2021年04月30日

無礼な「ハンバーガー会談」と「MMT」を理解していない米民主党


■失礼極まりない「ハンバーガー会談」

 米民主党のバイデン氏は、2兆ドル(約220兆円)の経済政策を発表したが、その原資は「富裕層への増税」と「法人税の増税」で賄うとしており、これが本当に実施されると米国経済が悪化するのではないかという懸念が囁かれている。

 それに加えて、「最低賃金を大幅に上げる」とも述べており、まるで同じ政策で失敗した韓国の文在寅大統領を彷彿とさせるものがある。

 先日、行われた日米首脳会談は「ハンバーガー会談」とも揶揄されたが、あのような席上で皿に盛られたハンバーカー1つというのは、まるで飼い犬に餌を与えているかのようなイメージが想起され、日本人にとっても、また、菅総理に対しても実に失礼な態度に映った。

 米民主党にとっては、「占領国の日本の総理大臣などはハンバーガー1つで十分だ」と思っているのだろうか。仮にそう思っていなくても、そう受け取られても仕方がないような絵面だった。

■「MMT」を理解していなかったフシのある米民主党員達

 しかし、米民主党は「MMT」に理解がある政党ということになっていたはずだが、今回の政策を見る限りでは、「MMT」など全く理解していなかったのではないか?という疑問を感じてしまう。

 元々、極左の社会主義者と言われるアレクサンドリア・オカシオ=コルテス氏が「MMT」を言い出したことも疑問だったが、どうやら彼らは「MMT」を単なるバラマキ肯定論だと誤解していたフシがある。

 オカシオ=コルテス氏は「国家にとって財政赤字は問題ではない」と言ったとされるが、それはある一定のインフレ率になるまでの話であって、際限のない赤字が許されるという意味ではない。その条件を外してしまえば、それは「MMT」ではなくなってしまう。
 そして、大幅な増税などというのは、激しいインフレになった場合の処方箋であって、景気対策と称して財政政策と同時に行うべきものではない。

 そもそもアメリカは日本のような深刻なデフレ国家ではなく、コロナ禍以前は経済が順調に成長していた国である。
 日本以上にコロナ禍が酷いという意味では、巨額の財政政策は必要だろうけれど、原資を増税で賄うというのは悪手以外のなにものでもない。

 「MMT」の要諦は、需要が大幅に足りない場合は、国民の負担となる増税に頼らずにお金を刷っても問題は発生しない(=激しいインフレにはならない)という理論であるので、彼らが本当に「MMT」を理解しているのかは疑わしい。



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posted by 自由人 at 23:48 | Comment(0) | 経済
2021年04月29日

コロナウイルスを退治する最強の特効薬とは?


■1日に5000個誕生する癌細胞

 人間の身体は約60兆個の細胞からできており、そのうちの1%(6000億個)が毎日入れ替わっている。ゆえに100日程度で身体の細胞は全て新しい細胞に入れ替わる計算になる。
 1日に入れ替わる細胞は6000億個だが、そのうちの約5000個の細胞(つまり1億2000万分の1)は、癌細胞になると言われている。

 ここで、「えっ?!」と驚いた人がいるかもしれないが、ご安心を。通常は人間の免疫細胞によって、その5000個の癌細胞は消去されるので癌が発症せずに済んでいる。

 もし、身体の中に発生したどんな小さな癌細胞の1つも見逃さずに発見する医療機器(検査装置)があったとすれば、全ての人間は「癌患者」ということになってしまうかもしれない。

 さて、あなたは、この癌細胞の話を聞いて何かに似ていると思わなかっただろうか?

 勘の鋭い人なら、これ以上なにも書かなくてもお分かりだと思うが、「解らない」という人のために答えを言うと、ズバリ、現在、コロナウイルスの発見に用いられている「PCR検査」である。

■コロナに感染するかどうかは「免疫力」次第

 コロナウイルスにしてもインフルエンザウイルスにしても、癌細胞と同じように、ごく僅かであれば免疫細胞によって消去されるため、感染には至らない。しかしながら、免疫細胞が上手く機能しない場合は、ウイルスの消去が間に合わずにどんどんウイルスが増殖していき病が発症することになる。

 コロナに感染するかどうかは、偏に、自らの免疫力にかかっていると言っても言い過ぎではないと思う。免疫力の高い若年者がコロナに感染せず、感染してもすぐに治る(もちろん個人差はある)ことが、そのことを如実に証明している。

