2019年05月04日

高齢者の運転免許は取り上げるべきか?


■超高齢者による自動車運転の是非

 日本では人命に関わる危険性が有るものについては、その問題がクローズアップされる度に、法律が改正されてきたという経緯がある。

 その昔、日本ではノーヘル(メット)でバイクの運転ができた。

 しかし、ノーヘルによる交通事故の死亡者が多いとのことで、ヘルメットの着用が義務付けられた。→これは良い。

 その昔、日本ではお酒を飲んでも車の運転ができた(正確に言うと、高額な罰金は徴収されなかった)。

 しかし、飲酒運転による交通事故で死傷する被害者が多いとのことで、飲酒運転には高額な罰金が課されるようになった。→これも良い。

 その昔、日本では痴呆症の老人でも車の運転ができた。

 しかし、痴呆老人による交通事故が多いとのことで、高齢者の痴呆具合を調べるテストが義務付けられた。→これもまだ良い。

 現在、日本では超高齢になっても自動車の運転ができる。

 しかし、超高齢者による暴走事故が発生したので、ある年齢に達した高齢者から運転免許を取り上げるかどうかが検討されつつある。→?

■「都会の道」と「田舎の道」は違う

 現在、痴呆症の全頭検査が行われているにも拘らず、超高齢者の交通事故が発生してしまった。そのため、痴呆症のチェックだけでは足らないということで、ある一定の年齢に達した高齢者の運転は禁ずるという法律ができるかどうかの瀬戸際に立っている。

 しかし、これは流石に行き過ぎだと思う。実際、現在でも80歳を超えても元気に運転している人は大勢いる。特に田舎に住んでいる人などは、車が無ければ生活できないという人も多いので、そういう老人からも運転免許を取り上げるというのは無理がある。

 通行者も多く信号だらけの都会と違って、すれ違う通行者もほとんどおらず、信号もほとんどない田舎道は、仮に運転する車が暴走したとしても誰にも迷惑がかからない。死傷者が出るとすれば、運転している自分自身だけだろうから、自己(事故)責任として運転するのは認めざるを得ないと思う。

 こう言うと、「人の命がかかっているんですよ!」というお節介な人がいるかもしれないので、以下の話を追加しておこう。

■「年齢」ではなく「場所」で規制するべき

 その昔、日本では超高齢者でもこんにゃくゼリーを食べることができた。

 しかし、こんにゃくゼリーを喉に詰まらせて死亡する人が出たことで、こんにゃくゼリーはサイズを小さくすることが義務付けられ、超高齢者は食べない方がよいという注意喚起が為された。

 現在、日本では超高齢者でもお餅を食べることができる。

 しかし、お餅を食べて窒息死する超高齢者が毎年いるにも拘らず、超高齢者がお餅を食べてはいけないという法律はできていない。そして、この件で「人の命がかかっているんですよ!」と言っているような人もいない。

 この2つの場合、矛盾があることは否定できないが、結果的にはどちらも食べることを禁止するまでには至っていない。なぜなら、どちらも死亡するのは本人であって、他人を殺傷するわけではないので、自己(事故)責任が適用されているということができると思う。

 もちろん、お餅を喉に詰まらせて死亡してしまえば、その死亡した老人の家族には悲しい思いをさせることになるので、誰にも迷惑がかからないというわけではない。しかし、その家族すら、高齢者がお餅を食べることを否定しているわけではないので、自己責任として受け入れるしか方法がないということになっている。

 ということで、もし超高齢者に運転を禁ずるのであれば、一律平等に年齢で規制を設けるのではなく、場所を規制した方が良いと思う。
 例えば、「超高齢者は高速道路を運転してはいけない」とか「歩行者の多い都会の運転を禁止する」とかなら、まだ頷けるという高齢者も多いのではないかと思う。
 超高齢者運転禁止区域を設けて、そういう標識でも作ればよいかもしれない。



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posted by 自由人 at 10:47 | Comment(0) | 社会問題
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