国民があること(例えば、NHKの民営化や国営化)を願っていたとしても、それは直ぐさま実現しない。あくまでも決定権を有しているのは国民によって選ばれた政治家達であって、国民ではない。これを間接民主制と言うが、良くも悪くも実によくできた制度だ。「民主」と聞けば「国役」と思ってしまいがちだが、あくまでも国民は従者であり、国民の声はあくまでも参考意見にしかならないということ。

 政治家が国民に対して「NHKの民営化や国営化に賛成ですか?」と問うようなことはしないし、できない。なぜなら、それを行うと直接民主制になってしまうから。

■「民主主義」と「民衆主義」

 「民主」という言葉はあまりにも漠然としているので、これまでにも様々な誤解を生んできた。漠然とし過ぎているために「社会主義」を「民主主義」だと偽っても、多くの人は気が付かない。
 最近では、「リベラル」という言葉も「自由主義者」と「社会主義者」の両方の意味で使用されているが、「民主主義」という言葉も、「社会主義」や「共産主義」という意味で使用されている場合がある。

 そう考えると、「民主」という言葉は「民衆」とした方が良いのかもしれない。「国民が主役」の短縮形ではなく、ズバリ「民衆」という一語にする。その方が具体的であるし、馴染みやすいと思う。

 ついでに、「民主主義」も「民衆主義」とした方が良いのかもしれない。

 「朝鮮民主主義人民共和国」が「朝鮮民衆主義人民共和国」なら、多くの人が「えっ!?」となるが、「民主」という言葉にすると途端にボヤけて分からなくなり疑問を抱かずに素通りしてしまう。

 「民主」という言葉を「民衆」に置き換えてみると、先の政党名は以下のようになる。

 「自由民衆党」「立憲民衆党」「国民民衆党」そして「民衆党」

 この方が具体的でスッキリするかもしれない。

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posted by 自由人 at 09:37 | Comment(0) | 政治
2020年06月02日

「東京アラート」発動は時期尚早


■第2波は30人程度では済まない

 5月の最終日にショッピングモールに出かけてみると、少し前まで開店休業状態でガラガラだった駐車場が満車状態となっていた。
 全国的に緊急事態宣言が解除されたことで、自粛行動すらも同時に解除されてしまったかのようだった。
 世間では衣替えのシーズンとなり、まるでコロナウイルスまで終息してしまったかのような雰囲気も感じられるが、その浮かれた気分に「待った」をかけるかのように、東京では久しぶりに30人以上の感染者が確認された。

 これをもって、コロナ第2波を警戒した「東京アラート」というものを出す必要性が検討されているらしい。

 しかし、30人程度の感染者数で「東京アラート」を出すというのは少々、時期尚早ではないかと思われる。おそらく、本当の第2波が来るのは、風邪やインフルエンザと同様に、少し涼しくなってからではないだろうか。

■日本全体における病気による死亡者数は減少した

 30人程度でアラートを鳴らしていれば、本当の第2波が来た時には、毎日のようにアラートを出さなければいけなくなってしまう。「30人では少な過ぎるので、300人にしましょう」ということになるかもしれない。

 こういう不幸な予言のようなことは書きたくもないが、コロナウイルスもインフルエンザと同じようなものだと考えると、普通は夏場に収まり、冬場になると爆発的に感染者が増えるだろうことは、まず間違いない。

 今シーズンは、コロナ対策の影響でインフルエンザで死亡する人が大幅に減少したそうで、コロナとインフルエンザの死亡者を足しても、例年のインフルエンザによる死亡者数を大きく下回ったらしい。つまり、日本全体における病気による死亡者数は減少したことになる。

 これはこれで良いニュースだとも思えるが、世間の人々は、あくまでもコロナウイルスによる死亡者だけに目が向いているようで、マクロな視点を完全に見失っているような人もいる。

■緊急事態宣言で仮死状態になった企業

 日本国内におけるコロナ第1波は予行演習のようなものだったと考えて、続く第2波の対策案を練ることは重要な問題だが、30人程度でアラートを鳴らすのでは、この予行演習期間に何も学んでいないのではないかとも思える。

 この予行演習期間で気付かなければならなかったことは、国(マスコミも)があまり過剰に危険を煽ることは控えるべきだということ。緊急事態宣言も、日本ではあまり意味が無かったことにも気付くべきかもしれない。