 PCR検査では、肉体に侵入したほんのわずかなウイルスを見つけてしまっても、陽性反応が出る。
 通常は、放っておいても免疫細胞で駆除されていたはずのウイルスが、駆除される前にPCR検査で発見された場合、その人は陽性判定となり、感染者扱いになってしまう。

 1日眠れば、寝ている間にウイルスが駆除されていたかもしれないのに、運悪くその前にPCR検査を受けてしまったことで、隔離や入院を余儀無くされることになってしまう。無論、感染を示す症状は無く、至って普通の健康体であるにも拘らず…。

■コロナには、「1に免疫力」「2に免疫力」

 「コロナウイルスが1つでも体内に入ると感染してしまう」と思い込んでいる人は意外に多いのではないかと思う。

 しかし、そのような医学(人間の身体)を無視した間違った思い込みは改めるべきであり、そういった間違った思い込みと恐怖感情が、結果的に自らの免疫力を下げることになり、逆に病を引き寄せることになってしまう。

 【誤】「コロナウイルスが1つでも体内に入ると感染してしまう

 【正】「コロナウイルスが僅かなら免疫細胞が駆除してしまう

 「間違った思い込み」と「正しい思い込み」、同じように見えても、その差は極めて大きい。

 現在のマスコミは、この「間違った思い込み」の方を世間に広めるエバンジェリストと化しているので、あまりマスコミの情報を鵜呑みにしないように注意する必要がある。

 コロナの特効薬が出る見込みはなく、ワクチンが効くという保証もない。現状、コロナに対抗する最高の薬は自らの肉体の中にある自らの免疫力でしかないのだから、PCR検査やワクチンばかりに目を向けるのではなく、「1に免疫力」「2に免疫力」という具合に、免疫力を向上させることにこそ、もっと目を向けて然るべきだと思う。



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posted by 自由人 at 07:54 | Comment(0) | コロナ問題
2021年04月26日

「コロナに対する恐怖」よりも深刻な「緊急事態宣言の恐怖」


■私が映画館に行かなくなった理由(わけ)

 今回で3度目(第3波)となる「緊急事態宣言」は、映画館までが休業対象(従わない場合は罰金の可能性有り)になってしまったので、映画館を運営する企業からは悲鳴が上がっている。

 私自身、コロナ禍以前は年間数本の映画を定期的に映画館で観ていたが、コロナ禍になってからは1度も映画館に足を運んでいない。

 映画館に行かない理由は、当初、コロナウイルスの感染を避けるためだったが、その後は別に映画館で観ても大丈夫だろうと思うようになった。しかし、コロナ禍の影響で大作映画の製作や上映がストップし、観たい映画がほとんど無いという理由で行かなくなった。
 そして現在は、映画を観ている間中、2時間以上もマスクを付けっぱなしというのが我慢できないので行かない、それが第一の理由になった。

 私の場合、自宅では掃除をする時以外は一切マスクを付けておらず、マイカー通勤なので、通勤中も一切マスクは着用してしない。会社でも他人と話をする時以外はマスクを付けていないので、連続して2時間もマスクを付けるようなことは日常的にも経験していない。せいぜい、買い物で店に入る時にエチケットとして数分間か数十分間着用する程度なので、映画を観るためだけにそのルールを破って2時間以上もマスクを付けっぱなしというのは、なかなか受け入れ難いものがある。

■飛沫が飛ばない空間まで休業にする必要があるのか?

 映画館のように、元々、話をすることが禁止されているような静かな空間では、コロナに感染するようなことはまず起こり得ないのではないかと思う。実際、これまでも映画館でクラスターが発生したというような話は聞いたことが無い。

 コロナのクラスター感染が発生しやすい所は、病院、ライブハウス、カラオケボックスと大体、相場が決まっている。飲み屋で馬鹿騒ぎして飛沫を飛ばしまくり、泥酔して寝入ったところで感染というケースは有るのかもしれないが、パチンコ屋などは、会話をするような空間ではないので、クラスターが発生しそうに見えても、なかなか発生しないのではないだろうか。

 飛沫が飛びやすい場所を順番に並べると以下のようになる。

 ライブハウスカラオケボックス居酒屋電車パチンコ屋書店映画館

 映画館や書店などは、それぞれ「黙って映画を観る空間」「黙って本を物色する空間」であるので、基本的に誰もしゃべらず飛沫が飛ぶようなこともあまりない。そんな場所まで休業の対象にするのは行き過ぎであり、ほとんど無意味ではないかと思われる。

