2021年05月29日

ワタミの「生ビール1杯無料」というワクチンパスポート


■ワタミの「ワクチンパスポート」に違和感

 全国に外食チェーン店を展開するワタミは、グループ全店を対象とした以下のようなサービスを発表した。

 「新型コロナウイルスワクチンの接種が完了した客に、生ビール1杯を無料で提供します

 こんなサービスでも提供しないと経営が苦しいというのは理解できるのだが、なぜ民間企業がそこまでのことを行わなければならないのだろうか。こんなサービスを導入しなければ営業活動ができなくなっている社会にこそ違和感を覚える。

 こういった出来事が増えてくると、終いには、「ワクチン接種を行っていない客は入店禁止にします」というような所も出てきそうで恐ろしい。

 現在でも「マスクを着用しない人は入店お断り」という店が多々ある。マスク程度なら特に文句を言う人もいないだろうけれど、この措置がワクチンにまで及ぶとなると、差別問題に発展する可能性が高くなり、話がややこしくなる。

■ワクチンを接種していない者は「非国民」になるのか?

 第二次世界大戦時、戦争に反対する者は「非国民」と罵られたと言うが、このまま行くと、ワクチンを接種していない者は「非国民」として扱われるようになるのではないかと心配になる。

 アメリカの一部の州では既に「ワクチンパスポートの導入は禁止する」と決定している。何割かの国民がワクチンを打たないと言っている国でワクチンパスポートを導入すると暴動になってしまいかねないので、これは当然の措置だと言えるが、果たして日本政府はどうするつもりなのだろうか?

 現在の緊急事態宣言下で休業を余儀無くされている飲食店ではお酒(アルコール)の提供が禁じられている。これも行き過ぎると、かつての「禁酒法時代」のような様相を呈することになり、暴動に発展する危険性もある。尤も、鬱憤が溜っているのは、お酒を飲む人ではなく、お酒を販売している人の方だと思われるが。

 昨年に予想した通り、現在はコロナによる直接的な被害よりも、間接的な被害の方が色濃くなってきつつある。新型コロナウイルスで死亡する人よりも、コロナ対策の悪影響で自殺する人の方が多くなっている可能性もある。
 政府の行き過ぎた措置が更なる人心の荒廃を招いているように見えるのは私だけではないと思う。

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posted by 自由人 at 12:14 | Comment(0) | コロナ問題
2021年05月27日

“同調圧力の象徴”と化した「マスク」の功罪


■事勿れ主義の曖昧な基準が悲劇を生んだ

 今年の2月に大阪府高槻市の小学校でマスクを付けたまま持久走(5分間)を行った生徒が死亡していたことが判明した。

 常識的に考えると、マスクを付けたまま走るなどというのは自殺行為としか思えないのだが、学校側が事勿れ主義の曖昧な基準を設けているため、マスクを着けたまま走るなどという危険な行為が罷り通ってしまったのかもしれない。その曖昧な基準とは以下の通り。

 ○体育の時はマスクを外しても良い
 ●新型コロナウイルスの感染などが心配な人はマスクを着けても良い

 まさに、どっち付かずの事勿れ基準。こんな曖昧な基準を設けずに、「走る(運動する)時はマスクを外すこと」としておけば、このような悲劇は起こらなかったに違いない。

 しかし、「走る(運動する)時はマスクを外すこと」などとキッパリ決めてしまうと、もしコロナに感染した場合、マスク警察等からバッシングされることになるのでできない。そんな裏事情が見えてきそうだ。

■「マスクさえ着けていれば安全」ではない

 短距離走であれ長距離走であれ、全力で走り終わった後は息切れするほど激しい運動であることは誰もが知っている。身体は大量の酸素を必要としているのに、その酸素の吸入をマスクで遮断しているわけだから、こういった事故が起こるだろうことは事前に予測できたはずだ。昨年に酸素不足による熱中症が流行ったところを見ても明らかだ。

 例えば、水泳選手が口の半分をテープで閉じて競技に臨めば、酸素不足で意識を失って溺れるかもしれない。そんな危険な状況を意図せず学校が作り出しているようなものだとも言える。

 ところで、「飛沫を防ぐためにはマスクが必要だ」という意見をよく耳にするが、その飛沫自体が付着したマスクをずっと着けていると、いずれ乾燥し、飛沫の中にあったウイルスが体内に自動的に吸い込まれることになる。

