2021年02月27日

「SDGsな未来へ」が意味するもの


■「SDGs」は国際版「十七条憲法」?

 最近よく「SDGsな未来へ」という言葉を聞くようになった。確か、聞き始めたのは数年前だったと思うが、昨年あたりから頻繁に耳にするようになり、マスコミを通じて啓蒙活動が行われているようだ。

 この「SDGs」とは何かというと、持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)の略称で、国連のサミットで2015年に定められたとされている。2000年に定められた「MDGs(Millennium Development Goals)の目標が達成されたので、新しく刷新されたものであるらしい。
 ただ、先の「MDGs」が発展途上国を対象としたものであるのに対して「SDGs」は、全世界を対象としたものであるという違いがある。

 「SDGs」には以下の17の目標が定められている。

 (1)貧困をなくそう
 (2)飢餓をゼロに
 (3)すべての人に健康と福祉を
 (4)質の高い教育をみんなに
 (5)ジェンダー平等の実現を
 (6)安全な水とトイレを世界中に
 (7)エネルギーをみんなに そしてクリーンに
 (8)働きがいも経済成長も
 (9)産業と技術革新をつくろう
 (10)人や国の不平等をなくそう
 (11)住み続けられるまちづくり
 (12)つくる責任 つかう責任
 (13)気候変動に具体的な対策を
 (14)海の豊かさを守ろう
 (15)陸の豊かさも守ろう
 (16)平和と公正をすべての人に
 (17)パートナーシップで目標を達成しよう

 こうやって眺めてみると、まるで、世の中のことをあまり知らない小・中学生の学級会議で決められたかのような内容となっている。ある意味、国際版の「十七条憲法」といったところだろうか。

■SDGsな「レジ袋ゼロ運動」

 (7)や(13)は、電気自動車の推進、(11)や(14)が、レジ袋ゼロ運動に関係しているのであれば、全ては「SDGs」が大元になっていることになる。

 悪評の高かった「レジ袋ゼロ運動」は、当初、「不便だ」というブーイングの嵐だったが、今や当たり前の光景となっており、誰もが不満を漏らさずに励行しているように見える。
 私個人は今でも不便に感じているが、ごく短期間で世間の常識が塗り替えられてしまった感がある。

 可哀想なウミガメの映像を見たことで、“ビニールは悪”と思い込み、マイバッグを持ち歩いて買い物をすることを決意した人々。しかし、買い物を終えたマイバッグの中を覗いてみると、その中はビニールに包まれた商品だらけという矛盾には気が付かない。

 「ビニールは悪」といっても、弁当もパンもおにぎりもビニールに包まれており、結局、ビニールはゼロにはならなかった。生まれた結果は、ビニール使用量を減少させてビニール製造会社を疲弊させ、無料だったビニール袋が有料になっただけではないのだろうか。

 ウミガメさんが救われたと思っているような人がいるのかもしれないが、ビニール使用量を減少させただけでは救われない。ウミガメさんを救うためには、あなた自身が、ビニールゴミをポイ捨てしないと決意しなければならない。原因はビニールにあるのではなく、あなた自身の心の持ちようにある。環境汚染の原因を履き違えてはいけない。

 「レジ袋ゼロ運動」だけでなく、地球温暖化を避けるという名目で、既に「温室効果ガスゼロ運動」も始まっている。
 しかし、現在のところ、地球温暖化説は仮説であり、本当に二酸化炭素を減少させると地球温暖化を避けれるのかどうかも定かではなく、長期的に観れば、逆に地球は寒冷化しているという説も根強くある。
 そんな状態で、闇雲に二酸化炭素の削減に突っ走ってしまうと、ガソリンに関わる仕事をしている人々の多くが職を失い、その挙げ句に、結局、地球は寒冷化してしまったでは、誰も救われないことになる。

 「SDGsな未来へ」が意味する未来とは、多くの人々にとっては有り難迷惑な「不便な未来」でしかないのかもしれない。

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posted by 自由人 at 10:28 | Comment(1) | 社会問題
2021年02月21日

「ワクチン」と「特効薬」を混同しているかのような社会


■なぜ、ワクチン接種と商品券をセットにするのか?

