2021年05月29日

ワタミの「生ビール1杯無料」というワクチンパスポート


■ワタミの「ワクチンパスポート」に違和感

 全国に外食チェーン店を展開するワタミは、グループ全店を対象とした以下のようなサービスを発表した。

 「新型コロナウイルスワクチンの接種が完了した客に、生ビール1杯を無料で提供します

 こんなサービスでも提供しないと経営が苦しいというのは理解できるのだが、なぜ民間企業がそこまでのことを行わなければならないのだろうか。こんなサービスを導入しなければ営業活動ができなくなっている社会にこそ違和感を覚える。

 こういった出来事が増えてくると、終いには、「ワクチン接種を行っていない客は入店禁止にします」というような所も出てきそうで恐ろしい。

 現在でも「マスクを着用しない人は入店お断り」という店が多々ある。マスク程度なら特に文句を言う人もいないだろうけれど、この措置がワクチンにまで及ぶとなると、差別問題に発展する可能性が高くなり、話がややこしくなる。

■ワクチンを接種していない者は「非国民」になるのか?

 第二次世界大戦時、戦争に反対する者は「非国民」と罵られたと言うが、このまま行くと、ワクチンを接種していない者は「非国民」として扱われるようになるのではないかと心配になる。

 アメリカの一部の州では既に「ワクチンパスポートの導入は禁止する」と決定している。何割かの国民がワクチンを打たないと言っている国でワクチンパスポートを導入すると暴動になってしまいかねないので、これは当然の措置だと言えるが、果たして日本政府はどうするつもりなのだろうか?

 現在の緊急事態宣言下で休業を余儀無くされている飲食店ではお酒(アルコール)の提供が禁じられている。これも行き過ぎると、かつての「禁酒法時代」のような様相を呈することになり、暴動に発展する危険性もある。尤も、鬱憤が溜っているのは、お酒を飲む人ではなく、お酒を販売している人の方だと思われるが。

 昨年に予想した通り、現在はコロナによる直接的な被害よりも、間接的な被害の方が色濃くなってきつつある。新型コロナウイルスで死亡する人よりも、コロナ対策の悪影響で自殺する人の方が多くなっている可能性もある。
 政府の行き過ぎた措置が更なる人心の荒廃を招いているように見えるのは私だけではないと思う。

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posted by 自由人 at 12:14 | Comment(0) | コロナ問題
2021年05月27日

“同調圧力の象徴”と化した「マスク」の功罪


■事勿れ主義の曖昧な基準が悲劇を生んだ

 今年の2月に大阪府高槻市の小学校でマスクを付けたまま持久走(5分間)を行った生徒が死亡していたことが判明した。

 常識的に考えると、マスクを付けたまま走るなどというのは自殺行為としか思えないのだが、学校側が事勿れ主義の曖昧な基準を設けているため、マスクを着けたまま走るなどという危険な行為が罷り通ってしまったのかもしれない。その曖昧な基準とは以下の通り。

 ○体育の時はマスクを外しても良い
 ●新型コロナウイルスの感染などが心配な人はマスクを着けても良い

 まさに、どっち付かずの事勿れ基準。こんな曖昧な基準を設けずに、「走る(運動する)時はマスクを外すこと」としておけば、このような悲劇は起こらなかったに違いない。

 しかし、「走る(運動する)時はマスクを外すこと」などとキッパリ決めてしまうと、もしコロナに感染した場合、マスク警察等からバッシングされることになるのでできない。そんな裏事情が見えてきそうだ。

■「マスクさえ着けていれば安全」ではない

 短距離走であれ長距離走であれ、全力で走り終わった後は息切れするほど激しい運動であることは誰もが知っている。身体は大量の酸素を必要としているのに、その酸素の吸入をマスクで遮断しているわけだから、こういった事故が起こるだろうことは事前に予測できたはずだ。昨年に酸素不足による熱中症が流行ったところを見ても明らかだ。

 例えば、水泳選手が口の半分をテープで閉じて競技に臨めば、酸素不足で意識を失って溺れるかもしれない。そんな危険な状況を意図せず学校が作り出しているようなものだとも言える。

 ところで、「飛沫を防ぐためにはマスクが必要だ」という意見をよく耳にするが、その飛沫自体が付着したマスクをずっと着けていると、いずれ乾燥し、飛沫の中にあったウイルスが体内に自動的に吸い込まれることになる。

 飛沫が付いた時点でマスクを取り替えれば話は別だが、大抵の人は1日中、同じマスクを着けているので、長時間マスクを着けていることで余計に感染リスクを高くしていることになる。
 ただし、飛沫と言っても、あくまでも感染者の飛沫が付けばの話なので、感染していない人間の飛沫がいくら付いたところで何の問題もない。

 今やマスクは“同調圧力の象徴”と化してしまったので、その功罪を議論すること自体がタブー視される傾向にあるが、「マスクさえ着けていれば安全」という考えが行き過ぎると、返って被害が大きくなる可能性が高くなる。

 大の大人が、マスクを着けることによる功罪(様々な副作用)を子供に教えなければいけないのだが、そんな当たり前のこともできない歪んだ同調圧力社会が悲劇を生んでしまったと言える。



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posted by 自由人 at 22:09 | Comment(0) | コロナ問題
2021年05月24日

インフルエンザが激減してもインフルエンザワクチンは必要か?