■満員電車がセーフで、ガラ空きの映画館がアウトの不条理

 コロナでもインフルエンザでも風邪でも、感染(クラスター)が最も発生しやすいのは、おそらく自宅における家族間である。自宅では四六時中、マスクもせずに近くで会話をし、マスク会食も行わず、同じ風呂に入り、同じトイレを使用する。これほど危険な感染ルートはそうそう見当たらない。

 それでも多くの人は、感染もせずに済んでいるのだから、映画館や書店で感染するようなことは余程のことがない限り有り得ないと思う。

 熱を出して感染が疑われるような人が、重たくだるい身体を引き摺ってまで映画館に足を運ばないだろう。一方で、電車の場合は、仕事が休めないという理由で高熱がある人でも乗車しているかもしれない。
 そういう意味では、映画館よりも電車の方が圧倒的に感染リスクが高いはずだ。しかし、電車は全くのスルー状態。ギュウギュウ詰めの満員電車がセーフで、ガラ空きの映画館がアウト、こんなデタラメな判断基準がなぜ罷り通るのだろうか?

 「緊急事態宣言」が発出されても、街を出歩く人は昨年ほど減少しておらず、いつも通りに出歩いている人も多い。既に多くの国民は「コロナ」よりも「緊急事態宣言」に恐怖を抱き始めているのではないだろうか?



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posted by 自由人 at 20:49 | Comment(0) | コロナ問題
2021年04月24日

1億人がPCR検査をすると日本はどうなるか?


■「無症状者」の多くは「健常者」

 前回の記事は、最近では珍しくBLOGOSで多くのコメントを頂いた。しかし、記事内で使用した「無症状者」という言葉が批判の元になっていたようなので、この場を借りて、少しだけ回答させていただこうと思う。

>無症状者が蔓延すれば良いと言ってるんですかね?
>とんでもない暴論だ!

 多くの人が誤解しているようですが、「無症状者」には2つの意味があります。
 1つは、PCR検査で陽性になった場合の「無症状者」、そしてもう1つが、PCR検査をする以前の「無症状者」です。

 私が述べている「無症状者」とは、無論、後者であり、大部分の「健常者」のことを指しています。「無症状者のPCR検査を抑制するべき」と書いているのだから、当然、PCR検査を受ける前の人を意味しています。
 もしこれを読まれているあなたがPCR検査を受けていないのであれば、そのあなた自身を指しています。

 これといった治療法もないのに、健康なあなたが、絶対的に、または強制的にPCR検査を受ける必要が有るんですか?という単純な話です。

>無症状者を放っておけ、という主張かと。
>それでハイリスク者に感染させてしまうと、医療ひっ迫になるので、ナンセンス。

 上述しましたが、ここでいう「無症状者」とは「健常者」のことです。徒に偽陽性者を増やすために「健常者」が無理してPCR検査を受ける必要があるとは思えませんし、「健常者」がハイリスク者(老人?)に感染させる危険性もまず有り得ません。

 そもそも、PCR検査で陽性になった場合の「無症状者」でも、他人に感染させることは不可能だという論文を発表している専門家もいます。実際に「無症状者」が他人に感染させる媒介者に成り得るのならば、この程度の感染者数(症状のある感染者)では収まっていないだろうことは火を見るよりも明らかです。

>もちろん偽陽性による拡大もあるだろうが、そこまで極端な数字ではない。せいぜい15%とかのレベル。

 偽陽性率が15%ということは、先の大阪を例にとると、PCR陽性者が7%なら、×15%で100人中1人(つまり1%)が偽陽性者ということになります。
 あなたの言う偽陽性率15%が医学的に証明された数値かどうかは分かりませんが、1億人検査すれば700万人が陽性となり、その内100万人が偽陽性者ということになります。

 もしそんなことになると、「医療逼迫」どころか「全医療崩壊」となり、こんな議論すらできないことになります。

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posted by 自由人 at 09:40 | Comment(0) | コロナ問題
2021年04月21日