 新型コロナウイルスのワクチン接種が2月17日に開始された。医療従事者約4万人を対象に先行接種されたらしく、65歳以上の高齢者は4月から接種、16歳以下は接種禁止ということになっている。

 ワクチン接種料は国が全額負担ということらしいが、強制ではないので、ワクチン接種を見送る人も多そうだ。そのせいか、ワクチンを接種すると1000円の商品券を配る地域もあるらしく、都合2回の接種で2000円の商品券が受け取れるらしい。

 田村厚生労働相も2月19日に以下のように述べられたらしい。

 「新型コロナウイルスのワクチン接種後に副反応などで死亡した場合、国の健康被害救済制度によって一時金として遺族に4420万円が支払われます。

 ちなみに、葬式代も209,000円支払われるとのことだが、いつになく過保護な対応で、どうも釈然としない。

 なぜ、ワクチン接種と商品券をセットにしたり、手厚い生命保険をセットにする必要があるのだろうか?

 こんな掛け金なしの巨額の生命保険のようなものをセットにして大丈夫なのだろうか? もし本当に、ワクチンが原因で1万人が死亡した場合、4420億円支払うことになってしまうが、そんなことを国民が認めたのだろうか?

■ワクチンを接種しても言葉足らずな医療関係者達

 先日、テレビニュースでワクチンを注射した医者のインタビューが伝えられていた。記者の「どうでしたか?」という質問に対し、その医者は以下のように応えていた。

 「あまり痛くなかったので安心しました。

 これを聞いて私は「えっ?」と耳を疑った。注射をして痛いのは当たり前のことであり、ワクチンを打つか打たないかを迷っている人は、そんなことを気にしているわけではないだろう…と。

 問題は、痛いかどうかではなくて、副反応が有るかどうかである。ワクチン注射を打つ一瞬の痛みのために不安があるのではなく、ワクチン注射を打つことで、この先、どんな副反応が出るか判らないことが不安なのである。

 医者であれば、せめて次のように応えて欲しかった。

 「あまり痛くなかったですが、この先、副反応があるかどうかが心配ですね。

 ワクチンを注射した医療関係者には追跡取材も行われているが、ある看護師はワクチンを打った翌日に「筋肉が痛い」と述べていたが、これも上記と同じ。
 注射の跡が赤くなったとか、少し痛いとか少し腫れたという程度のことは、血液検査の時でもよく起こる症状であり、そんなことは大した問題ではない。問題は、もっと長期的に副反応が発生するかどうかが心配なのである。

 看護師であれば、せめて次のように応えて欲しかった。

 「今は筋肉が痛いですが、この先、副反応があるかどうかが心配ですね。

■「ワクチン」と「特効薬」の区別が付いているか?

 普通、10年近くかかると言われるワクチンの臨床試験を大幅にカットして、僅か1年足らずでワクチン使用に踏み切っているわけだから、どれだけの副反応があるかは未知数の領域であり、何が起こってもおかしくない状態でもある。

 そんな状態で、ワクチンのような異物を体内に入れることを恐れない方がどうかしていると思うが、私の周りにも「ワクチン」と「特効薬」の区別が付いていないのではないか?と疑いたくなるような人もいる。

 仮に「特効薬」が出たとしても全く副反応が無いとは言えないが、「ワクチン」を打つリスクと該当する感染症に罹患するリスクを考えて接種しなければいけない。

 現状、「コロナ感染リスク」と「ワクチン副反応リスク」を秤にかけると、どう考えても後者のリスクの方が高そうなので、個人的には、ワクチン接種は遠慮させてもらおうと思っている。



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posted by 自由人 at 22:17 | Comment(0) | コロナ問題
2021年02月19日

「失われた30年デフレ」に終止符を打つ奇策


■雇用調整助成金のリハビリ期間は長期で考えるべき

 政府はコロナ特別雇用調整助成金を4月まで続けることを発表していたが、5月から6月にかけて特例措置を段階的に縮小していき、7月からは更に縮小すると発表している。

 段階的に支給率を引き下げていくことには賛成するが、その期間があまりにも短過ぎるのではないかと思える。
 足掛け1年以上もの間、雇用調整助成金に頼ってきた多くの企業が、元の状態に戻るためには、それなりのリハビリ期間が必要であり、その期間は数ヶ月間という短い期間ではなく、できれば数年間単位にすることが望ましい。