 飛沫が付いた時点でマスクを取り替えれば話は別だが、大抵の人は1日中、同じマスクを着けているので、長時間マスクを着けていることで余計に感染リスクを高くしていることになる。
 ただし、飛沫と言っても、あくまでも感染者の飛沫が付けばの話なので、感染していない人間の飛沫がいくら付いたところで何の問題もない。

 今やマスクは“同調圧力の象徴”と化してしまったので、その功罪を議論すること自体がタブー視される傾向にあるが、「マスクさえ着けていれば安全」という考えが行き過ぎると、返って被害が大きくなる可能性が高くなる。

 大の大人が、マスクを着けることによる功罪(様々な副作用)を子供に教えなければいけないのだが、そんな当たり前のこともできない歪んだ同調圧力社会が悲劇を生んでしまったと言える。



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posted by 自由人 at 22:09 | Comment(0) | コロナ問題
2021年05月24日

インフルエンザが激減してもインフルエンザワクチンは必要か?


■700分の1になったインフルエンザ感染者

 昨年度のインフルエンザの感染者数(推定数)は14000人程度だった。例年は1000万人以上いる(推定数)と発表されているので、実に700分の1になった計算になる。

 しかし、1000万人の感染者がいる場合でもワクチン接種は任意であり、コロナのように大々的なワクチン接種の推奨は行われていない。この件だけ見ても、現在の国を挙げてのワクチン接種は行き過ぎの感は否めない。
 特に若年者に至ってはコロナに感染しても重症化せずに死亡する確率もほぼ0%であるにも拘らず、若年者でも重症化または死亡する可能性の有るワクチンを推奨するというのは、リスク回避になっておらず本末転倒だとも言える。

 コロナワクチンについては、あーだの、こーだの書いても、端から思考することを拒否し、なぜか言葉として頭に入らない人が多いようなので、今回は少し見方を変えて、インフルエンザワクチンにスポットライトを当てて、考えてみたいと思う。

 昨年、14000人しかいなかったということになっているインフルエンザ感染者、この数値はあくまでも推定値であり、実際に検査をして陽性になった数値ではない。ということは、本当に症状のあった感染者数は桁違いに少なかっただろうことは誰にでも解ると思う。

■今年のインフルエンザワクチン接種はどうなるか?

 さて、毎年、1000万人もの感染者がいるがために、毎年、ワクチンを接種していた人は、今年はどうするのだろうか?
 コロナ禍ではインフルエンザの感染者がほとんど出ないことが判明しても、例年通りにインフルエンザワクチンを打つのだろうか? また、国はインフルエンザワクチンの接種まで後押しするのだろうか?

 インフルエンザの検査自体がごく稀にしか行われていないので、感染者数が700分の1になったというのはかなり疑わしいものがあるが、コロナの感染者数を足しても例年よりも圧倒的に少ないので、インフルエンザの感染者数が大きく減少したことは間違いないのだろう。そんな状況でも、インフルエンザワクチンを接種する必要があるのだろうか?

 全国でわずか数人、数十人の死亡者が出るという理由で、ワクチンを接種するような感染症が今までに有っただろうか?

■狂犬病ワクチンで考えるインフルエンザワクチン

 ちなみに、犬の世界では、狂犬病ワクチンというものがある。現代の日本では狂犬病を発症する犬はほぼ皆無であり、犬に咬まれて狂犬病を患う人もまずいない。いるとすれば、海外旅行に出かけ、旅行先で犬に噛まれた人が発症する程度。この50年間における日本での狂犬病死亡者は4人となっており、いずれもが海外で犬に咬まれて発症したケースとなっている。

 それでも、毎年、国内のペット犬には狂犬病予防の注射が行われている。しかし反面、狂犬病ワクチンを打ったことが原因で亡くなるペットもいる。愛犬が狂犬病ワクチンが原因で死んだとしても、「どんなワクチンでも副作用は付きもの」という理由で諦める人がいる。狂犬病を発病する確率が限りなく0に近くても、愛犬の死を素直に受け入れる人がいる。

 狂犬病ワクチン同様、インフルエンザワクチンの接種でも、毎年、何人かの人が亡くなっている。昨年、症状の出た感染者はほとんどいなかったということになっているが、インフルエンザワクチンを接種したことで亡くなった人もいたことだろう。