無症状者のPCR検査を止めれば「緊急事態宣言」は無用


■悪夢のようなゴールデンウィーク前の「緊急事態宣言」

 政府はPCR検査による陽性者の増加を受け、東京・大阪・兵庫に対して4月23日に「緊急事態宣言」を発令する方針を明らかにした。

 まさか、ゴールデンウィーク前になって「緊急事態宣言」を発令することになるとは思わなかったが、正直、いい加減にして欲しいというのが率直な感想。

 少し前に大阪では全国に先立って無症状者に対するPCR検査の拡充の方針を発表していたと思うが、その結果、PCR検査数が大幅に増加し、予想通り無症状の感染者と偽陽性者が大量に出てきたことでコロナ感染者が急増ということになり、この度の「緊急事態宣言」の発令。

 このロジックを冷静に見れば、「緊急事態宣言」を急いで発令する必要があるとは思えない。

 しかし、普段はまともなことを言っているような識者達が、この問題に関してはこぞって的外れなことを述べており違和感を感じざるを得ない。まるで、何者かに弱みを握られて脅されているのか、操られているかのような不自然さを感じる。

 よく映画やドラマなどで見かける嘘を言わざるを得ない状況に追い込まれた人間のような目をしている。そのように見えるのは私の目の錯覚だろうか?

■今必要なことは、無症状者のPCR検査を抑制すること

 コロナ問題を収束させるために今、喫緊の課題としなければいけないことは、「緊急事態宣言」の有無や時期、実施期間の長短ではなく、無症状者のPCR検査を抑制することでなければならない。このまま、PCR検査数が増え続ければ、コロナ問題は半永久的に収まらないことは自明の理だ。

 なぜ、こんな当たり前のことが解らないのだろうか? 解らないのではなく、解っていても改めることができないということだろうか? まさか、頭の良い政治家や学者達がこんな子供でも解るようなことが理解できないとは思えないし、思いたくもない。
 
 コロナ問題を半永久的に収める気が無いのであれば、政府は補助金等で半永久的に国民の面倒をみなければいけないことになるが、その覚悟があるのだろうか?

 現在は、一体、誰を信じていいのか、何を信じていいのか、全く分からない混沌とした時代に突入してしまった感がある。昔から「テレビを見ると馬鹿になる」とも言われるが、最近は、実際にその通りだなと痛切に実感するようになってしまった。
 コロナ問題を扱うテレビ番組を観ていても、まともなことを言っている識者はほぼ皆無というような状況なので、観ていても何も得るものがなく、イライラしてストレスを感じるだけになってしまった。

 新聞を止めたついでに今度はテレビも本当に廃棄するべきかどうか考えている今日この頃。もう茶番は、いい加減にしていただきたい。



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posted by 自由人 at 22:01 | Comment(2) | コロナ問題
2021年04月18日

転んでもただでは起きない「ahamo」


■「月額料金」以上の「サポート料金」

 ドコモの新スマホ料金プラン「ahamo」のテレビCMが流れ出し、先月(3月)からサービスが開始されたばかりだが、4月になって早々に店頭でのサポート料金追加の発表があった。

 私が以前に書いたブログ記事の予想通りの展開だが、1回のサポート料金は3300円(税込)であるらしく、4月22日からスタートするらしい。
 「スマホ使用料が安くなった」と喜んでいたような人にとっては梯子を外されたような気分かもしれない。

 オンラインのみでのサービス提供は、ある程度のITリテラシーが無いと、自己責任(事故責任)でメンテを行うのは少々難が有るので、この展開は多くの人が予想していたのではないかと思う。

 1回のサポート料金が、スマホの月額使用料よりも高いというのは御愛嬌だが、スマホ料金の大幅値引きという苦渋の選択を余儀無くされた政府に対するささやかな抵抗なのかもしれない。

 このサポート料金というのも、今後は他の大手キャリア(KDDI、ソフトバンク、楽天)も追随していくことになるのだろうと思われる。そしてこちらも政府の指導が有るかどうかに関係なく価格競争が始まり、3000円(税込)→2500円(税込)→2000円(税込)と、サービス料金が下がっていくのかもしれない。
 予め、料金が下がっていくことを見越した上での料金設定ということであれば、月額使用料以上に設定することは当然とも言えるだろうか。

■「20GBプラン」だけが話題になる不思議

 しかし、いつも不思議に思うのは、話題になっているのは全て「20GBプラン」だということ。テレビCMだけを観ていると「20GBプラン」が最安値という印象を抱いてしまいがちだが、ドコモを例にとっても、「1GBプラン」というものもあり、条件次第では「ahamo」よりも安い料金設定になっている。