 これだけ激変してしまった企業を取り巻く経済状況を、たった数ヶ月間で1年前のコロナ発生前に戻すようなことは至難の業であり、あまりにも現実味に欠けた発想だと言える。この辺にも、現政府の経済センスの無さが垣間見える。
 ここで言う「経済センスの無さ」とは、一言で言えば、「世情に疎い」ことを意味する。

 ここで、「国は数年間も補助金を出す余裕が無い」と思った人がいるかもしれないが、補助金は税収で賄うわけではないので心配する必要は無い。

 こう言うと、「将来世代に借金を背負わすことになる」と思った人もいるかもしれないが、それも誤解であり、子孫が借金を背負う必要など無い。

 さらに、「現役世代で賄うなら消費税を上げなければいけなくなる」と思った人もいるかもしれないが、そんな必要は微塵も無い。

■1年間で100兆円ずつ、1000兆円の国富増加策

 政府が、いきなり1000兆円も大盤振る舞いして財政出動するとインフレになる危険性があるが、1年間で100兆円ずつを10年間続ける程度なら、おそらくインフレにはならない。
 仮にインフレになったとしても、せいぜい1%や2%程度だろうから、全く問題がない。
 それでも、政府が長年目標にしてきたインフレ率2%に達するだけのことなので、むしろ喜ぶべきことだとも言える。

 万が一、インフレ率が3%以上になった場合は、MMTの言う通り、増税すればいいだけ。増税とはインフレを退治するための経済政策である。

 よく「インフレになった場合、政府は簡単に増税できるのか?」というトンチンカンな発言をしている人がいるが、デフレ下で掟破りの増税を行う政府が、なぜインフレ下で増税できないと思えるのか理解に苦しむ。

 特に日本の場合、これまで緊縮財政まっしぐらでお金が足りない状態が続き、あっぷあっぷしながらやってきたため、マイナスの貯金が貯まっているような状態だとも言えるので、他国以上にお金を増やす余地が有る。10年間で1000兆円の国富を増やして挽回し、景気を良くするチャンスだとも言える。

 こう言うと、「政府は金融緩和をし続けてきたが景気は良くならなかったのでは?」と思った人がいるかもしれないが、それには理由がある。

 そのお金の大部分は市場に出ておらず、日本銀行内にブタ積みされているだけなので、ほとんど意味を為していない。金融政策だけで景気が良くなるというリフレ派の間違いは、この部分を理解していないことにある。
 リフレ派は名誉挽回するためにも、この機会にこっそりと金融政策から財政政策に舵を切り替えるべきだと思う。

 景気を良くするチャンスが目の前にあるというのに、そのチャンスに気付かず、実行することもできず、無為無策を決め込み、その上、更に無意味な増税を行うというのであれば、あまりに愚かであり度し難い。

 経済センスの有る政治家であれば、このコロナ禍を逆手に取って、30年デフレに終止符を打つことができるかもしれない。

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posted by 自由人 at 23:50 | Comment(0) | 経済
2021年02月13日

「オンキョー」の危機的な赤字決算


■オンキョー上場廃止の可能性

 楽天(4755)が過去最大の1141億円の赤字を発表した。スマホ関連の巨額の先行投資が重しになっての赤字決算なので、これは予想通りの結果であり特に驚く内容でもないのだが、その影に隠れてオンキョーホームエンターテイメント(6628)が33億円の赤字決算を発表し、上場廃止が危惧されている。

 少し個人的なことを書かせていただくと、実は私はこの両社の株主でもある。センスが無いと言われそうだが、オンキョーの場合は、昔、オンキョーに買収される前のソーテックの株を遊びで購入してしまったのがキッカケで売れずに放っておいたのが災いして大きな含み損を抱えたままだった。一時、アップルと提携して株価が跳ね上がったものの、その後は下がっていく一方だった。
 昨年の時点で、さすがにこれは持っていても望みは無い(ヘタをすれば上場廃止・経営破綻)と判断して税金対策も兼ねて損切りしたという経緯がある。

