2020年08月11日

「国家安全維持法」を恣意的に運用する中国


■「民主の女神」逮捕の衝撃

 香港の「民主の女神」と呼ばれる周庭さんが香港警察に逮捕されたことで、世界的な大ニュースとなっている。

 当初、「国家安全維持法」は、その法律が施行された後の事件だけが対象だったはずが、過去の事件にまで遡及して「国家安全維持法」を適用するという、およそ、まともな民主国家では考えられないデタラメな法の運用が為されたことで、世界中の多くの識者が危機感を露わにしている。

 逮捕してから恣意的に法律を後解釈して罪人を罰することは独裁国家の法運用であり、何でもやりたい放題が罷り通ってしまうことになる。少し前に日本で話題になった「人質司法」もその1つだが、これでは冤罪者だらけになってしまう。
 図らずもこの一件で、中国は、反逆した者は即死刑という北朝鮮と同じような国であることを自ら曝け出してしまったとも言える。

 ポンペオ米国務長官が先日に述べた「習氏は破綻した全体主義の信奉者」という言葉が思い出される。この言葉をシンプルに言い換えると「習氏は共産主義者」ということになる。

 以前、ライブドア事件時に、「万引きで死刑」という言葉が流行ったことがあるが、今回の事件は「民主化を訴えて無期懲役」というようなもので、それがジョークにならないところが中国の恐ろしいところだ。

■「戦前の日本で民主化を訴えれば逮捕される」という誤解

 日本人の多くはこれまで、中国は民主主義国家ではないということの意味を深く考えずに付き合ってきたが、これからはそういう無関心は許されなくなっていくかもしれない。

  周庭さんは逮捕前に以下のように述べている。

>「恐怖感に負けずに引き続き自分の信念、私たちが信じている自由と民主主義のために戦っていくことがとても大事だと思っています。これからも一生懸命香港人の自由、そして民主主義を守るために頑張っていきたいと思いますので、日本の皆さんも世界の皆さんも私のことだけではなく他の香港の若者たちのことにも注目していただきたいと思っています。

 この意見を聞いて、こう述べている人がいるらしい。

 「民主化を訴えるだけで逮捕。戦前の日本と同じ。大好きな香港から自由が失われてしまった

 後半部はもっともな意見だが、前半部は間違っている。詳しいことは控えるが、戦前の日本は立派な民主主義国家だった。逮捕されたのは、民主化を訴えた人ではなく、革命(=国家の破壊)を訴えた人(共産主義者)の間違いなので指摘しておきたいと思う。

 これからはこういう誤解も許されなくなっていくのかもしれない。

■「非民主主義国家」とは付き合えない時代の到来

 仮定の話をすると、例えば、現在の北朝鮮がどんどん経済発展し「世界の工場」となり経済大国になったとすれば、日本(世界)は北朝鮮を主要な貿易相手国として付き合っていくことができるだろうか?
 普通の人なら、「それは無理だろう」と言うだろう。「あんな独裁者がいる国とのビジネスが成り立つはずがない」と思うだろう。
 ではその理由とは何だろうか? おそらくその理由は「民主主義国家ではない」ということが最大のネックポイントだろうと思う。

 では、中国はどうだろうか? 中国は北朝鮮と同じ政治体制を有する国であり、民主主義国家ではない。そうであるにも関わらず、何の疑問も感じることなく、日本の次に出現した「世界の工場」として中国とビジネスをしてきたのが日本であり、世界中の国々だった。その下敷きにあった思想は「グローバリズム」だったが、そのグローバリズムの危険性がようやく正しく認識されようとしている。

 世界中の国々は「中国が経済的に繁栄すれば民主化していく」という淡い期待によって中国とのビジネスを行ってきた経緯がある。しかし、その淡い期待は必ず裏切られるということに世界中が気付いてしまった。
 アメリカの共和党はもとより、民主党でさえもが、もはや中国を敬遠する姿勢をはっきりと意思表示しており、世界経済からの中国外しは、中国発の疫病である新型コロナウイルスの蔓延によって、もはや引き返すことができない状態を迎えつつある。

 そんな時代の節目にあって、その傾向にさらに火に油を注ぐ形となった今回の周庭氏逮捕事件。世界が中国にノーを突き付ける日が近付いている。

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posted by 自由人 at 22:58 | Comment(1) | 国際問題
この記事へのコメント
当時の共産党は、今のように穏健なものではなく、議会制度の否定や暴力革命を目的としていた。その点で、当時の治安維持法が必ずしも悪法とはいえないだろう。

大きく治安維持法の色彩が変わったのは、昭和3年(1928年)の改正である。

これによって、結社の構成員であることを証明しなくても、治安維持法を適用できるようになった。

https://sirduke.hatenablog.com/entry/tian-kyobouzai
Posted by at 2020年08月12日 12:04
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