 外出先で動画を頻繁に観るというならともかく、自宅のWifiでスマホを利用している分には、1ヶ月20GBも必要ないような気もする。私自身もスマホはほとんど自宅でしか使用しないので、1ヶ月1GBコースでも十分かな…と思う。

 多分、ITリテラシーの低い人というのは「1GB」というデータ容量がどれ位のものかということがピンとこないのではないかと思う。
 私の場合、インターネット以前からパソコン通信(従量制料金)をやっていたので、データの容量には敏感にならざるを得なかった経験があるため、1KB、1MB、1GBがどの程度のものかというのが肌感覚で分かってしまうが、ブロードバンド化した後にインターネットを始めたような人は、メールの添付ファイルのデータ容量など考えたこともないというような人も多いのかもしれない。

■スマホ料金の節約には「自助論」が必要

 これまで、少しスマホの調子が悪くなりトラブルが発生する度に、サブスクサービスを利用するかの如く携帯ショップに訪れていたような人は、今後、毎月1回、サポートを受けるだけで月額使用料が2倍以上になってしまい、場合によっては以前に支払っていた料金以上になってしまうことも有り得る。

 毎月のスマホ使用料を支払った上にサポート料金まで支払いたくないと思う人は、少なくとも自分自身が1日でどれ位のデータ量を使用するのかくらいは認識しておく必要があると思う。

 それ以前に、なんでもかんでも他人任せの姿勢を改めて、自分自身で行うことを是としなければ、本当のスマホ節約はできないと思う。

 政府のスマホ料金の値下げ指導は、消費者に「自助」の精神を促すという意図していなかった結果を齎すことになるかもしれない。

 「天は自ら助くる者を助く」と同様、「スマホ料金も自ら助くる者を助く」となる。



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posted by 自由人 at 08:42 | Comment(0) | 経済
2021年04月16日

大本営発表と化しているワクチン報道


■「我々は戦争に勝っています」と「ワクチンはコロナに勝てます」

 日本におけるコロナの感染者数および死亡者数は、毎年のインフルエンザによる感染者数および死亡者数よりも圧倒的に少ない。このことはマスコミも伝えている既成事実であるので、誰も否定できず認めざるを得ないところだと思う。

 では、毎年、インフルエンザのワクチン接種を政府やマスコミが強く勧めているかというと、あくまでも任意であって、大々的なプロモーション活動は行われていない。せいぜい、「接種した場合は一部料金を負担します」という企業がある程度であり、ワクチンを接種しなければ飛行機に搭乗できないとか、各種のサービスを受けることができない(所謂、ワクチンパスポート)というようなこともない。

 ではなぜ、コロナワクチンの接種を政府やマスコミがこれほどまでに勧めるのだろうか? なぜ、ワクチンの特性や副作用についてはほとんど報道しないのだろうか? これは常識的に考えても違和感を感じざるを得ず、まるで時代錯誤の大本営発表を観ているかのような気分になる。

■“感染自体を抑える”のではなく“感染後の症状を抑える”ワクチン

 これがワクチンではなく特効薬ということなら理解もできる。特効薬ができて、それを個人の勝手だということで飲まない人がいれば非難されるのは仕方がないかもしれない。しかし、未だどれだけ効能が有るかも判らない急場凌ぎで作られた未知のワクチンを全国民に勧める必要がどこにあるというのだろうか?

 今回のコロナワクチンは、少し調べれば誰でも解る通り、インフルエンザワクチンとは全く異質の代物であり、「メッセンジャーRNAワクチン」とか「DNAワクチン」と呼称されている。
 現在のコロナワクチンとは、その名が示す通り、人間の遺伝子そのものに修正を加えることでコロナを抑制するというワクチンである。
 ちなみに、「抑制する」というのは、“感染自体を抑える”ことを目的としたワクチンではなく、“感染後の症状を抑える”という意味でのワクチンである。

 「そんなのは嘘だ!」と言う人がいるかもしれないが、厚労省のホームページにも以下のように記載されている。

 「(ワクチンは)新型コロナウイルス感染症の発症を防げるかどうかは分かっていない。

■遺伝子組換え食品を忌避し、遺伝子組換えワクチンを切望する矛盾

 しかしながら、このワクチンの最大の問題点は、発症を防げるかどうかではなく、一度、接種して自らの遺伝子に変更を加えてしまうと、もう元の遺伝子(身体)には戻せなくなるという点にある。

