■新旧の「欲しがりません勝つまでは」
緊急事態宣言が延長されることになり、映画館の休業要請まで延長されることになったことから、大阪府庁前で抗議を示す「サイレントスタンディング」が行われた。
私も以前の記事で、観客の立場から映画館の休業要請は全くと言っていいほど意味がないと書かせてもらったが、実際に映画製作に携わる人々から見ても同じ感覚であるらしく、参加者からは「根拠を示してほしい」という意見も出ている。
実際に、これまで三密を避け、距離を取り、消毒を行い、換気をして感染防止に努めてきた映画館では誰1人としてコロナ感染者(クラスター)は発生していない。
そんな映画館に対して休業要請を強いるのは、明らかに度を越しており、「科学的根拠を示せ」という憤りの声が出るのも至極当然の結果だとも言える。
現在の政府の「休業要請」は、戦時中のスローガン「欲しがりません勝つまでは」とダブって見える。
戦時中の「欲しがりません(戦争に)勝つまでは」が、コロナ禍では「欲しがりません(コロナに)勝つまでは」になっている。碌な補償もせずに、我慢を強いるところなどはソックリそのままだとも言える。
■「欲しがりません半永久的に」になる危険性
戦時中の「欲しがりません勝つまでは」は、国民全てが対象となったのでまだ理解できるとしても、現在のコロナ禍における「欲しがりません勝つまでは」は、一般人だけが対象となっており、為政者は高見の見物になっている。その証拠に、民間企業に上から目線で休業要請を強いておきながら、一部の政治家と医者は堂々と政治資金パーティーに参加しているという有り様。
こんなデタラメな「欲しがりません勝つまでは」が万人に受け入れられるはずもなく、それほど長続きするとは思えない。大体、「コロナに勝つまでは」というのは、具体的にどういう状態を指すのだろうか? コロナ感染者が0になった場合だろうか? それともコロナ感染者が大幅に減少した場合だろうか?
しかし、これから毎年、冬場になると感染者が増えていくウイルスに勝つことなどできるのだろうか?
戦争なら勝敗が決した時点で終了となるが、ウイルス戦争の場合は、毎年起こるわけだから、半永久的に勝てないかもしれない。風邪やインフルエンザにも勝利したことのない人類が、都合良くコロナにだけは勝てると思える根拠はどこにあるのだろうか?
もし勝てるとすれば、それは個々人の問題であって、国民全員が勝てるまでとなると不可能だろう。個々の人間がウイルスと戦って勝つことはできるが、老若男女全てが勝つことはできない。それは、インフルエンザとの戦いを見れば明らかだろう。
「ワクチンさえ打てばコロナに勝てる」「ワクチンさえ打てば欲しがれる」と思っている人も多そうだが、そんな簡単なものなら、既に人類は、風邪にもインフルエンザにも勝利しているはずだ。
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