2020年11月06日

民主主義が機能していないアメリカ


■不正し放題の大統領選

 しかし、今回のアメリカ大統領選の酷さは凄まじいものがある。昨日のブログ記事では、今回の大統領選で不正行為が有ったことは「未だ断言できない」とお断りを入れたが、その後の経過を観ていると、不正は有ったと断言してもよさそうだ。しかも、思い切りヘタなバレバレの不正が。

 ここまで杜撰な不正だと、逆に信じられないという人もいるのかもしれないが、既に証拠もいろいろと見つかっているようなので、その内、真相が明らかになるのではないかと思われる。

 当初は早とちりしてトランプを批判していた人もいたが、あまりの異常ぶりに、さすがに分が悪いと判断したのか、意見を変えた人もいるようだ。

■一筋縄ではいかない大統領選

 以前(前回ではない)の大統領選でも不正疑惑が発覚したことがあった。日本と違ってアメリカでは、選挙の不正は有って当たり前というスタンスなのかもしれない。

 前回の大統領選ではトランプ氏はノーマークだったので不正投票問題は起こりようがなかったが、今回の大統領選はどんな手を使ってでもトランプを落選させたいという勢力がバックグラウンドに複数存在しているので一筋縄ではいかないことは自明の理だった。
 選挙でトランプが勝利しても、そのことを認めない勢力が暴動を起こすだろうことは選挙前から危惧されてニュースにもなっていた。

 「暴動」と「不正」、結果的にどちらが良かったのかは分からないが、元々、今回の大統領選は世界の行方を占う世紀の大選挙でもあったので、何が起こっても不思議ではなく、死人が出てもおかしくないほどの歴史的な選挙という位置付けだった。

■不正の無い選挙にすることこそが民主主義

 バイデン氏は「民主主義を取り戻す」と述べているが、不正行為が行われている可能性を全く無視しているように見受けられる。一般人が見ても分かるようなレベルの幼稚な不正のオンパレード疑惑を完全に無視してしまっている。

 少しでも怪しい開票行為が有ったのであれば、その調査をすることこそが民主主義に適うのではないのだろうか?
 不正の無い選挙にすることこそが民主主義の要諦であり、不正を無視することは民主主義の否定である。

 しかし、今回の大統領選騒動で、日本のテレビ・新聞報道には、ほとほと愛想が尽きてしまった。現在、購読している新聞も取るのを止めることにした。

------------------------------------------------------------------------------------------


スポンサーリンク




にほんブログ村 経済ブログへ
にほんブログ村
posted by 自由人 at 23:50 | Comment(0) | 政治
2020年11月05日

あまりにも不自然な大統領選


■ウィスコンシンの怪

 昨晩、大統領選の開票速報をリアルタイムで見ていると、この調子で進めばトランプ大統領が290の選挙人を獲得することはほぼ間違いないと思えたので、ブログ記事の下書きを書いていた。

 しかし、ブログを書いている途中で異変が起きた。なぜか、94%まで開票が進み、トランプがリードしていたウィスコンシンで、一瞬の内にバイデン優勢に変わってしまった。

 こんなことは、普通に開票している限りは考えられないことであり、いきなりバイデン票だけが一気に増加しない限り起こり得ない事態だった。

 一体、何が起こったのか?と思って調べてみると、トランプ大統領が「重大な不正が起こった」「開票作業を中止せよ」と言っていることを知った。
 トランプ氏は選挙が始まる以前から、郵便投票で不正が行われる危険性があると口を酸っぱくして語っていたが、その不正とやらが本当に起こったのではないか?という疑念が生じた。

 しかし、この時点では、全体的には、まだトランプ優勢だったので、テレビに映るマスコミの人々は意気消沈したような雰囲気だった。まるで自分達は「バイデンを応援している」と言わんばかりの焦燥ぶりだった。

■追加された郵便投票分の中身

 昨晩は、違和感を感じながらも、もやもやした心境で眠りについたが、朝、起きてみると、なんとウィスコンシンとミシガンでバイデン氏が逆転勝利していた。

 これは何かおかしいと思い、ネットで調べてみると、ウィスコンシンとミシガンでは、明け方の1時間の間にそれぞれ10万票以上の郵便投票分を追加したらしく、なぜか、そのそれぞれの10万以上の票が全てバイデン票だったということらしい。