 しかし、これでは結果的に、先の狂犬病ワクチンとあまり変わらないことになる。
 僅かな死亡者しか出ない状況下で、インフルエンザで死亡する確率とインフルエンザワクチンの副作用で死亡する確率を天秤にかけると、その差があまりにも小さいどころか、逆にワクチンを接種したことで死亡する確率の方が高くなってしまう可能性がある。これでは、リスクの方がベネフィットよりも重くなってしまうことになる。

 感染者がほとんどいないのに、いらぬリスクを背負ってワクチンを接種する必要が有るのだろうか? これはあらゆるワクチンについて言えることでもある。



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posted by 自由人 at 22:31 | Comment(0) | 社会問題
2021年05月20日

マスコミの全体主義化で二極化する世界


■変化した「緊急事態宣言」の対立軸

 昨年、「緊急事態宣言」が発表された頃を思い出してみると、「賛成派」だけでなく「反対派」の意見もチラホラ聞かれたと記憶しているが、現在では一部の例外を除いて見事なまでに「賛成派」だけになっている。現在の対立軸は「行う」か「行わない」ではなく、「いつ行う」か「いつ止める」かに変化している。

 先日、テレビで三浦瑠麗氏が「(緊急事態宣言を)解除すべき」と主張すると一瞬、スタジオがフリーズするというようなシーンがあったらしい。視聴率が取れる三浦瑠麗氏だから許されるが、これが普通の売れないタレントであれば、即日、番組を降ろされていたかもしれない。

 昨年、テレビで「反対」の意向を表明していた論客の意見も、いつの間にか「いつ行う」か「いつ止める」かという二元論に掏り替わっているようなので、今後も「反対」の意見は聞かれそうもない。

■「空気」で動かされる人は「全体主義化」に気付かない

 現実の世界では「(緊急事態宣言を)行うべきではない」と言う人が大勢いるにも拘らず、そういう人は誰もいないかのような世界が仮想現実のように作り出されており、テレビ情報を絶対視するテレビ教の信者達は見事なまでに洗脳されているという状態。その姿は、恰もVRゴーグルを頭に着けて、周りの現実社会が目に入らない人の姿を彷彿とさせる。

 最近、頓に思うのは、自分自身の考えや信念を持たず、テレビの意見を信じて疑わないような人が以前にも増して多くなったような気がする。

 「緊急事態宣言」だけでなく「ワクチン接種」についてもこれと同じ状況だと言える。世の中には「ワクチン肯定派」だけでなく「ワクチン慎重派」や「ワクチン否定派」も多く存在しているのだが、テレビには「ワクチン肯定派」しか登場しない。

 この状況は明らかに全体主義化していると言えるが、大部分の人々はマスコミが作り出した「空気」に支配され、その影響で世の中が全体主義化しているという危険性に気付いていないように見える。

 昨年辺りから、自分から様々な情報に触れて正しさを追求する人と、情報は誰かが与えてくれるものという認識を持った人の二極化が進んでおり、その差は如何ともし難いほどに拡大しつつある。この激しい二極化は、世界に大きな変化を齎すことになりそうだ。

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posted by 自由人 at 22:02 | Comment(1) | コロナ問題
2021年05月18日

今そこにある「マンデラ・エフェクト」


■オーストラリアの位置に注目

 あなたは「マンデラ・エフェクト」という言葉を御存知だろうか?

 かつて、2013年まで生存していた南アフリカのネルソン・マンデラ氏について、「1980年代に既に獄中死した」という記憶を持つ人が大勢現れた。この不思議な謎の現象を表す言葉として「マンデラ・エフェクト」という言葉が生まれたとされる。

 まず始めにお断りしておくと、私自身、つい先日まで「マンデラ・エフェクト」という言葉も概念も知らなかった。
 「大勢の人々が事実と異なる記憶を共有している現象」、まるでSF映画に出てくるような話だが、実際に「マンデラ・エフェクト」を体験してしまい、そのあまりの衝撃から書かずにいられなくなってしまった。
 
 どうやら、数年前から既に話題になっていたみたいだが、「マンデラ・エフェクト」の1つとして、世界地図が変わっているというものがある。学生の頃に教わった世界地図と現在の世界地図が大きく変わっているというもので、「まさか…」と思いながら地図を見てみると、本当に記憶とは違う地図に変わっていたのでビックリ仰天してしまった。