 国の言うことを素直に聞き入れる日本国民は自ら自粛行動を行うことで充分なコロナ対策ができていた。そこに追い打ちをかけるかのように「緊急事態宣言」を出すことで、人々の経済活動が完全にストップしてしまい、多くの企業は仮死状態に陥ってしまった。自粛活動だけでも多くの企業は「開店休業状態」であったのに、緊急事態宣言で「閉店状態」になってしまった。

 この状態を人間の身体で喩えるなら、心臓が停まって血液が流れない状態が続いたようなものであり、今後、その悪影響が徐々に出てくるものと思われる。

■「日本アラート」を鳴らすような事態を避けるべき

 そんな危険な状態は、予行演習だけで充分であり、第2波でも同じような過ちを繰り返すと、日本経済(多くの国民の生活)は崩壊してしまう危険性がある。
 もしそんなことになると、コロナ対策などとは言っていられなくなり、国の補助金や助成金、年金や生活保護等、全ての社会保障システムが御破算になってしまう可能性も出てくる。

 そうなると、もはや「東京アラート」を鳴らしているような状態ではなく、バックグラウンドで「日本アラート」が一日中、鳴り響いているような状態になってしまう。

 コロナ感染者増加の「東京アラート」よりも、日本経済崩壊危機の「日本アラート」の方にも目を向けるべきだ。

 「東京アラート」ではなく「日本アラート」を鳴らさなければいけなくなるというような本末転倒な事態を避けるための経済復興策をこそ考えなければいけない。
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posted by 自由人 at 20:23 | Comment(0) | 政治
2020年05月21日

官僚が不祥事を起こせば「内閣が悪い」の欺瞞


■「官僚の不祥事」で「内閣の総辞職」は必要か?

 東京高等検察庁の黒川検事長が緊急事態宣言が出ている最中に新聞記者宅で賭けマージャンを行っていたことが判明し、辞任の意向が伝えられている。

 一見すると人の良いオジサンという感じで憎めないキャラクター風の黒川氏だが、検事長という責任あるポストに就いている人物が「緊急事態宣言中に賭けマージャン」、確かにこの行為自体は批判されても仕方が無いとは言える。

 少し前に「緊急事態宣言中に風俗通い」で党を除籍処分になった政治家もいたが、公人は自ら範を示すためにも「緊急事態宣言中」は大人しくしていなければならない。確かにこれはその通りであり反論する余地がない。
 しかし、この一件で、「内閣は総辞職するべきだ」という意見が出ているのは疑問符が付いてしまう。

 なぜ、お役人の1人が不祥事を起こす度に、内閣全てが悪いという判断になってしまうのだろうか? 不祥事を起こした当の本人、所属する検察組織、または同じく賭けマージャンを行っていた新聞記者が真っ先に批判されるというなら理解もできるが、なぜ、毎度毎度、責任転嫁の如くに、いきなり「内閣の総辞職」となってしまうのだろうか?

 さらに不思議なのは、「政治家と検察はそれぞれ距離を置くべき」と言っておきながら、「検察が起こした不祥事は内閣(政治家)が責任を取るべきだ」と言う。これでは全く支離滅裂だ。距離を置くべき組織なら、責任の所在も距離を置くということにしなければ辻褄が合わないのではないだろうか。

■正義や公正さよりも欲得が支配する社会

 ある企業に所属する1人の従業員が不祥事を起こすと、「その企業自体を解体してしまえ」となるだろうか?
 ある学校の教師がいじめ問題を起こした時に「その学校を解体してしまえ」となっただろうか?
 先の風俗通いをしていた政治家が所属していた政党は「解体してしまえ」となってもよいということだろうか? そういう批判をかわすために除籍処分にしたというのだろうか?

 罪や不祥事を起こした当の本人ではなく、別のものに批判の矛先を持っていこうとする行為には“偽善臭”が感じられる。
 そう感じられるのは結局のところ、それらの行為は、正義や公正さを求めることを目的とした批判ではなく、他者を批判することで自らの立場を優位にしたいという、全く別の目的(自己の欲得)がベースになっているせいなのだろう。
 しかし、世間一般の良識ある人々は、そういう偽善臭を上手に嗅ぎ分ける嗅覚を有している。

 従業員が不祥事を起こせば「会社が悪い!」、教師が不祥事を起こせば「学校が悪い!」、官僚が不祥事を起こせば「内閣が悪い!」、こういう目くらましのような偽善行為に世間一般の人々は「またか…」と閉口しているのではないだろうか。

 検事長が緊急事態宣言中に賭けマージャンを行っていた行為よりも、そういう目くらましのような偽善行為が蔓延る社会にこそ、多くの国民は心底うんざりしているのではないかと思う。
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posted by 自由人 at 20:30 | Comment(0) | 政治
2020年05月16日