 昔は、オンキョーのスピーカーと言えば高音質で有名で、個人的にも愛用していたものの、アップルのiPodが出てからは全く使用しなくなった。以前にもブログ記事で紹介させていただいたが、現在では安価なパソコン用スピーカーやBluetoothスピーカーが数多く販売されている(以下のスピーカーがオススメ)ので、もはや従来のステレオコンポ用の大型スピーカーは、音響マニアでもない限り無用の長物になってしまった。



■“高音質”よりも“臨場感”を追求するべき

 オンキョーは以前、ソーテックを買収して“パソコンに高音質スピーカー”というコンセプトで売り出していたが、あまり需要が無かった。その後、非圧縮高音質のハイレゾミュージックに着手したが、これも思ったほどの需要は見込めなかったのではないかと思う。実際に、私個人もオンキョーの株主優待でハイレゾ音源のミュージックをいくつかダウンロードしてみたが、データが重くて扱いづらいという理由もあって1度も聴いていない。

 テレビと同様、多くの消費者は高いお金を支払ってまで、高画質・高音質には拘っておらず、それなりの映像・音質で満足している場合が多い。4Kテレビは確かに奇麗だが、高価な8Kテレビまで欲しいというような人はほとんどいないと思う。

 レンタルDVD店に行っても、未だにブルーレイソフトよりも普通のDVDソフトの方が圧倒的に多い。ソフトを再生するハード(DVDプレーヤーとブルーレイプレーヤー)の値段がほとんど変わらなくなってもこれなのだから、消費者はそれほど高画質を求めておらず、多少、画質が悪くても観れればよいという感覚なのかもしれない。購入してコレクションにするようなマニアは別として、世間一般の消費者は、その点はあまり執着心がなく、極めて刹那的な感覚なのだろう。

 音楽を聴くにしても、素人耳には上述した数千円程度のBluetoothスピーカーでも必要十分な高音質が堪能できるので、数万円、数十万円を出してまで、それ以上の高音質を望む人はほとんどいないのではないだろうか。

 映像がVR(仮想現実)になったように、音楽も、これからは“高音質”を追求するよりも、多少、音が悪くなろうが、その場にいるような“臨場感”のあるVR音(既にそういった技術は存在しているが)を追究していく方が需要が見込めるかもしれない。

【関連記事】「BOSE閉店」様変わりしたスピーカー業界
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posted by 自由人 at 10:51 | Comment(2) | 経済
2021年02月11日

【風刺寓話】お笑い新喜劇の会場にて


開演(幕が上がる)

女芸人達「ぺちゃくちゃ…ぺちゃくちゃ…ぺちゃくちゃ…」

男芸人「女がたくさん集まると話が長くなり時間がかかるよな…」

女芸人達「うるさいわね、大きなお世話よ!」

会場観客(笑)

観客A「女性差別だ!」

女芸人達&男芸人「えっ?…」

観客A「男性の今の台詞は女性蔑視発言です。女性差別を行う役者を認めるわけにはいきません。役者の交代と台詞の訂正を要求します。」

一部の会場観客「…そうだ、そうだ、女性差別だ!」

女芸人達&男芸人「・・・・・」
     ・
     ・
     ・
会場アナウンス「会場の皆様、誠に申し訳ございませんが、本日の新喜劇は諸事情により中断させていただきます。」

女芸人達&男芸人「・・・・・・・」

会場観客「おいおい、どうなってるんだ、冗談じゃないぞ!」

会場アナウンス「チケット代は払い戻しさせていただきますので、何卒、ご容赦願います。」

会場観客「みんな、帰ろうぜ、こんな劇場、二度と来るか!」

観客A「これが女性差別をした芸人に対する報いだ!」

女芸人達&男芸人「・・・・・・・・・」

(この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。)

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posted by 自由人 at 20:06 | Comment(0) | フィクション
2021年02月10日