 家族を含めて身の周りの何人かの人に確認してみると、一応、全員が私と同じ感想であり、ネットで調べても、同じ体験をしている人が大勢いるようなので少し安心した。これが1人や2人しかいないとなると追体験できないだけに、気でも違ったのではないか?と疑われるかもしれない。

 当ブログ閲覧者の中にも同じ感想を抱く人がいると思われるのだが、以下の地図にあるオーストラリアの位置に注目してほしい。

20210518-1.png
(引用)Googleマップ

 オーストラリアの位置が日本のほぼ真下になっているが、私の記憶では、オーストラリアの位置は以下のように、日本よりもかなり右寄りになっている。インドネシアのすぐ下にオーストラリアが有るというのは、にわかには信じ難い。

20210518-2.png

 最近、地図が大幅に書き直されたのかな?と思い、昔の地図や地球儀、ネット上にある世界地図の画像等も全て調べてみたのだが、なぜか、どれもが歴史が変わってしまったかのように、上側の地図に置き換わっており、夢でも見ているのではないか?、あるいは何者かがタイムマシンを利用して過去を変えてしまったのではないか?と本気で疑ってしまった。

 まだまだ書きたいことは山のようにあるのだが、内容が内容なだけに、取り敢えず今回はここまでに踏み止めておこうと思う。
 もし同じ感想を抱く人がいれば、コメントいただけると有り難い。

【関連記事】
 今、そこにある「マンデラエフェクト」(vol.2)

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posted by 自由人 at 22:00 | Comment(2) | マンデラエフェクト
2021年05月15日

現代版スローガン「欲しがりません(コロナに)勝つまでは」


■新旧の「欲しがりません勝つまでは」

 緊急事態宣言が延長されることになり、映画館の休業要請まで延長されることになったことから、大阪府庁前で抗議を示す「サイレントスタンディング」が行われた。

 私も以前の記事で、観客の立場から映画館の休業要請は全くと言っていいほど意味がないと書かせてもらったが、実際に映画製作に携わる人々から見ても同じ感覚であるらしく、参加者からは「根拠を示してほしい」という意見も出ている。

 実際に、これまで三密を避け、距離を取り、消毒を行い、換気をして感染防止に努めてきた映画館では誰1人としてコロナ感染者(クラスター)は発生していない。

 そんな映画館に対して休業要請を強いるのは、明らかに度を越しており、「科学的根拠を示せ」という憤りの声が出るのも至極当然の結果だとも言える。

 現在の政府の「休業要請」は、戦時中のスローガン「欲しがりません勝つまでは」とダブって見える。

 戦時中の「欲しがりません(戦争に)勝つまでは」が、コロナ禍では「欲しがりません(コロナに)勝つまでは」になっている。碌な補償もせずに、我慢を強いるところなどはソックリそのままだとも言える。

■「欲しがりません半永久的に」になる危険性

 戦時中の「欲しがりません勝つまでは」は、国民全てが対象となったのでまだ理解できるとしても、現在のコロナ禍における「欲しがりません勝つまでは」は、一般人だけが対象となっており、為政者は高見の見物になっている。その証拠に、民間企業に上から目線で休業要請を強いておきながら、一部の政治家と医者は堂々と政治資金パーティーに参加しているという有り様。

 こんなデタラメな「欲しがりません勝つまでは」が万人に受け入れられるはずもなく、それほど長続きするとは思えない。大体、「コロナに勝つまでは」というのは、具体的にどういう状態を指すのだろうか? コロナ感染者が0になった場合だろうか? それともコロナ感染者が大幅に減少した場合だろうか?

 しかし、これから毎年、冬場になると感染者が増えていくウイルスに勝つことなどできるのだろうか?

 戦争なら勝敗が決した時点で終了となるが、ウイルス戦争の場合は、毎年起こるわけだから、半永久的に勝てないかもしれない。風邪やインフルエンザにも勝利したことのない人類が、都合良くコロナにだけは勝てると思える根拠はどこにあるのだろうか?