 郵便投票分にはバイデン票が多いということは事前に伝えられていたものの、10万票全てがバイデン票などということが有り得るのだろうか?
 その票が追加された時のチャートを見てみると、まるで、株式市場に仕手筋が入って一気に株を買い上がったか、大手ファンドが大量誤発注をしたかのような不自然なチャートになっている。
 この不可思議なチャートの意味を説明できる人がいるのなら教えていただきたい。これを見て何も疑問を感じないようであれば、その人物の目は節穴だと言える。

 この件については、「後でケタが1つ間違っていたので訂正された」と述べている人もいるが、仮に1ケタ下がって1万人になったとしても、それが全てバイデン票だったというのは不自然だ。それに、そういったカウント間違いが同時に2つの州で(しかも同程度の票数)が起こるようなことはまず有り得ないということを見落としている。

20201106.png

■民主党が自滅する可能性

 この謎の郵便投票分については、既に世界中のネットで話題になっており、不正が行われたという疑いも無視できなくなっているが、なぜか日本のマスコミでは全くと言っていいほど伝えられていない。これが逆にトランプサイドで発生した事件であったなら、執拗に報道されていたのではないだろうか。

 今朝のテレビでは、マスコミの人々は昨晩とは打って変わり、意気揚々としていた。中立であるはずのマスコミが、まるで「バイデンを応援している」と言わんばかりの高揚ぶりだった。

 「不正」と聞くと、鼻で笑う人がいそうだが、よく調べてみれば、あながち出鱈目な話ではないことは分かると思う。実際に過去の大統領選でも不正が行われたことがあるので、今回の大統領選で不正が全く起こり得ないと考える方が根拠薄弱だと言える。

 昨夜、書いてボツにした記事では、トランプ再選でリベラルマスコミが窮地に立たされるということを書いたが、もし、今回の大統領選で本当に不正が行われたことが証明された場合、民主党は自滅することになるかもしれない。不正によって大統領になった人物や政党の言うことを真面目に聞く国民は誰もいなくなる。

 現時点では未だ仮定の話であり断言することはできないが、もし、不正行為が行われたことが意図していないアクシデントであったならば、アメリカの恥になる前に、早い内に謝罪しないと国を滅ぼすことにもなりかねない。



------------------------------------------------------------------------------------------


スポンサーリンク




にほんブログ村 経済ブログへ
にほんブログ村
posted by 自由人 at 22:28 | Comment(0) | 政治
2020年11月02日

時期が悪かった「大阪都構想」


■有権者の“疑念”が生じた「大阪都構想」

 「大阪都構想」が僅差で否決されたということで、このニュースで持ち切りとなっている。

 「大阪都構想」はなぜ可決されなかったのか? このての改革は僅差の可決ではなく、大差が開いた可決でない限り成功とは呼べない。個人的に思うところをざっと書いてみたいと思う。

 まず始めに思ったのは、有権者(大阪市民)からすると、賛成するべきか反対するべきか、よく分からない人が多かったのではないかと思う。

 「大阪都構想」と聞くと、どこか清潔なイメージが浮かんでくるが、反対している政党は政治思想的に一枚岩ではなく、自民党と共産党が共闘しているというだけで、何が目的で反対しているのかよく分からないという人も多かったのではないかと思われる。
 それに加えて、前回(5年前)は反対の立場だった公明党が、今回は踵を返して賛成の立場に回っているところにも不自然さを感じた人が多かったのではないかと思う。

 大阪市が利権の温床になっていると言う以前に、今回の選挙構図自体、利権が温床になっているのではないか?という疑いを持たれたことも否決に傾いた1つの原因ではないかと思われる。

■「大阪都構想」よりも「大阪市役所土曜営業構想」

 「大阪都構想」と言っても、大阪府が大阪都になるわけではないので、「大阪都構想」というのは正確に言うと以下のようになる。

 「大阪市を東京のようにする構想

 要するに、大阪市のみを分割して東京都のようにするということであり、大阪市民にとって、具体的にどれだけメリットが有るのか分かりにくいという声も聞かれた。大阪市を4つに分けることによって無駄を省けると言うが、4つに分割する手間と経費を差し引くと、結果的にどれだけプラスになるのかという試算も少し曖昧だった。複数の市を統合して効率化を図るというケースはよくあるが、逆に分割して本当に効率化が果たせるのか?という意見も多かった。