 接種後、ワクチンとしての効能が無くても、そのうち、人体から消えるワクチンであれば問題無いかもしれないが、遺伝子を変更したことによる副作用が出た場合、治療方法が無いという事態に陥ってしまうことになる。その点が最も憂慮するべきポイントなのである。

 大部分の日本人は、普段から遺伝子組換え食品を忌避する。スーパーで食料品を買う時は、遺伝子組換え食品かどうかを注意している人が大部分だろう。遺伝子組換え食品を食べると健康上の問題が起こるかもしれないということで、なるべく遺伝子組換え食品を避けて通る人は多いはずだ。

 しかし、自らの遺伝子を組換えするワクチンを接種することには何の恐れも抵抗も感じていない人があまりにも多い。未だどんな副作用が現れるかも判らない未知のワクチンを体内に注射しても「思ったより痛くなかった」と言って、ケロッとしているという有り様。

 副作用が出るかどうかは、すくなくとも1年単位で考えなければ判らない。そう考えると、これは物凄くリスクの高い片道切符のようなものだとも言える。

 本当に何も起こらず杞憂で済んでくれればそれに越したことはないが、個人的には未知のウイルスよりも未知のワクチンの方が危険かもしれないなと危惧している。前代未聞のワクチン被害が発生したとしても、原因が判らないために、全てコロナのせいになってしまうのではないかと危惧している。



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posted by 自由人 at 22:48 | Comment(0) | コロナ問題
2021年04月10日

「コロナ変異株」にワクチンは有効なのか?


■「感染者が増えた!」と大騒ぎする前に

 今年の3月は季節外れの暖かさだったが、4月に入ってからまた少し涼しくなったこともあり、ウイルスも少し活性化したのか、大阪における4月10日のコロナ感染者数は918人となり、大台の1000人を突破する勢いとなったことで大きな騒ぎとなっている。

 この日のPCR検査数は12164件だったそうなので、7〜8%の人が陽性となった計算になる。ちなみに1週間前の4月3日のPCR検査数は8505件だったので、単純に考えてもPCR検査数が1.5倍近く増えていることになる。「感染者が増えた!」と大騒ぎする前に、この点は考慮するべきだと思う。

 以前から、国内におけるインフルエンザ感染者数は毎年1000万人いると発表されていたが、実際に周囲を見回しても「本当にそんなにいるの?」というのが正直な感想だった。最近、知ったことだが、この「1000万人」というのは、無症状者を含む推定数だということが判り納得した。

■「医療崩壊」が起こるのは融通が利かないため

 インフルエンザの検査は、「抗原ELISA検査」というものが行われており、ウイルスの数が少なくとも数万発見されない限り陽性にはならないらしい。それゆえに無症状者が検査をしても陽性にはならないと思われるが、PCR検査の場合は、無症状者でも陽性になってしまう。と言うよりも、実際にほとんどが無症状者となっている。

 では、無症状者が他人にウイルスを感染させることができるのかというと、これはまず、不可能ということらしい。

 だから、無症状者は感染症指定病院以外の普通の病院でも入院できるということにすれば、ベッド数が足りないという意味での医療崩壊はまず起こり得ないのだが、感染症指定が邪魔をして入院する病院が限られてしまうため「医療崩壊」が叫ばれるという可笑しな事態となっている。

 世界に比べて比較的に医療設備が充実していると言われる日本で、コロナ感染者の多い海外でも起こっていない医療崩壊が起こってしまうのは滑稽の一言であり、以前に三浦瑠麗氏も述べられていた通り、融通の利かない制度上の問題と言うしかないと思う。

■“ワクチンさえ接種すれば安心だ”という危険な思い込み

 現在、コロナの変異株が流行っているとも言われているが、インフルエンザにしても、毎年、型が変わった変異種が流行することはお決まりのパターンでもある。毎年、流行するインフルエンザの型の違いで、死亡者数も大きく変わることは周知の通りだ。

 インフルエンザウイルスは毎年変化するので、昨年に流行した型と全く同じウイルスでない限り、ワクチンは基本的に効かない。ワクチンを接種してもインフルエンザに罹る人がいることが、そのことを如実に物語っている。

 今年に流行り出したコロナウイルスも、昨年に流行ったコロナウイルスとは型が違っており、より感染力が強くなっていると伝えられている。ということは、コロナワクチンもインフルエンザワクチンと同様に、効かない可能性が高いと考えるのが普通だと思われるのだが、そうは考えない人が多いらしい。

 とにかく藁にも縋る思いでワクチンを求めているのだろうけれど、効能も副作用も全く考えずに“ワクチンさえ接種すれば安心だ”という思い込みは、ある意味で危険だと思う。ワクチンを接種したからといって、コロナに感染しないとは限らないことは、インフルエンザウイルスが証明している。



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posted by 自由人 at 23:05 | Comment(0) | コロナ問題
2021年04月08日

「地球人が先か、宇宙人が先か」の矛盾


■「宇宙人が人間を創った」という都市伝説は本当か?