 もし勝てるとすれば、それは個々人の問題であって、国民全員が勝てるまでとなると不可能だろう。個々の人間がウイルスと戦って勝つことはできるが、老若男女全てが勝つことはできない。それは、インフルエンザとの戦いを見れば明らかだろう。

 「ワクチンさえ打てばコロナに勝てる」「ワクチンさえ打てば欲しがれる」と思っている人も多そうだが、そんな簡単なものなら、既に人類は、風邪にもインフルエンザにも勝利しているはずだ。

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posted by 自由人 at 17:35 | Comment(0) | コロナ問題
2021年05月13日

コロナ禍で「肺炎死亡者が減少」の謎


■肺炎死亡者はなぜ減少したのか?

 以前、日本における昨年の年間死亡者数は9373人減少したという発表があった。あれだけ「コロナ」「コロナ」と騒がれていたのに、いざ、フタを開けてみればトータルの死亡者数が1万人近くも減少していたことを知って「えっ?」と思った人も多かったのではないかと思う。

 その主な理由は「(コロナ以外の)肺炎による死者数が減ったことが影響した」と言われている。しかし、肺炎を発症して重症化すると言われる新型コロナウイルスが猛威を振るったにも拘らず、肺炎死亡者が大きく減少したというのは、どこか不自然ではないだろうか? 本来であれば、コロナによる肺炎死亡者を足せば増えて然るべきではないのだろうか?
 インフルエンザによる肺炎が減少したことも1つの理由だと思われるが、どうもそれだけではないような気がする。

 具体的な数字でみると、肺炎で死亡する人は全国で毎日300人いると言われている。ということは1年間で10万人が肺炎で死亡する計算になる。

 昨年、肺炎で亡くなった人は一昨年に比べると1万2000人減少したということになっている。そして、コロナで死亡した人は現在(2021.5)のところ1万1000人程度。そう考えると、本来、肺炎で亡くなるはずだった人の一部がコロナで死亡したということになっているのではないのだろうか?

 実際、PCR検査で陽性になった人は、交通事故で死亡しても、お風呂で溺死しても、「すべてコロナ死にカウントするように」というお達しが出ていることはよく知られた話なので、直接的な死因が一般的な肺炎であってもコロナで死亡したということになっている人は一定の割合でいるものと思われる。

■中国とは逆ベクトルの日本のコロナ報道

 肺炎以外にも、インフルエンザの感染者が激減したということも周知の事実だが、脳血管疾患の死亡者も大きく減少している。そして、不思議なことに老衰で死亡した人は逆に大きく増えている。これは、老人が家に閉じ篭って病院に行かない人が増えたことが原因なのだろうか?

 そもそもの話、インフルエンザについては検査自体がほとんど行われていなかったわけだから、インフルエンザの感染者が減るのは当たり前であり、コロナによるウイルス干渉で減少したというのも本当かどうか証明のしようがない。

 昨年から、「インフルエンザの検査は行わないように」というお達しも出ていたので、もしインフルエンザに感染して死亡に至った人がいたとしても、PCR検査で陽性になった場合はコロナで死亡したということになっている可能性は否定できない。

 そういったことを考え合わせると、本当の新型コロナウイルスが直接の原因となるコロナ死亡者は水増しされている可能性は否定できない。

 この辺は、中国とは対照的だとも言える。中国では、国家(と言うよりも中国共産党)の威信のためにコロナ感染者数や死亡者数を実体よりも大幅に少なく伝えていた疑いが濃厚だが、日本の場合は、逆に実体よりも多く伝えている疑いがある。

 現在、「重傷患者が増加している」と報道されてもいるが、PCR検査で陽性になった人が、別の病気で重症化しているというケースは含まれていないのだろうか?

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posted by 自由人 at 22:39 | Comment(0) | コロナ問題
2021年05月09日

コロナ感染者増加の主因は街の「人流」ではなく、PCR検査への「人流」


■「新型コロナウイルス」問題はまだまだ続いていく可能性大

 昨年から「新型コロナウイルス」関連の記事が増えてきたので、ブログのカテゴリーに「コロナ問題」というカテゴリーを新しく追加し、これまで「社会問題」として大括りしていた記事の大半を「コロナ問題」に細分化した。

 当初は長くても3年程度で収束するだろうと予想していたが、どうやら、世界の為政者達はコロナ問題を収束させるつもりが無いようなので、ヘタをすると5年、10年と続くのかもしれない。