 しかし、1番の疑問点は、大阪市を分割することによって、大阪市民の生活は良くなるのか?ということだった。

 例えば、役所の土曜営業を目指すというような「大阪市役所土曜営業構想」のような市民目線のシンプルな改革であれば、大阪市民は反対する理由がないので、まず間違いなく賛成可決だったと思う。市民の直接投票を行えば、9割以上の人が賛成すること間違い無しだ。
 「大阪都構想」というような庶民が理解しにくい改革ではなく、まず、大阪市民の誰もが望んでいる改革を行えば良かったのではないかと思う。

 「大阪都構想」が成功して、「京都構想」や「広島都構想」「福岡都構想」と広がっていくとは思えないが、「大阪市役所土曜営業構想」が実現すれば、日本中の役所が土曜営業になって便利になっていくことは間違いない。

 「役所を土曜営業にするとコストが上がる」と言う人がいるが、別に多少、コストが上がっても構わない。人が足りないということであれば新しく従業員を雇えばいい。そういうコストであれば、大阪市民も支払うのはやぶさかでないだろうし、そういう誰もが望んでいる改革を行うことこそが必要だったのではないかと思う。

■コロナ禍・デフレ下での「大阪都構想」

 以上は市民目線での話だが、時代的に見ても、少し問題を孕んでいたことは否めない。

 現在はコロナ禍の真っ只中であり、日本でも第2波が来る兆しが感じられる雲行きだ。そんな状況下で、「大阪都構想」を問うというのは、どこか“今じゃない感”が漂っており、タイミング的にも悪過ぎたと思う。
 今後、役所の人間がコロナ禍で多忙になることが予想される状況で、大阪市分割に伴う引っ越しや業務引き継ぎ等を併せて行うというのは、スケジュール的にも無理が有り過ぎたのではないだろうか。
 少なくとも、住民投票はコロナ禍が落ち着いてからにするべきだったと思う。

 維新の会からすると、吉村知事の人気と公明党が味方に付いたことで、「大阪都構想」は可決するという見通しが立っていたのではないかと推察するが、実際のところ、前回の投票であれだけ否定的だった公明党の人々は全員、賛成票を投じたのだろうか?

 最後に、経済的な視点で「大阪都構想」を見てみると、やはり時期が悪かったとしか言い様がない。
 現在がインフレ経済で景気が良い時代であるなら、「大阪都構想」も真っ当な改革と成り得たかもしれないが、残念ながら現在は長期デフレの真っ只中にある状況だ。

 大阪市のドロドロの利権構造を破壊したいという維新の会の気概も理解できなくはないが、政治的順序としては、まずデフレを脱却して好況にすることが最優先事項となる。構造改革はその後に行うのがセオリーであるので、やはり時期的にも無理があったということは否めない。

------------------------------------------------------------------------------------------


スポンサーリンク




にほんブログ村 経済ブログへ
にほんブログ村
posted by 自由人 at 22:57 | Comment(0) | 政治
2020年10月25日

「特別定額給付金」の消費効果が限定的だった理由


■「特別定額給付金」で貯金が増えた単純な理由

 麻生副総理が自身の政治資金パーティーの講演で「10万円の特別定額給付金」について「その分だけ(国民の)貯金が増えた」と述べ、給付金による消費効果は限定的だったという考えを示した。

 この「貯金が増えた」というのは、ある意味、当然の結果だと思う。なぜなら特別定額給付金は手渡しではなく銀行振込だったので、振込された全額を引き出さない限り、貯金は増えることになるから。

 10万円支給されて10万円以上使う人が大多数でない限り、貯金は増えることになる。

 特別定額給付金を支給して判明したことは、消費を喚起する効果が無かったことではなく、先行きに不安を抱えた人間は、お金を配ったとしても消費することよりも貯金することが優先されるということである。つまり、10万円程度では政府が恐れる2%以上のインフレには成りようが無いということを証明したということでもある。

■「特別定額給付金」の効果は有ったが見えなかっただけ

 麻生氏が2009年度に実施した2万円の定額給付金も同様だったが、今回は、コロナ禍という未曾有の危機がバッググラウンドに横たわっているため、元々、失われた消費量が大き過ぎたので、その一部を補填する効果しか無かったということだろう。見えない消費効果は確かに有ったが、落ち込んだ消費量があまりにも大き過ぎたため、その効果が目に見える形で現れなかった(=落ち込んだ消費量を埋めることはできなかった)というだけのことでしかない。