 YouTubeで最も人気のあるジャンルの1つは「都市伝説」系であるらしく、最近は都市伝説系の動画がこれまで以上に流行りのようだ。ネット上には真偽のほどがあやふやな様々な都市伝説が溢れているが、その中でも最近よく目にするのが「宇宙人が人間を創った」というもの。この話は、都市伝説系の某テレビ番組でも放送されていたそうだが、これは本当だろうか?

 まず、人間の誕生を巡っては、大きく分けると次の3つの説がある。

 1、神が人間を創造した。

 2、科学の進んだ宇宙人が遺伝子操作で人間を創った。

 3、猿が人間に進化した。


 おそらく、この3択であり、いずれかが正解だということは誰もが認めるところだろうと思う。
 全能の「」を創造主として仰ぐか、科学技術の進んだ「宇宙人」を神と仰ぐか、「偶然」を信じて神を否定するか、この3択ということになる。

■宇宙人の存在を否定するのもSF

 現代ではダーウィンの進化論の影響で唯物論としての「3」を信じている人が圧倒的に多いのかもしれない。
 「神の存在はともかく宇宙人の存在を肯定するのはSFだ」と思う人がほとんどかもしれないが、冷静になってよくよく考えてみると、この広大無辺とも言える大宇宙の中に、知的生命体が地球にしか存在しないと考えることも十分にSFだと言える。

 大宇宙の規模を地球に例えて言うなら、広大なサハラ砂漠の1粒の砂が銀河系のようなものであり、太陽系の中の1つの星でしかない地球などはその1粒の砂の中にある顕微鏡にすら映らない小さな小さな点に過ぎない。
 その地球にだけ知的生命体が誕生し、その他の、文字通り星の数ほどある砂の中には一切、知的生命体は存在しないというのは、確率的に言うなら、限りなく0%に近い偶然…と言うよりも、0%だと言っても差し支えないレベルだと言える。

 人間という存在が、大宇宙の中にたった1つしか存在しない唯一無二の希有な知的生命体などと何の疑いもなく信じること自体がSFだとも言える。もし、それが真実であるなら、人間は有り得ない奇跡のような確率で誕生した生命体ということになってしまう。人間は神が創ったという奇蹟を信じることが信仰であるなら、0%に近い偶然で人間が誕生したという奇跡を信じることもまた立派な信仰だと言える。

■都市伝説としての「進化論」

 このての議論をすると、人間が何者かの意思で必然的に誕生したのか、それとも進化論で言うところの全くの偶然で誕生したのかという神学論争になってしまうのだが、猿が人間に突然変異したというのは、普通の常識で考えると、にわかには信じ難い話でもある。

 もしそれが本当なら、野性の猿や動物園の猿はそのうち人間に進化してもおかしくないということになってしまうが、そんなことが起こる気配は全くなく、人為的に遺伝子操作でもしない限り、猿はいつまでも猿のままだと思う。

 進化論が真実であるなら、猿だけでなく人間もいつかは人間以上のものに進化するという話になってしまうが、これも、人為的に遺伝子操作でもしない限り、人間はいつまでも人間のままだろうと思う。

 人間の誕生を考える以前に、地球が1年間をかけて太陽の周りを規則正しく1周しているなどという数学的に緻密に計算されたかのような天体システムが偶然に出来ていると思う方がどうかしている。もしこれらが全て偶然の産物なのであれば、ある日突然、地球が爆発して消滅しても我々人間は誰にも文句を言えない儚いゴミのような存在ということになってしまう。