第3波としての「検察官の定年延長」問題


■既に忘れ去られたゴーン氏逃亡事件

 2020年の幕開けはカルロス・ゴーン氏の逃亡劇に始まり、珍しく同じ話題のブログ記事を続けて書いたと記憶しているが、1月下旬からは打って変わり、新型コロナウイルス関連の記事が続き、既に関連記事が30記事を超えている。

 2019年末に日本から逃亡したゴーン氏の話題は既に霞んでしまい、もはや、そんな事件は無かったかのような扱いになっている。全世界で数十万人が死亡する(2020.5現在)という戦時中のような状態となり、1人の経営者が海外に逃亡したことなど、大事の前の小事で、どうでもよくなってしまったのかもしれない。

 ゴーン氏が海外へ逃亡して間もなく新型コロナウイルス騒動になってしまったが、あと1ヶ月時期がズレていれば(=中国政府がもう少し早く発表していれば)、ゴーン氏の逃亡計画は未遂に終わり、寿命が尽きるまで刑務所の中で過ごすことになっていたのかもしれない。

 今年の1月には日本の司法問題として「人質司法問題」がクローズアップされていたが、そんな話題もどこかへ飛んで行ってしまった。
 そして、代わりに出てきたのが、「検察官の定年延長」問題だ。
 新型コロナウイルスの第1波が少し落ち着いてきたので、「モリカケ」、「桜」に続く、野党の追及第3波がやってきたという感じだろうか。

 「森友・加計」→「桜を見る会」→「検察官の定年延長

■最も危険な権力の暴走とは?

 批判している人々の意見を見てみると、どうも、与党(自民党)が検察を買収しているというニュアンスが感じられる。まるで、内閣(政治家)が検察官の人事権を握っているのはおかしいというような物言いになっているが、日本では元から、内閣(政治家)が検察官の人事権を握っている。無論、民主党が与党であった時代でも同じだった。

 それがおかしいということは、現行の法律自体が間違っていたということになってしまう。今回の定年延長が問題なのではなく、内閣(政治家)が検察官の人事権を握っていること自体が問題だと言っていることになる。

 基本的に、内閣(政治家)が検察官の人事権を握っているのは、民主主義的に選挙で選ばれた政治家であるからこそであり、検察が絶対権力者に成り下がらないためのストッパーとしての役割を果たしている。それがいけないということなら、一体誰が人事権を持つのが理想なのだろうか? 検察官も選挙で選ぶべきと言うのだろうか?

 検察はその気になれば、時の総理大臣ですら逮捕拘留することのできる権力機関である。だからこそ、内閣にはそれに対抗できる人事権力が与えられている。
 お互いに権力の暴走を監視するという意味で、これは仕方がない。お互いに忖度関係に陥るのは問題だが、それを防ぐ具体的な方法を考えずに、闇雲に批判しても意味が無いと思う。

 むしろ、民主的に最も危険なのは、選挙で選ばれていない野党政治家と検察官が結託してしまうようになる事態だと言える。選挙で選ばれていない者どうしの結託、これこそが食い止めなければならない権力の暴走となる。
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posted by 自由人 at 18:38 | Comment(0) | 政治
2020年05月05日

「緊急事態宣言」の延期でも解除でも批判する野党


■野党は「緊急事態宣言」の立ち位置を明確にするべき

 政府は「緊急事態宣言」の解除を5月31日まで延期することを決定した。
 案の定、予想通りの結果だが、5月14日に解除を検討するという保険的な含みも持たせており、政治的には無難な線に落ち着かせたと言ったところだろうか。
 「無難」というのはあくまでも政治的に無難という意味であり、民間的にはかなり難儀なことになってきたなというのが正直なところだと思う。本当に1日の感染者数が100人を下回らなければ延々と延期する可能性もある。

 政府がこういうあやふやな対応を余儀無くされるのは、どういう選択をしても反アベ野党(以下、野党)が批判してくるので、そういった批判をかわすためだとも言える。

 野党は、「緊急事態宣言」を延期すれば、「経済が悪くなる」と言い、「緊急事態宣言」を解除すれば、「感染者が増える」と言う。しかし、自分達はどちらを選択するのかを表明しない。