 この結果として得られるべき結論は、「特別定額給付金は効果が無かった」ということではなく、「10万円程度では足りなかった」ということである。

 コロナ禍で失われる消費量は、この先、数年で10万円程度では済まないことは誰にでも分かる。多くの国民は「給付金10万円は消費税を10%に上げたことのペナルティ」程度の認識しか持っておらず、コロナ禍で失われる損失を補填するような効果が無いことは百も承知しているのである。

 2%のインフレにすることが政府の目的であるのなら、コロナ禍ではこれまでのセコい考えを改めて、逆転の発想で財政政策を進める必要がある。10万円では効果が無いのではなく、効果が有っても見えない。効果が見えるようになるまで諦めないことこそが必要だと思う。

 掘り進めていけば金脈にぶつかるのに、少し掘っただけで「ダメだ」と諦めるのは早計であり愚の骨頂だと言える。是非、諦めずに掘り進めていただきたいと思う。

------------------------------------------------------------------------------------------


スポンサーリンク




にほんブログ村 経済ブログへ
にほんブログ村
posted by 自由人 at 11:08 | Comment(2) | 政治
2020年10月07日

知られざる「日本学術会議」の正体


■ほとんどの国民が知らなかった「日本学術会議」

 「日本学術会議」なるものが俄然、注目を集めている。内閣総理大臣所轄の「特別な機関」として60年間も活動されてきた組織ということだが、今までほとんどの国民が知らなかった謎の組織ということでも脚光を浴びている。

 「日本学術会議」の役割は以下の4つであるらしい。

 1、政府に対する政策提言
 2、国際的な活動
 3、科学者間ネットワークの構築
 4、科学の役割についての世論啓発


 210人の会員と約2000人の連携会員がいるとのことだが、今回騒ぎになっているのは、前者である210人の内の6人に対して菅総理が任命を見送ったこと。

 これまで推薦された210名の学者を無条件に任命していたことにも驚きだが、任命されなかった学者を推薦した人々からすれば、なぜ、これまでの前例を破るような真似をするのかと驚きと怒りを隠し切れない様子だ。左派の野党とマスコミは「学問の自由が侵害される」と批判している。

 その理屈で言うなら、戦後はGHQの「公職追放」(保守パージ)によって、保守的な学者は露骨に学問の自由を奪われたようなものだったと言えるが、今回の出来事は、その意趣返しという風に捉えられているのかもしれない。

 6人と言っても、全体のわずか3%に過ぎないが、なぜ、この6人の学者に対して菅総理は任命を拒否したのか? マスコミにその理由を質問されても、政治家からは言葉を濁す程度でハッキリとした回答は返ってこない。それは公の電波で言うべきではないという忖度(遠慮)が働いているためなのだろう。

 「あなた方は反政府的な学者だから」などとは、とても言えない。

■反政府主義者に「政府に対する政策提言」ができるのか?

 ネット上では既に有名になっているが、今回拒否された6人の学者は総じて反政府的な発言を行ってきたことでも知られている。反政府的な学者は任命しないという姿勢が、同じく反政府的な人からは受け入れられないということなのだろう。

 しかし、先述したように「日本学術会議」の重要な役割は「政府に対する政策提言」を行うことなので、反政府的な学者では、文句ばかりでその任に堪えないということなのかもしれない。

 政府のどこがどう間違っているのかを親身になって具体的に指摘できるような学者ならよいのだが、ただ感情的に政府を貶めるような独善的な批判を行うばかりの学者はご遠慮願うということを暗に示したのかもしれない。

 反政府的な人から見れば、「その姿勢が独裁者的だ!」ということになるのだろうけれど、国民の税金で成り立っている組織が、その国民によって選ばれた政党の思想信条と反対の立場にいるというのは普通に考えても可笑しい。政府と思想信条が合わないのであれば、自分から推薦を辞退して、自分の意見に合致する政党に付いて意見を発信するのが真の学者の姿ではないかと思う。

 ちなみに、「日本学術会議」は、東日本大震災の復興費用に赤字国債を発行するのではなく、復興増税を勧めたことでも知られている。震災の復興費用を税金で調達するというようなことは前代未聞の珍事であり世界でも例の無い政策だった。

 MMTが注目されている現在、震災の復興費用を税金で調達するというような政策は悪手としか言い様がないが、復興増税は今も現在進行形で続いている。
 この辺はもっと追及されるべきところだと思われるが、罷り間違っても、コロナ禍において「コロナ増税」を言い出すのは止めていただきたいと思う。

------------------------------------------------------------------------------------------


スポンサーリンク




にほんブログ村 経済ブログへ
にほんブログ村
posted by 自由人 at 23:09 | Comment(0) | 政治
2020年10月03日

携帯電話会社の「価格競争」は更なるデフレ化を招く


■携帯電話会社の「苦肉の策」は功を奏するか?