 そんなことを考えていくと、やはり、人智を超えた何かしらの意思が働いた上で生命(人間)が誕生したと考える方が理に適っているのではないかと思える。

■「卵が先か、鶏が先か」は成立しない

 「宇宙人が人間を創ったので、神は存在しない」と言っている人もいる。

 「宇宙人が人間を創った」という人にお聞きしたいのは、「では、その宇宙人はどうやって誕生したんですか?」ということ。

 こう言うと、「また別の宇宙人が創った」という返答が返ってきそうだが、そうなると、延々と「その宇宙人も、また別の宇宙人が創った」という堂々巡りのイタチゴッコに陥ってしまう。

 これは、「卵が先か、鶏が先か」の議論に似ている。しかし、この「卵が先か、鶏が先か」という命題はそもそも成立しない矛盾を抱えている。

 「卵は鶏が生んだ」 それはその通り。

 「では、その鶏はどこから生まれたのか?」と問うと

 「鶏は卵から生まれた」と言う。

 「では、卵が存在する以前の原初の鶏はどうやって生まれたのか?」と問うと、途端に答えに窮してしまう。
 ここで、この議論の矛盾点が露になる。有から有が生まれても、無から有は生まれないという事実を突き付けられると閉口せざるを得なくなる。

 結局のところ、「卵が先か、鶏が先か」は途中経過の切り取り論であって、端から生命誕生の本質的な答えを導き出せるような問答ではなく、単なる誤魔化しの堂々巡り論に過ぎないのである。

 都市伝説で言うところの「宇宙人が猿の遺伝子操作をして人間を作り出した」というのは、人間よりも科学の進歩した宇宙人が存在すると仮定すれば、有り得る話だとは思う。しかし、だからといって「神は存在しない」とはならない。宇宙人が生物の肉体を改造したということは有り得たとしても、宇宙人は神には成り得ない。なぜなら、その宇宙人も原初の存在では有り得ないからだ。「卵(地球人)も鶏(宇宙人)も、無から誕生することはできない。

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posted by 自由人 at 23:12 | Comment(0) | 宇宙
2021年04月04日

「新しい生活様式」の行き着く先はアバター生活


■人類未体験の新しい生活様式を目指す「ムーンショット」

 コロナ禍によって「新しい生活様式」という言葉が生まれた。

 この「新しい生活様式」とは、コロナと共存していく上で基本となる生活スタイルの変化を意味しており、三密を回避した生活に始まり、人と人との接触を極力避けるという意味が込められている。

 しかし、そういった生活はまだ入り口に過ぎず、政府は、もっと進んだ人類未体験の生活を目標としている。それが「ムーンショット目標」と呼ばれるもので、2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現すると唱われている。

 その新しい生活様式の1つは、「サイバネティック・アバター生活」と呼ばれており、以下の目標が定められている。

2030年までに、望む人は誰でも特定のタスクに対して、身体的能力、認知能力及び知覚能力を強化できる技術を開発し、社会通念を踏まえた新しい生活様式を提案する。

2050年までに、望む人は誰でも身体的能力、認知能力及び知覚能力をトップレベルまで拡張できる技術を開発し、社会通念を踏まえた新しい生活様式を普及させる。

引用サイト:内閣府ムーンショット目標1

■映画『サロゲート』のような社会は実現するのか?

 「ムーンショット」とは、その言葉が示す通り、人類の月面着陸に例えて「未来社会を展望し、困難な、あるいは莫大な費用がかかるが、実現すれば大きなインパクトをもたらす壮大な目標や挑戦を意味する言葉」の総称だが、日本での「ムーンショット目標」は奇しくもコロナ感染が取り沙汰された昨年の1月に決定された。

 人間がアバターを操作して仮想現実的な生活を行うなどと言えば、「妄想だ!」とか「都市伝説だ!」と批判されそうだが、実際に国(内閣府)が発表しているリアルな情報である。

 昔、人間がアバターを操作して生活する世界を描いた『サロゲート』という映画があったが、まさにあのような世界を目標としていることになる。

 まるで遠い未来を予想したSFのような話であり、そんなSF映画のような社会が、今後わずか30年程度で本当に実現できるのかは信じ難いというのが率直な感想だが、国がそういった社会を目標としていることは事実だ。

 キーワードとなるのは、「身体」「」「空間」「時間」からの解放となっているが、「身体」「空間」「時間」はまだ理解できるが、「脳」からの解放というのがよく解らない。
 自分の意のままに操ることのできるアバターロボットがあれば、「身体」「空間」「時間」からの解放は可能かもしれないが、「脳」からどうやって解放されるのだろうか?



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posted by 自由人 at 13:46 | Comment(0) | 社会問題