■700分の1になったインフルエンザ感染者

 昨年度のインフルエンザの感染者数(推定数)は14000人程度だった。例年は1000万人以上いる(推定数)と発表されているので、実に700分の1になった計算になる。

 しかし、1000万人の感染者がいる場合でもワクチン接種は任意であり、コロナのように大々的なワクチン接種の推奨は行われていない。この件だけ見ても、現在の国を挙げてのワクチン接種は行き過ぎの感は否めない。
 特に若年者に至ってはコロナに感染しても重症化せずに死亡する確率もほぼ0%であるにも拘らず、若年者でも重症化または死亡する可能性の有るワクチンを推奨するというのは、リスク回避になっておらず本末転倒だとも言える。

 コロナワクチンについては、あーだの、こーだの書いても、端から思考することを拒否し、なぜか言葉として頭に入らない人が多いようなので、今回は少し見方を変えて、インフルエンザワクチンにスポットライトを当てて、考えてみたいと思う。

 昨年、14000人しかいなかったということになっているインフルエンザ感染者、この数値はあくまでも推定値であり、実際に検査をして陽性になった数値ではない。ということは、本当に症状のあった感染者数は桁違いに少なかっただろうことは誰にでも解ると思う。

■今年のインフルエンザワクチン接種はどうなるか?

 さて、毎年、1000万人もの感染者がいるがために、毎年、ワクチンを接種していた人は、今年はどうするのだろうか?
 コロナ禍ではインフルエンザの感染者がほとんど出ないことが判明しても、例年通りにインフルエンザワクチンを打つのだろうか? また、国はインフルエンザワクチンの接種まで後押しするのだろうか?

 インフルエンザの検査自体がごく稀にしか行われていないので、感染者数が700分の1になったというのはかなり疑わしいものがあるが、コロナの感染者数を足しても例年よりも圧倒的に少ないので、インフルエンザの感染者数が大きく減少したことは間違いないのだろう。そんな状況でも、インフルエンザワクチンを接種する必要があるのだろうか?

 全国でわずか数人、数十人の死亡者が出るという理由で、ワクチンを接種するような感染症が今までに有っただろうか?

■狂犬病ワクチンで考えるインフルエンザワクチン

 ちなみに、犬の世界では、狂犬病ワクチンというものがある。現代の日本では狂犬病を発症する犬はほぼ皆無であり、犬に咬まれて狂犬病を患う人もまずいない。いるとすれば、海外旅行に出かけ、旅行先で犬に噛まれた人が発症する程度。この50年間における日本での狂犬病死亡者は4人となっており、いずれもが海外で犬に咬まれて発症したケースとなっている。

 それでも、毎年、国内のペット犬には狂犬病予防の注射が行われている。しかし反面、狂犬病ワクチンを打ったことが原因で亡くなるペットもいる。愛犬が狂犬病ワクチンが原因で死んだとしても、「どんなワクチンでも副作用は付きもの」という理由で諦める人がいる。狂犬病を発病する確率が限りなく0に近くても、愛犬の死を素直に受け入れる人がいる。

 狂犬病ワクチン同様、インフルエンザワクチンの接種でも、毎年、何人かの人が亡くなっている。昨年、症状の出た感染者はほとんどいなかったということになっているが、インフルエンザワクチンを接種したことで亡くなった人もいたことだろう。

 しかし、これでは結果的に、先の狂犬病ワクチンとあまり変わらないことになる。
 僅かな死亡者しか出ない状況下で、インフルエンザで死亡する確率とインフルエンザワクチンの副作用で死亡する確率を天秤にかけると、その差があまりにも小さいどころか、逆にワクチンを接種したことで死亡する確率の方が高くなってしまう可能性がある。これでは、リスクの方がベネフィットよりも重くなってしまうことになる。

 感染者がほとんどいないのに、いらぬリスクを背負ってワクチンを接種する必要が有るのだろうか? これはあらゆるワクチンについて言えることでもある。



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posted by 自由人 at 22:31 | Comment(0) | 社会問題
2021年05月20日

マスコミの全体主義化で二極化する世界


■変化した「緊急事態宣言」の対立軸

 昨年、「緊急事態宣言」が発表された頃を思い出してみると、「賛成派」だけでなく「反対派」の意見もチラホラ聞かれたと記憶しているが、現在では一部の例外を除いて見事なまでに「賛成派」だけになっている。現在の対立軸は「行う」か「行わない」ではなく、「いつ行う」か「いつ止める」かに変化している。