 菅総理が鳴り物入りで打ち出した携帯料金の値下げを巡って、NTTはドコモを子会社化することになり、KDDIはUQmobileを統合することになった。

 両社共に、単に携帯電話料金を値下げするためだけに子会社化や統合を行ったわけではないと伝えられているが、タイミング的に考えても全く意図していないというわけではないのだろう。

 あくまでも想像の域を出ない憶測だが、KDDIはUQmobileを統合すれば、格安スマホの料金システムをそのままauの料金体系に組み込むことができ、安価なコースが提供可能になる。一方で、NTTはNTTコミュニケーションズの格安スマホサービスを使用するためにドコモをNTTに吸収する必要があったのかもしれない。

 いずれにしても、今後は料金体系が大きく分かれて、「安く利用したい人は、格安スマホ的なサービスを利用してください」ということになるのではないだろうか。
 格安スマホを利用するためには、それなりの基礎知識も必要になってくるので、「自分で勉強するのが嫌なら高額なコースを利用するようにしてください」ということになりそうだ。

(携帯ショップの窓口にて)

 ユーザー「スマホの調子が悪いので、見てもらえませんか?」

 サポート「いや、お客様は低額コースをご利用されていますので、メンテナンス
      サポート料金が別にかかりますが、それでもよろしいでしょうか?」

 ユーザー「料金はどれ位かかるんですか?」

 サポート「いや、スマホを確認してみないと何とも言えませんが、数千円から、
      場合によっては数万円かかる場合もございます」

 ユーザー「今まではそんな料金はかからなかったじゃないですか…」

 サポート「いや、それは料金に含まれておりましたので…」

 ユーザー「…じゃあ仕方ないか・・・これお願いします」
        ・
        ・
      (2時間後)
        ・
        ・
 サポート「お客様、お待たせしました。料金は2万円になります」

 ユーザー「えっ、そんなにかかるの?!」

 こんな姿が目に浮かびそうだ。

■政府が強いるべきは「価格競争」ではなく「技術競争」

 携帯料金には「基本料金」と「利用料金」の2つがあるが、菅総理が言っている値下げは、どちらが対象になっているのだろうか? テレビで伝えられている話を聞く限りでは、基本料金を値下げするということになっているみたいだが、電波利用料金を言い出すなら、基本料金よりも利用料金を下げるべきではないかと思う。

 通話時間やデータ量に応じて料金が細分化されている格安スマホの料金体系をそのまま適用すれば、大部分の人にとっては実質的な値下げになるのではないかと思う。ライトユーザーもヘビーユーザーも同じように安くしろと言うのは無茶であり、公平な制度とは言えない。

 しかし、この超デフレ社会で、政府が携帯電話料金を下げるというミクロ経済政策を断行したとしても、携帯電話会社に入っていた利益をユーザーが分捕るというだけのゼロサム政策にしかならないので、経済は成長せず、むしろシュリンクするかもしれない。

 現在のような超デフレ社会では、政府が新しい通信規格(5G)システムに必要なインフラ設備を全て提供して、その上で各携帯会社に価格競争ではなく、技術競争していただいた方が良いのではないかと思われる。

 インフラ設備から何から全て民間企業に丸投げして、価格競争させれば料金が下がるというのでは、デフレが更に進行するのみであり、経済成長には至らない。

------------------------------------------------------------------------------------------


スポンサーリンク




にほんブログ村 経済ブログへ
にほんブログ村
posted by 自由人 at 17:15 | Comment(0) | 政治
2020年09月18日

「電波利用料の値上げ」で「携帯電話料金は値下げ」されるのか?