 その証拠にマスコミは相も変わらず、PCR検査の陽性者を「感染者」と伝えている。厚労省は「陽性者」と発表しているので、マスコミが意図的に情報を歪曲して伝えているだろうことは疑いようがない。マスコミの影響もあるのか、大部分の政治家も専門家も同じスタンスを取っている。

 大阪府の吉村知事も以前は「PCR検査の陽性者は感染者ではない」と言っていたが、現在ではそのことに触れなくなってしまった。

■緊急事態宣言を延長し「人流」を抑制しても無意味

 昨年の春頃までPCR検査を行っていたのは国立感染症研究所や保健所などの公的機関が主だったが、それから1年経った現在では、民間の検査会社が大幅に増加(下記グラフ参照)しており、その増加率に比例する形でPCR検査の陽性者数も増加している。

 ●PCR検査の実施件数

 20210509.png
【引用サイト】厚生労働省/国内の発生状況など

 現在、政府は「緊急事態宣言を延長し人流を抑制することで感染を抑える」と宣っているが、残念ながらそれは不可能だと思われる。全く効果が無いとまでは言わないが、明後日の方向を向いた無意味な対策としか思えない。
 感染者が増加しているのは「人流」ではなく、「PCR検査の増加」が主因であるので、緊急事態宣言を延長した甲斐なく逆に感染者数は増加する可能性が高い。

 本当に感染者数を減少させてオリンピックを開催したいのであれば、健常者のPCR検査への「人流」を止めなければいけないのだが、そういった当たり前の対策は、なぜか行われない。

■常識自体を疑わなければ真実は見えない

 こんなことは、既に多くの人が薄々感付いているのではないかと思うが、テレビや新聞しか見ない人には正しい情報が伝わらないので気付かないままの人も大勢いる。ネットから情報を得ている人であっても、普段から世間の常識自体を疑う柔軟性を持っている素直な人でないと、なかなか異論を受け入れることが難しいのかもしれない。

 ちなみに「素直」というのは、なんでも鵜呑みにするという意味ではなくて、先入観に囚われずに物事をゼロ(真っ白)から考えられるという意味。

 よく「一次資料に目を向けろ」と言う人がいるが、そういうタイプの人は、その一次資料がデタラメである可能性には目を向けようとしない。あるいは、専門家の言うことを絶対視する人もいるが、専門家の言っていることが正しいとは限らないということにも目を向けようとしない。

 とことん頭が固い人には、こんなことを書いても、単なる文字の羅列としか伝わらず何を言っても無駄なのかもしれないが、この件については、ユーチューバーの坂上仁志氏がシンプルに鋭い見解を述べられているので、以下のチャンネルを参考にしていただきたいと思う。

陽性者は感染者ではない〜」(社長のメンター・さかうえひとし・坂上仁志チャンネル)
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posted by 自由人 at 22:57 | Comment(0) | コロナ問題
2021年05月07日

「ワクチンさえ打てば大丈夫」という幻想


■欧州委員会の発言に違和感

 世間では、コロナ変異株の脅威が囁かれる中、「変異株にワクチンは有効なのか?」という声も聞こえてくる。

 そんな状況の中、欧州委員会は「EUが承認した新型コロナウイルスワクチンを接種している人なら、EU域外からの観光目的での渡航を認める」と発表した。

 まるでワクチンを打った人は絶対に安全で何をしても構わないと言わんばかりだが、さすがにこの安易な姿勢には違和感を通り越して、狂気すら感じてしまう。

 これは欧州委員会に限った話ではないが、世界中が「ワクチンさえ打てば大丈夫」というメッセージを暗に発しており、明らかに異常性が垣間見える。

■独裁国家のメディアを観ているような錯覚

 変異株であろうとなかろうとワクチンがコロナにどれだけ有効かは未だ正確なデータは出揃っておらず、実質的には臨床試験も兼ねて行われているようなものだとも言える。公式文書として「新型コロナウイルス感染症の発症を防げるかどうかは分かっていない。」とも発表されている。

 もし仮に、そんな状況で、「ワクチンを打てばマスクも不要で普通に生活してもOKです。」と言うような人が現れれば、通常なら「あなたは何を言っているのですか?」と疑問を呈したり、「馬鹿なことを言うな!」と叱責する人がいてもよさそうなものだが、既存のニュースメディア等に登場する専門家も評論家もこぞって何の反応も示さない。
 明らかに筋が通らないことを述べているのに、なんのチェックも入らないのはなぜなのか?