 野党は「緊急事態宣言」を延期しようが解除しようが、与党を批判することが自己目的化しているので、自分達は「緊急事態宣言」をどうするべきかをハッキリと断言しない。

■玉虫色の意見しか言わないアンフェアな野党

 野党は延期に賛成なのか、解除に賛成なのか、自らの立ち位置を明確にするべきであり、自分達の姿勢と政府の判断が合致しない場合にのみ政府批判をするべきである。立ち位置を断言してしまうと政府を否定できなくなってしまうので玉虫色の意見しか言わないというのではフェアではない。自分の考えを示さずに相手を批判するだけでは卑怯者の誹りを免れない。

 多くの言論人は、「緊急事態宣言」について延長するべきか、それとも解除するべきか、自分自身の考えを表明した上で政府批判を行っているが、野党の政治家は自分自身の考えを明確化せずに、批判のための批判を行っているようにしか見えない。そういう責任もリスクも背負わない姿勢が見透かされて、多くの人から信用されず支持率も上がらないという悪循環を招いている。

 国難にある時でさえ、与党批判やアベ批判をすることが第一義となっているため、まともな有権者からは、「彼らは国や国民のことを何も考えていないのではないか?」と訝られることになってしまう。

 世間には「緊急事態宣言」の延期を望む人もいれば、解除を望む人もいる。政府は、そのどちらの意見にも耳を傾ける必要があることは言うまでもない。しかし、その結果、政府の出したどちらの意見にも批判するのが野党であるなら、結局、その姿勢は「有権者の意見など聞く耳を持たない」と言っているのと同じことになってしまう。

 多くの国民が本当に困っている、こういう時ぐらい、党派を超えて真摯に協力できないものなのだろうか?
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posted by 自由人 at 07:59 | Comment(0) | 政治
2020年04月13日

「出勤7割削減」はミッション・インポッシブル


■あまりにも非現実的な「出勤7割削減」

 「出勤7割削減」、この言葉を聞いて唖然とした会社員は多いと思う。「出勤3割削減」ならまだ理解できようものだが、さすがに7割削減は有り得ないだろうというのが多くの会社員の正直な感想だと思う。

 これは換言すると、「3割の人員で仕事を行ってください」ということになる。得意先も関連企業も全て休業ということであれば、下請け企業でも休業にすることはできるかもしれないが、そうでない限り、出勤7割削減などというのは土台無理な相談だ。

 もしかすると、「出勤10割削減」は無理でも「出勤7割削減」なら大丈夫かもしれない…と考えたのかもしれないが、その考え方は全く逆であり、「出勤10割削減」は可能でも「出勤7割削減」は不可能だ。

 日本国中、出勤者3割で会社の仕事を回していけるような所が一体どれだけあるのか甚だ疑問であり、そんなことが簡単にできる所があるとすれば、それは余剰人員を多く抱えた役所(※注1)くらいかもしれない。
(※注1:全ての役所という意味ではない)

 「日本国中、テレワークにしろ」というのも、いきなり「時計の針を100年進めろ」と言っているに等しい。現代の日本で丸ごとテレワークにできる業種など、ごく限られている。

■改めるべきは、お役人の危機管理能力の低さ

 民間企業で会社員として働いた経験の無い人々(官僚・政治家)には民間企業の実情というものがまるで解らないので、このような浮世離れした発想が出てくるのかもしれない。
 これから官僚や政治家になるような人には、世の中を正しく知るという意味でも、1度、民間企業に入り洗礼を受けてもらった方が良いのかもしれない。

 「7割出勤するな」と言うのであれば、いっそのこと「10割出勤するな」と言えばよいわけで、「全労働者の1ヵ月分の生活費(※2)を支払います」ということをセットにすれば、10割は無理でも9割以上は可能になると思う。「1ヵ月分のベーシックインカムを全国民に支払いますので、1ヵ月間は休業にして自宅に籠ってください」ならできるはずだ。
(※注2:給料全額という意味ではない)

 そういうことがなぜできないのかと言えば、民間企業の内情を理解できない人々のメンタリティが邪魔をしているからだろう。「出勤7割削減」よりも「出勤10割削減で1ヵ月分のベーシックインカムを支払う」ことの方がよっぽど現実的であり実現性も有ると思われるのだが、なぜか、そうしようとは考えない。

 こういう危機(と言うよりもパニック)の時には、前例踏襲主義などはかなぐり捨てて、スピーディーかつ柔軟な常識破りの対応こそが求められる。平時と同じような対応をしている場合ではないにも拘らず、窮屈な建前主義が邪魔をして物事が一向に前に進まない。

 改めるべきは、企業の勤務体制ではなく、お役人のメンタリティの方であり、現実にそぐわない危機管理能力の低さをこそ改めるべきである。


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posted by 自由人 at 20:03 | Comment(0) | 政治