■再燃した携帯電話料金の引き下げ案

 菅 義偉氏が総理になったことで、2年前にも騒がれた携帯電話料金の引き下げ案が再び検討されているらしい。
 総務大臣に任命された武田良太氏は携帯電話料金について「1割とかいう程度では改革にならない」 と述べ、携帯電話料金の値下げに並々ならぬ意欲を見せている。

 確か、2年前の携帯料金引き下げ案は、時期的にも消費増税のブーイングを収めるための折衷案、悪く言えば、ガス抜き案としての意味合いが強かったと記憶している。
 当時の菅氏の弁では「現在の携帯電話料金は4割下げる余地がある」という触れ込みだったので、携帯各社は実際に値下げを行った。本当にキッチリ4割値下げされたのかどうかは疑わしいが、「最大で4割安くした」ということにはなっている。

 いずれにしても、携帯電話料金の値下げは既に行われており、携帯解約料金も大幅に値下げされた。それでもまだ値下げが足りないということで、「値下げに応じない場合は電波利用料の値上げも検討する」という、ある意味、脅しとも受け取れるような発言もされている。

 この「電波利用料の値上げも検討する」という言葉を超訳すると以下のようになる。

 「携帯電話料金を下げない場合、安価で提供されている電波利用料を値上げして、あなた方の商売の利益率を引き下げますよ。安価な電波料金でこれまで通りの利益率を維持したいなら、素直に携帯電話料金を下げた方が無難ですよ。

■「大手キャリア」と「格安スマホ」の違いは保険の有無

 携帯各社にしてみれば「携帯電話料金」を下げても「電波利用料」が上がっても、どちらに転んでも利益率が下がるということで、心中穏やかではないと思われる。
 しかしながら、各携帯会社が支払っている電波利用料は、年間100〜200億円程度と言われているので、仮に電波利用料が2倍になったとしても、携帯電話料金を大幅に引き下げるよりもましということになってしまうかもしれない。
 そういう目算から、携帯各社が値下げに応じない場合も考えられるが、その場合はどうなるのだろうか? それでも無条件に電波利用料が値上げされるのであれば、携帯電話料金も便乗値上げになってしまうかもしれない。

 仮に政府のお達し通りに携帯の基本料金が値下げになったとしても、これまで不要だった各種サービス料金が値上げされることは容易に想像が付く。日本の携帯電話料金が諸外国よりも高い1つの理由は、携帯が故障した時などのトラブル相談費用等がほぼ無料(一種の保険料)というところにあるので、そういった無償サービスは削られ、携帯を修理する場合は、メンテナンス料金として別途請求されることになるのだろう。
 格安スマホ(MVNO)が安価であるのは、そういった至れり尽くせりのサービスが全く無く、スマホが壊れた時は自己責任(保険が無い)だからでもある。

■「携帯電話会社」よりも「NHK」に目を向けるべき

 しかし、政治家が「電波利用料」云々と言い出すなら、携帯電話会社よりも、むしろ、NHKの方に目を向けるべきだと思う。NHKが支払っている電波利用料は携帯電話会社よりもはるかに安く、年間25億円程度と言われている。

 料金が高いと思うなら格安スマホ(MVNO)に逃げ道が用意されている携帯電話料金よりも、受信料支払いの逃げ場がないNHKの受信料を値下げすることに注力していただいた方が、より多くの国民(特に若年者)に支持されるのではないかと思う。

 NHKに対しても同じようにこう言ってもらいたい。

 「値下げに応じない場合は電波利用料の値上げも検討する

 実際のところ、日本で総理大臣になったからといって、総理の裁量で「電波利用料」を簡単に上げ下げするほどの権限が有るとは思えないのだが、もし、それを可能にするほどの手段(権力)を持っておられるのであれば、是非、NHKの受信料の値下げも検討していただきたいと思う。



------------------------------------------------------------------------------------------


スポンサーリンク




にほんブログ村 経済ブログへ
にほんブログ村
posted by 自由人 at 22:43 | Comment(0) | 政治
2020年09月14日

自転車の初乗りで考える「自助・共助・公助」の関係性


■なぜ「自助」を否定するのか?

 大方の予想通り、菅 義偉新総裁が誕生した。

 総裁選前の「消費増税発言」も大きな騒ぎになりかけ、「今後10年間は上げない」と言い直したことで騒ぎが収まったようだが、今度は、菅氏の述べた「自助」という言葉が物議を醸しているようだ。

 菅氏が語ったことは以下の通り。

>「私の目指す社会像は、自助・共助・公助、そして絆であります。まず自分でできることは自分でやってみる。そして地域や家族で共に助け合う。その上に立って、政府がセーフティネットでお守りをする。

 これを聞く限り、ごく当たり前のことを言っているようにしか思えないのだが、なぜか、「自助」という言葉に引っ掛かっている人が結構いるらしい。彼ら曰く「国が自助を国民に押し付けるのは間違いだ」ということらしい。