 この状況には疑問を感じざるを得ない。まるで、何も言いたいことが言えずに黙って頷くだけという独裁国家のメディアを観ているかのような錯覚を覚える。

■99%以上の人が陥っている「ワクチン幻想」

 もし、欧州委員会の発言があっさりと罷り通るのであれば、その意味するところは、「新型コロナウイルスは風邪やインフルエンザと同じでそれほど気にするウイルスではない」と言っていることになってしまう。そうでも考えなければ説明が付かない。一方で、コロナは危険な感染症だと騒いでいる中で、一方では、ワクチンさえ打っていれば、なんでもフリーパスなどというのは、どう考えても不自然であり道理が通らない。

 なぜ、こんな子供でも疑問に思うようなことに誰も疑問を感じないのだろうか?
 「誰も」というのは言い過ぎかもしれないが、おそらく、99%以上の人々は本当に疑問を感じていないのではないかと思われる。

 しかし、ワクチンの有無だけで、なぜこうも悲観的にも楽観的にもなれるのだろうか?
 「ワクチン」の効能や安全性ではなく、「ワクチン」という言葉だけで条件反射的にあっちにもこっちにも揺れる社会、まさに「ワクチン幻想」と呼ぶに相応しい。

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posted by 自由人 at 22:33 | Comment(0) | コロナ問題
2021年05月05日

コロナ禍での「緊急事態条項」は「諸刃の剣」


■もしインフルエンザに「緊急事態条項」を適用すれば?

 コロナが流行り出した頃、諸外国からの入国を即座に禁止するためには「政府にもっと強権を発動する権利を与えなければならない」ということで、憲法に「緊急事態条項」を設ける必要があるという声が大きくなった。

 確かにコロナがペストやコレラ並に危険なものだと思われていた初動の段階では、これは正論に聞こえた。しかし、それから1年経った現在では、少なくとも日本でのコロナはインフルエンザ以下の被害しか発生していないことが明らかになった。

 「緊急事態条項」は、戦争(他国からの侵略)や大地震等による大規模な災害時には適用する必要が有ると思われるが、現在のコロナ禍に適用するのは非常に危険な選択になる可能性があることは否定できない。

 コロナ禍以前の常識では、「緊急事態条項」を否定するのは左翼と決まっていたが、コロナ禍以後は、そうでは無くなった。本当の危機の前では必要なものでも、その危機が本当に深刻な危機ではなかった場合、あるいは、その危機が人々の無知から生じた誤解であった場合、政府の強権の発動を無条件に許す「緊急事態条項」は、諸刃の剣となる危険性があるということを知る必要があると思う。

■「諸刃の剣」となった「緊急事態条項」

 例えば、インフルエンザの流行で「緊急事態条項」を発動し、要請のみの「緊急事態宣言」ではなく、「ロックダウン」が強行された場合を考えれば、その危険性がよく解ると思う。

 国家の命運を左右するほどの危機ではないインフルエンザの流行に対して「ロックダウン」を行い国民の経済活動を完全に停止してしまうと、その結果として国が滅びる危険性が生じることになる。国が滅びないまでも、多くの国民の生活が破綻してしまい、経済的な理由によって、多くの国民が塗炭の苦しみを味わうことになり、多くの人が自殺を余儀無くされるという事態に成りかねない。

 本当の危機でそうなるなら、まだ諦めも付くだろうが、大した危機でもないにも拘らず、そのような結果を招くことは許されることではない。「無知や誤解で多くの国民が死亡することになりました」では済まされない。

 ゆえに前回の記事では、保守であっても「緊急事態条項」の追加は条件反射的に喜べるものではないと書かせてもらった。これまでの常識では、「緊急事態条項」の創設を否定するのは、先にも述べた通り、国家破壊願望を抱いた左翼と決まっていたが、コロナ禍という未体験ゾーンの出来事が発生したことで、その常識も崩れ去った。

 逆に考えると、「緊急事態条項」の創設を望むのは保守派だけではなくなったということでもある。危機でもないものに「緊急事態条項」を適用し、国を破壊することができる危険性が生まれたということを知らねばならない。

 「緊急事態条項」は、「諸刃の剣」となる危険性があるものに変わってしまったのである。

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posted by 自由人 at 11:39 | Comment(0) | 社会問題