2019年07月28日

現代における「無知の知」【全ての人間は「情報弱者」】


■曖昧な「情報弱者」という言葉

 現代では既に市民権を得た言葉に「情報弱者(情弱)」というものがある。誰でも無料で広範な知識が得られるネット情報社会になってから、頻繁に耳にするようになった言葉でもある。
 毎日のように、多くの人が、事ある度(自分より知識が無いと思う人を見つける度)に「情弱」という言葉をドヤ顔で語るシーンを目にするようになったが、「情報強者」と「情報弱者」との間にはたしてどれだけの差が有るのだろうか?

 ある特定の分野(例えば、コンピューター知識、医学知識)における個人の情報差は埋め難い程に開いているのかもしれないが、ジャンルを分けなければ総情報量には埋め難い程の開きは無いかもしれない。ネット情報社会以前に、これだけ膨大な知識が氾濫している人間社会で、全てのジャンルにおいて情報量が勝っている人など皆無に等しいと言える。

 例えば、会社の先輩と後輩を比べても、仕事の知識量は先輩の方が勝っている場合があったとしても、その他の趣味などの種々雑多な情報量を比べてみると、必ずしも年長者が勝っているとは言えない。ジャンルによっては、その関係性は全く逆の場合も有る。

 現代社会に溢れる膨大な知識の洪水の前には誰もが無力であり、誰もが情報弱者だと言える。現代における「情報強者」「情報弱者」とは、ある特定のジャンルに限って使用することが許される言葉でしかないのかもしれない。

■医療に限定した「情報強者」論

 現代は、専門の学者よりも知識を持った一般人が大勢いる時代とも言われている。先程述べた医学知識等についても医者よりも詳しい一般人もいる。(ここでいう「医学知識」とは専門の医療用語のことではなく病気を治す知識のこと)

 一口に医療と言っても内科・外科・整形外科・神経科・泌尿器科・耳鼻科等々、様々な区分け(ジャンル)があり、1人の医者が全ての知識を有しているわけではない。分野の違う医療知識はほとんど皆無という医者も大勢いる。その証拠に処方する薬の副作用がバッティングしても分からないというケース(所謂、ポリファーマシー※問題)も多々ある。
 実際に私の知人も、内科で処方された薬と神経科で処方された薬の相性が合わず思わぬ副作用が生じたケースがある。そういう場合は、薬の専門家である薬剤師にでも相談しなければ、副作用の原因が判らない。

※服用する薬剤が多いことで発生する薬物有害事象(副作用)

 全てのジャンルにおいて医学知識が勝っている万能の医者など存在しない。内科における「情報強者」、外科における「情報強者」がいたとしても、全ての医療分野における「情報強者」というのは存在しない。

■現代人にも当て嵌まる「無知の知」

 医療に限定した例え話を書いてみたが、人間社会における「情報強者」理論もこれと同じ理屈であり、特定の分野における「情報強者」は存在し得ても、全ての分野における「情報強者」は存在しない。

 より大きな視点で観れば、全ての人間は情報弱者でしかない。そのことを認識せず、無闇矢鱈に「情報弱者(情弱)」という言葉を用いて他人を批判することは、自らが本当の情報を知らないことをアピールしているようなものかもしれない。

 先日も、ある著名な保守系の言論人が、畑違いの医療の話を書いている本を読んでみたが、全く見当外れなことを書かれておりゲンナリしてしまった。参考資料を調べもせず(調べても解らない場合もある)、思い込みやイメージだけで自らの専門分野以外のことに口出しするとボロが出る典型を見た思いがした。

 ソクラテスが説いた「無知の知」とは現代におけるドヤ顔知識人にもピッタリと当て嵌まる言葉なのかもしれない。
 ソクラテス風に言うなら、自らが「情報強者」であると自惚れた時に、その人物は既に自らを「情報弱者」と認識している人以上に「無知」なのである。

------------------------------------------------------------------------------------------


スポンサーリンク




にほんブログ村 経済ブログへ
にほんブログ村
posted by 自由人 at 00:17 | Comment(0) | コラム
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]