 ひょっとすると、共産主義の思想には、基本的に「自助」という概念が無いということで、こういう発想になってしまうのかもしれないが、人間として生まれてこのかた、自助の精神を持たずに生きて来られた人がどれだけいるのかは甚だ疑問ではある。

■「自助の精神」を持たない子供はいない

 例えば、小さい子供の頃には、自転車に乗ろうとしても上手く乗れない。自転車の初乗り時は、何度も何度も転びながらもチャレンジしたことは誰もが経験していることだと思う。
 このチャレンジ精神こそが、他ならぬ「自助の精神」でもある。自転車に乗るのが恐いからと言って、端から誰かが運転する自転車の後部座席にタダ乗りすることが正しいなどと思うような子供はいないと思う。

 しかし、身体的な都合で自転車に乗れないという人はいる。そういった人に対して、「自助」を強制することは間違いであり、誰か(健常者)が補助しなければならない。それが、「共助」であり、そういった助け合いのシステムが「公助」である。

 以下の2つの言葉を聞いて、あなたはどう思うだろうか?

 ○「あなたは自転車を運転できるように努力してください。そうすれば、他人を乗せて運転することもできるようになります。

 ●「あなたは自転車を運転できるようになる必要はありません。他人に乗せてもらえばいいのです。

 言うまでもなく、前者は「自助の精神」を述べており、後者は「自助の否定」を述べている。

 どちらが正しいかは考えるまでもないと思う。自転車が運転できる人が誰もいなければ、乗せてもらうべき人もいなくなるのだから、後者の論理は破綻している。

 まず始めに多くの人々の「自助」が有ってこそ「共助」が成り立つ。そして「自助」と「共助」のシステムが機能してこそ「公助」が存在しうる。

 「自助」を否定して、永遠の「共助」と「公助」を求めることは不可能だ。それは、先程の簡単な例の通り、自転車を運転することを否定して、自転車に乗れるようになると言っているのと同じことだからだ。



------------------------------------------------------------------------------------------


スポンサーリンク




にほんブログ村 経済ブログへ
にほんブログ村
posted by 自由人 at 22:42 | Comment(0) | 政治
2020年08月29日

新型コロナウイルスの常識破壊【安倍総理の電撃辞任】


■「断腸の思い」の辞意表明

 安倍総理が電撃的に辞意を表明したことで日本中が揺れている。事前に前振りは有ったとはいえ、こうもアッサリと辞意を表明されたことに驚きを隠せない人も多いようだ。
 当初、17時から会見を行うと伝えられていたにも拘らず、フライング的に14時頃に報道されたので、株式市場も一時、パニック売り(または空売り)が出て急落した。

 コロナの話は冒頭の一部だけで、ほぼ、安倍総理本人の健康問題についての会見だった。病状は案の定、持病の潰瘍性大腸炎が再発したということだった。

 安倍総理本人も「断腸の思い」だと述べておられたが、いろんな意味で残念だ。首相としての連続在職日数が歴代1位になった矢先の出来事だっただけに、どこか運命的なものを感じてしまう。
 第1次安倍内閣の時も潰瘍性大腸炎の悪化を理由とした辞任だったが、その後、8年近くも無事に過ごされてきたにも拘らず、ここに来て急に再度の持病悪化。これも偶然とは思えない。「病は気から」という言葉の通り、コロナ禍による激甚なストレスが引き金になったのではないだろうか。

■「機を見るに敏」だった電撃辞任

 思えば、昨年、消費増税を決行した辺りから、安倍総理の幸運にも陰りが見え始めていたが、そこに突然、降って湧いたかのように新型コロナウイルス問題が発生し、景気が一気にダウン。消費税を上げた途端に、この上ない消費不況が訪れるというカウンターパンチのような不運に見舞われた。
 幸運の象徴とも思えた東京オリンピックの開催も、まさかの延期となり、八方塞がりで先の見えない中、ボディブローの連打のようなコロナストレスが病の悪化に繋がったのではないかと想像する。

 安倍総理の悲願だった「憲法改正」も成就することなく志半ばで退陣することは、まさに断腸の思いなのだろうけれど、今後、数年間は続くと見られるコロナ問題と安倍総理の健康面を考えると、ちょうど良い引き時だったのかもしれない。

 コロナ禍によって、憲法改正の機運も後退してしまい、来年に行われる予定の東京オリンピックも、コロナ第2波が来た時点で開催はまず不可能。このまま総理を続けても、イメージが悪くなることはあっても良くなることは無いという状況であり、晩節を汚すことになる可能性が高いため、前向きな思考ができなくなったのかもしれない。