 先日、テレビで三浦瑠麗氏が「(緊急事態宣言を)解除すべき」と主張すると一瞬、スタジオがフリーズするというようなシーンがあったらしい。視聴率が取れる三浦瑠麗氏だから許されるが、これが普通の売れないタレントであれば、即日、番組を降ろされていたかもしれない。

 昨年、テレビで「反対」の意向を表明していた論客の意見も、いつの間にか「いつ行う」か「いつ止める」かという二元論に掏り替わっているようなので、今後も「反対」の意見は聞かれそうもない。

■「空気」で動かされる人は「全体主義化」に気付かない

 現実の世界では「(緊急事態宣言を)行うべきではない」と言う人が大勢いるにも拘らず、そういう人は誰もいないかのような世界が仮想現実のように作り出されており、テレビ情報を絶対視するテレビ教の信者達は見事なまでに洗脳されているという状態。その姿は、恰もVRゴーグルを頭に着けて、周りの現実社会が目に入らない人の姿を彷彿とさせる。

 最近、頓に思うのは、自分自身の考えや信念を持たず、テレビの意見を信じて疑わないような人が以前にも増して多くなったような気がする。

 「緊急事態宣言」だけでなく「ワクチン接種」についてもこれと同じ状況だと言える。世の中には「ワクチン肯定派」だけでなく「ワクチン慎重派」や「ワクチン否定派」も多く存在しているのだが、テレビには「ワクチン肯定派」しか登場しない。

 この状況は明らかに全体主義化していると言えるが、大部分の人々はマスコミが作り出した「空気」に支配され、その影響で世の中が全体主義化しているという危険性に気付いていないように見える。

 昨年辺りから、自分から様々な情報に触れて正しさを追求する人と、情報は誰かが与えてくれるものという認識を持った人の二極化が進んでおり、その差は如何ともし難いほどに拡大しつつある。この激しい二極化は、世界に大きな変化を齎すことになりそうだ。

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posted by 自由人 at 22:02 | Comment(1) | コロナ問題
2021年05月18日

今そこにある「マンデラ・エフェクト」


■オーストラリアの位置に注目

 あなたは「マンデラ・エフェクト」という言葉を御存知だろうか?

 かつて、2013年まで生存していた南アフリカのネルソン・マンデラ氏について、「1980年代に既に獄中死した」という記憶を持つ人が大勢現れた。この不思議な謎の現象を表す言葉として「マンデラ・エフェクト」という言葉が生まれたとされる。

 まず始めにお断りしておくと、私自身、つい先日まで「マンデラ・エフェクト」という言葉も概念も知らなかった。
 「大勢の人々が事実と異なる記憶を共有している現象」、まるでSF映画に出てくるような話だが、実際に「マンデラ・エフェクト」を体験してしまい、そのあまりの衝撃から書かずにいられなくなってしまった。
 
 どうやら、数年前から既に話題になっていたみたいだが、「マンデラ・エフェクト」の1つとして、世界地図が変わっているというものがある。学生の頃に教わった世界地図と現在の世界地図が大きく変わっているというもので、「まさか…」と思いながら地図を見てみると、本当に記憶とは違う地図に変わっていたのでビックリ仰天してしまった。

 家族を含めて身の周りの何人かの人に確認してみると、一応、全員が私と同じ感想であり、ネットで調べても、同じ体験をしている人が大勢いるようなので少し安心した。これが1人や2人しかいないとなると追体験できないだけに、気でも違ったのではないか?と疑われるかもしれない。

 当ブログ閲覧者の中にも同じ感想を抱く人がいると思われるのだが、以下の地図にあるオーストラリアの位置に注目してほしい。

20210518-1.png
(引用)Googleマップ

 オーストラリアの位置が日本のほぼ真下になっているが、私の記憶では、オーストラリアの位置は以下のように、日本よりもかなり右寄りになっている。インドネシアのすぐ下にオーストラリアが有るというのは、にわかには信じ難い。

20210518-2.png

 最近、地図が大幅に書き直されたのかな?と思い、昔の地図や地球儀、ネット上にある世界地図の画像等も全て調べてみたのだが、なぜか、どれもが歴史が変わってしまったかのように、上側の地図に置き換わっており、夢でも見ているのではないか?、あるいは何者かがタイムマシンを利用して過去を変えてしまったのではないか?と本気で疑ってしまった。

 まだまだ書きたいことは山のようにあるのだが、内容が内容なだけに、取り敢えず今回はここまでに踏み止めておこうと思う。
 もし同じ感想を抱く人がいれば、コメントいただけると有り難い。

【関連記事】
 今、そこにある「マンデラエフェクト」(vol.2)

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posted by 自由人 at 22:00 | Comment(7) | マンデラエフェクト