2021年06月06日

新型コロナウイルス問題は「人災」


■2種類あるコロナの「人災」

 今回の新型コロナウイルス問題で、野党からは「人災だ」という意見をよく耳にする。

 しかし、この「人災」には2つのパターンがあり、野党が言っているのは専ら「対処が遅れた」とか「対策を取らなかった」という意味での「人災」となっている。

 しかし私は、逆の意味での人災だと思っている。それは、「対処を行い過ぎた」という意味での人災である。

 野党「PCR検査が足りない」    私「PCR検査のやり過ぎ」

 野党「緊急事態宣言が遅れた」    私「緊急事態宣言のやり過ぎ」

 野党「自粛の要請が足りない」    私「自粛の要請のやり過ぎ」

 野党「政府は危機意識が足りない」  私「政府は危機意識の持ち過ぎ」

 大まかに言うと大体こんなところだろうか。

■新型コロナウイルス問題を「戦争問題」と考えると…

 例えば、1年前には東京で30人の感染者が出たということで「東京アラート」というものが検討された。しかし、現在の視点で観てみると、わずか30人で東京アラート発令は行き過ぎでは?と思う人が大半だろうと思う。1日に1000人を超える感染者が出る日もある現在では、30人程度で大騒ぎするのはやり過ぎでは?ということになる。しかし、当時の人にはそれが分からない。

 野党は「全国民にPCR検査を」とも言っていたが、そんなことをすると、最低でも数百万人の感染者(ほとんどが無症状)が出ることになり、医療も経済も崩壊してしまいかねない。
 
 「自粛の要請が足りない」と言っても、ほとんどの国民は政府に言われるまでもなく充分に自粛している。政府の「自粛の推奨」は充分に機能しており、要請を強化する必要はない。これで足りないと言うのであれば、それは「自粛の要請」ではなく「自粛の強制」になってしまう。

 あと、「ワクチンの接種が遅い」という意見もよく耳にするが、各国のワクチン副反応を確認するという意味では、遅い方が良いという考えもある。ワクチン接種が遅い国を「敗戦国」に例えているような意見もあるが、リスクを考慮するなら、ワクチン接種を最後にする国が、戦局を冷静に見据えているという意味では戦勝国だとも言える。

 新型コロナウイルス問題を「戦争問題」として捉えるのであれば、野党の言っていることを忠実に実行すると、ほとんどが敗戦に向かって一直線ということになってしまう。

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posted by 自由人 at 10:47 | Comment(0) | コロナ問題