 幸い、現在はコロナの第1波が終息しかけており、一時的に危機は和らいでいる。第2波が来る前の小休止期間が有ったことは、安倍総理にとっても幸運だったのかもしれない。

 自民党内に安倍総理の代わりが務まる人がいないような状況下で呑気なことを言っている場合ではないのだが、現在の巨大なストレスの重圧から解放されれば、心も落ち着き、病も次第に快方に向かわれるのではないかと思う。

 それにしても、これまで安倍総理を失脚させることを生業としてきた「反アベ勢力」にとっては、喜ぶ以前に梯子を外された格好となってしまったが、これから何を目的に行動するのだろうか?

------------------------------------------------------------------------------------------


スポンサーリンク




にほんブログ村 経済ブログへ
にほんブログ村
posted by 自由人 at 09:32 | Comment(0) | 政治
2020年08月09日

安倍総理の口から再び出た「リーマン・ショック」という言葉


■コロナ「第2波」はまだ来ていない

 安倍総理は8月9日、長崎で記者会見を開き、記者の質問に対して「できるかぎり再宣言を避ける取り組みを進めないといけない」と述べた。

 この発言からも推測できる通り、安倍総理は再び「緊急事態宣言」を出すことの危険性を重々承知されているようで少し安心した。これがバリバリの左翼政権だったなら、なんの躊躇もなく「緊急事態宣言」を出しているところだろうと思われる。

 この状況下で「緊急事態宣言」を出すなどというのは狂気の沙汰だが、多くの人々が恐怖心を抱いてパニックになっているこんな状況であるからこそ、合法的に国家を破壊することができてしまう危険性をこそ正しく恐れなければならない。
 「緊急事態宣言」を出すことは多くの人々の死に直結することになる危険性を大いに孕んでいる。その犠牲者数はコロナ第1波による犠牲者数を遥かに超えることは間違いない。

 現在の感染者増加は、コロナ第1波の延長でしかなく、強いて言うなら、「第1.1波」のようなものだと言える。おそらく本当の第2波が来た時には、株価チャート的に言うなら、窓を開けて感染者(症状のある感染者)が急増するはずだ。その時が本当の第2波の始まりであり、その時には現在のように無症状者の検査を行っている場合ではなくなるかもしれない。

 今の時点で「第2波」などと言っている専門家や言論人は、その時になって始めて自らの間違いに気付くことになるだろう。そして、何の責任も取らず、「第3波が来た」と言って誤魔化している姿が目に浮かぶ。

■リーマン・ショック級であるなら、早急に「消費減税」を行うべき

 ところで、同会見で安倍総理はこうも述べられている。

 「リーマン・ショックを上回る甚大な影響が見込まれている。

 かつて、「リーマン・ショック級の出来事が起こらない限り消費増税を行う」と述べた安倍総理の口から、この言葉が出た意味は大きい。
 ここで注意するべきは、2度目の「緊急事態宣言」を出せばそうなるという意味ではなく、現状で既にリーマン・ショック級であり、再び、緊急事態宣言を出すとリーマン・ショック以上の惨禍になると述べられているということ。

 ということは、消費税は減税しなければ辻褄が合わないということになる。無論、8%に戻すだけでは全く足らず、最低でも5%まで、理想を言えば、3%まで戻すことがベターだと思う。

 世界中がコロナ経済対策として、大々的な金融緩和や減税を行っている状況下で、日本だけが「財政再建だ」、「緊縮財政だ」などと言っていると、またしても日本だけが失われた30年を過ごすことになりかねない。

 ヘタをすると大失業時代を迎えかねない現在の危機的状況下で、「消費税を上げなければならない」とか「消費税を下げるべきではない」などと言うのは、あまりにも見当外れな発言であり、全く現実が見えていないとしか思えない。

 その姿は恰も、狭い水槽の中に多くの金魚を入れて、水が足りないことで酸欠で息苦しくなって暴れている金魚の姿を観て、「金魚は元気に泳いでいる」と錯覚している間抜けな飼い主のようなものである。

 そのような緊縮財政論は、コロナが本当の意味で収束し、景気が良くなってから考えるのが筋というものである。

------------------------------------------------------------------------------------------


スポンサーリンク




にほんブログ村 経済ブログへ
にほんブログ村
posted by 自由人 at 23:56 | Comment(0) | 政治