新型コロナウイルスを「二類感染症」から「五類感染症」に。


■このままでは「緊急事態宣言」は毎年発令される

 日本医師会の中川会長は会見の場で、以下のように述べたと伝えられている。

 「再び緊急事態宣言を発令するようなことは絶対に避けたい
 「今回が最後の緊急事態宣言にしたい
 「政府には冷静で大局的な判断をお願いしたい

 「緊急事態宣言」を今回で最後にしたいので、政府には慎重になってもらいたいということなのだろうけれど、あまりにも抽象的な意見に聞こえる。「大局的な判断」とは具体的に何を意味しているのだろうか? もしかすると、今年の冬の間に限った話をされているのだろうか?とも思えてしまう。

 新型コロナウイルスの指定感染症の分類がこのままの状態(二類感染症)であるならば、今後も毎年のように冬になれば感染者数(正しくは陽性者数)が増加して、毎年のように「緊急事態宣言」を発令しなければいけなくなる。

 毎年、インフルエンザが流行るのと同様に、毎年、新型コロナが流行ることは、まず間違いない。
 幸い、ウイルス干渉(※)によって、インフルエンザと新型コロナが両方とも同時に蔓延するようなことはないと言われている(真偽の程は定かではない)ので、毎年の感染者数(正しくは陽性者数)がインフルエンザ+新型コロナで倍増するというわけではない。

 ※1つのウイルスに感染すると、他のウイルスには感染しづらくなる現象

 この1年間の新型コロナ死亡者数は、日本では6600人程度ということなので、毎年、1万人とも言われるインフルエンザによる死亡者よりも少ない。死亡者も大多数は高齢者のみで占められているので、寿命と合わさる形で亡くなったという人もかなりの割合でいると思われる。

■新型コロナ騒ぎが家族を分断させている

 以前、私の伯母のお孫さんが風邪をひいたことで、その風邪が伯母に伝染(うつ)り、風邪をこじらせて肺炎で亡くなられたことがある。一緒に住んでいる子供や孫の風邪が高齢者であるおじいさんやおばあさんに伝染ってしまい、不幸にもお亡くなりになるというケースは多々ある。

 幸い、死なずに命を取り留めた場合、おじいさんやおばあさんが、自分の子供や孫に対して「お前が私に風邪を伝染したから死ぬところだった!」と怒ったというような話は寡聞にして知らない。

 ところが新型コロナの場合は、風邪やインフルエンザよりも危険性が高い指定感染症扱いになっているため、「お前が私にコロナを伝染したから死ぬところだった!」ということが有り得るような状況となっており、伝染した子供や孫が間接的に殺人者扱いになってしまいかねない状況となっている。

 その証拠に、正月休みやお盆休みでも「実家に帰省しないように!」と念押しする高齢者が増えている。そのせいで、感染もしていない人間が、感染させてしまうことを極度に恐れて帰省できないという状態を招いている。

 こんなことを何年も続けていると、この先、死ぬまで会えない…いや、死んでも会えない家族というのが増えてくるかもしれない。まさに家族の分断を招いているとも言える状況だ。

 中川会長の「政府には冷静で大局的な判断をお願いしたい」が何を意味しているのかは不明だが、政府が対局的に行うべきは、新型コロナウイルスの指定感染症の分類を「二類感染症」から「五類感染症」に引き下げて、いらぬパニックを抑えることしかないと思う。

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posted by 自由人 at 22:49 | Comment(0) | コロナ問題
2021年02月07日

「オヤジギャグ」で総バッシングされる社会の是非


■行き過ぎた森喜朗バッシング

 東京オリンピック組織委員会の会長である森 喜朗氏へのバッシングが猖獗を極めている。まるで、毎度の麻生氏の失言に対するバッシングであるかのように。

 その理由というのが、「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」という女性差別発言を行ったということになっているらしいが、さすがにこれは少々、騒ぎ過ぎではないかと思われる。

 森氏は東京オリンピック組織委員会の会長である前に、戦前生まれの80代の高齢者であり人生の大半を昭和で過ごしたバリバリの昭和世代であるので、こういった発言をすることは特に珍しいことでもないと思う。ごく普通の一般の高齢者の口からよく出てくるような言葉だとも言える。

