2021年09月03日

「紙の本」と「電子書籍」は、どちらがお得か?


■「電子書籍」が「紙の本」に絶対に勝てないこと

 随分と前から、「紙の本」と「電子書籍」は、どちらがお得か?という話をよく耳にする。

 こういった比較をしている人は、大抵、「電子書籍」の方がお得だという結論に傾いてしまうのだが、どうも「便利さ」と「お得さ」を混同しているような気がする。

 「電子書籍」は、場所を取らないこと、劣化しないこと、文字を拡大できること、テキスト検索ができる等の利便性を持った媒体ではあるが、あくまでもそれは「便利さ」という意味での話であり、「お得さ」が成立しているわけではない。

 こう言うと、「電子書籍は紙の本よりも安価でしょ」と思った人がいるかもしれない。

 しかし、それは新品(電子書籍は必ず新品)で本を購入した場合の一時的な比較でしかない。

 「電子書籍」が「紙の本」に絶対に勝てないことは、ズバリ、他人に売ることができないことである。
 「電子書籍」は基本的に“希少価値”とは無縁の代物であるので、「紙の本」のように価値が変動することもない。注文があればコピーはいくらでも可能なので、コストがかからない分、価格も変動しない。バーゲンセールで激安で販売することはできるが、決められた価格以上で販売されることは有り得ない。

■「電子書籍」と「紙の本」の違いは、「不動資産」と「流動資産」

 一方で、「紙の本」は、新品で購入した価格が「電子書籍」より少し高くても、読み終えて本棚にコレクションするつもりがない場合は、中古本として売ることができる。

 例えば、私の場合、最近は新品で本を購入し、読み終えると、大抵の本はメルカリに出品して売ることにしている。

 少し人気のある本なら、1500円(税込1650円)の単行本の場合、1200円以上で即日売れる場合が多いので、手数料1割と送料を差し引いても、900円程度は返金される計算になる。

 「電子書籍」が「紙の本」より少し安くても、読んだ後に売ることができない不動資産だと考えると、売ることができる「紙の本」よりも結果的に高くなってしまう。売ることができれば、「電子書籍」と「紙の本」の販売価格の差額は十分に埋まってしまうので、出版後すぐに新刊で購入するメリットは大きい。
 本を消耗品だと考えると、自由に売り買いできる「紙の本」の方が圧倒的に自由度が高いと言える。

 また、先程述べたように、「紙の本」は「電子書籍」とは違って物理的な制限があるため、希少価値というものが発生することがあり、買った値段以上で売れる場合も有る。そう考えると、「紙の本」を保有することは、少額ながらも資産を保有していることにもなるということ。

 「電子書籍」の場合、どれだけ多数の「電子書籍」を保有していたとしても、全く売ることができないという意味では、あくまでも個人のコレクションでしかなく「紙の本」のような売買可能な流動資産とは成り得ない。

 「電子書籍」は利益率が高いという意味で販売側に大きなメリットが有る媒体であり、「紙の本」はユーザー側にメリットが生まれる可能性を持った媒体だと言える。

 多くの人にとってお得なのはどちらか? 答えは言うまでもない。

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posted by 自由人 at 23:55 | Comment(0) | 経済
2021年09月01日

「放射脳」や「コロナ脳」とは違う「ワクチン脳」


■唯物論的なイメージがする「○○○脳」

 東日本大震災の時の原発事故で「放射脳」という言葉(スラング)が生まれたことは記憶に新しいが、コロナ禍では「コロナ脳」という言葉(スラング)が生まれた。

 個人的に「○○○脳」という言葉は、あまり好みではないので使用してこなかった。「○○○脳」などと書くと、唯物論者のような感じがするので、どこか抵抗がある。「放射脳」も「コロナ脳」も、「脳」の構造に原因があるというよりも、単に「精神」の個性の違い(認識力の差)の問題だと思う。

 「脳」が先か「精神」が先か?という命題があるとすれば、私は躊躇するこなく「精神」を選ぶ。しかし、唯物論に傾倒したマルキスト達は、「精神」よりも「脳」が先にあると考える傾向があるので、「○○○脳」という言葉を好き好んで使用するのかもしれない。

 この辺のところは、以下の本に詳しいので、興味のある人には一読をオススメしたいと思う。

 

■これまでとは毛色が違う「ワクチン脳」の定義

 コロナ禍では「コロナ脳」という言葉だけでなく、「ワクチン脳」という言葉も生まれようとしているが、「ワクチン脳」は先の「放射脳」や「コロナ脳」とは少し毛色が違っている。

 それぞれを個別に説明すると以下のようになる。

 「放射脳」・・・・・科学や論理は無視して感情的に放射能を拒絶する人の総称

 「コロナ脳」・・・・科学や論理は無視して感情的にコロナを拒絶する人の総称

 「ワクチン脳」・・・科学や論理は無視して感情的にワクチンを受諾する人の総称

 世間一般では、「放射脳」「コロナ脳」「ワクチン脳」を同一視する向きもあるが、実際のところは少し違っている。前2者は「拒絶」がキーワードとなっているが、「ワクチン脳」だけは「受諾」がキーワードとなっている。「拒絶」と「受諾」では全く正反対だということに注意しよう。

 よく考えれば解ることだと思うが、ワクチンを拒否している人というのは、コロナを恐怖している人とは必ずしも一致しない。感情的にコロナを極度に恐がっている人が、感情的にワクチンも極度に恐がるということは、普通では考えられないレアなケースだとも言える。

■「ワクチン脳」を乗り越えられない知識人達

 面白いことに、これまで「放射脳」や「コロナ脳」という言葉を使用して他者を揶揄していた人々が、今度は自らが「ワクチン脳」に陥っていることに気付かず、科学や論理を重視して理論的にワクチンを否定している真っ当な人のことを感情的に批判しているという有り様。

 一般人ならともかく、著名な有識者までが、そんな状態に陥っているという惨憺たる状態。これまで、ある程度は信用できると思われた識者達の多くが、馬と鹿の区別も付かないような状態に陥っており、もはや、信用できる識者は数える程しかいないという有り様。

 少しだけフォローもしておくと、多分、彼らの多くは、幸か不幸か、ワクチンについてこれまでほとんど学んだこともないのだろうと思われる。自分や家族が大病を患うような経験をしない限り、独学で本当の医療知識を吸収するような行動はなかなか取れない。身の周りの人間が重病にならなかったことは幸運かもしれないが、その幸運ゆえに、本当の医療知識に触れる機会を得なかったことは、この上なく不運なことだったと言えるのかもしれない。

 ホップ・ステップ・ジャンプの如く、「放射脳」を乗り越え(ホップ)、「コロナ脳」を乗り越え(ステップ)ても、「ワクチン脳」を乗り越える(ジャンプ)ことのできる知識人は、残念ながら、あまりいないのかもしれない。

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posted by 自由人 at 21:46 | Comment(0) | コロナ問題