 例えば、昔からよく「女性は執念深い」と言われることがある。もちろん、世の中には男性よりもさばさば(=あっさり)した女性もおり、物事を即断即決で決める女性も多いので、一概に「女性は執念深い」「女性は話が長い」とは言えず、女性よりも執念深く話の長い男性も大勢いる。

 だから、一概に「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」というのは間違っている。逆に「男性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」という場合も有り得るだろうし、「男性がたくさん入っている会社の会議は時間がかかる」という場合は多々ある。

■オヤジギャグも言えない窮屈な社会

 しかし、たったそれだけのことで、ここまでバッシングされるというのは、観ていて気分の良いものではなく、気の毒にも思えてしまう。

 森氏が怒り顔で、特定の女性に対して「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる!」と叱責したというならともかく、おそらく森氏は昔からの真偽不明の一般論として口を滑らせただけだろうと思う。

 例えば、笑顔で「いやー、女性がたくさん入っている理事会は時間がかかりますからね〜」とオヤジギャグを飛ばしたと考えれば、特に問題になるような発言とは思えない。

 オヤジギャグを言うだけで差別発言と解釈され、総バッシングされる社会。多くの国民は、そんな窮屈な社会を望んでいるのだろうか?

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posted by 自由人 at 16:35 | Comment(0) | 社会問題
2021年02月05日

「50年実質ゼロ」の意味するところ


■2050年までに全ての車を「電気自動車」にする危険性

 政府は2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする方針「50年実質ゼロ」を目標に掲げており、2030年代半ば(15年後)には、ガソリン専用車は製造・販売できなくなるとも言われている。

 それでも、ハイブリッド車については製造・販売が継続されるらしいが、ハイブリッド車にしても電気自動車にしても二酸化炭素は排出されるものなので、温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることは不可能だと思われるのだが、なぜ政府はこんな無茶な政策目標を国民に何の説明もなく勝手に決めてしまうのだろうか?

 国民を代表する形でトヨタ自動車の豊田章男氏も、こういった政府の強引な方針に苦言を呈しており、このままでは「自動車業界のビジネスモデルが崩壊してしまう」と憤りを隠さない姿勢を露にしている。

 「ガソリン車」を全て「電気自動車」に変えると言われても、ピンと来ない人がいるかもしれないので、言葉を置き換えてみると、次のようになる。

 2050年までに「石油ストーブ」を全て「電気ストーブ」に置き換える。

 さて、これは何を意味するのだろうか?

■エネルギー源を「電気」のみに頼る危険性

 日本では、夏になると冷房機器を使用し、冬になると暖房機器を使用する。冬場は、エアコン、ガスストーブ、石油ストーブ、電気ストーブ等、エネルギー源の違う様々な暖房機器を選択できるが、夏場は基本的にエアコンか扇風機しか選択肢が無い。
 そのため日本では夏場に限って電力量が上限に達して電力不足となり、節電しなければならないという事態が発生する場合がある。その原因は単純で、エネルギー源を“電気”にしか頼れないからである。

 一昔前に流行った「オール電化住宅」というのも、一見、便利そうに見えても、電気が使用できなくなれば生活できなくなるという問題が表面化し、1つのエネルギー源に頼ることのリスクというものが見直された経緯がある。

 全ての車を電気自動車にするのであれば、エネルギー源を電気にしか依存できなくなるので、政府は途切れることのない十分な電力量の確保というものを真っ先に考えなければならない。現在の火力発電だけでは十分な電力量を調達できないので、原発に頼るしかなくなる。それもただ、現在の原発をフル稼働するだけに留まらず、新たに原発を何基も新設しなければカバーできないとも言われている。

 そういった思惑も働いているせいか、東京電力株(9501)は、今年に入ってから鰻上りに上昇しているが、なぜか政府からは「原発」という言葉は全く出てこない。全て電気自動車にするという意気込みを伝えるのみで、原発稼働については全く触れていない。政府は、原発に代わる代替エネルギー(フリーエネルギーのようなもの)が手に入る目算でもあるのだろうか?と疑いたくもなる。

■理想を追い求めるあまり、現実を無視する危険性

 もし、代替エネルギーも無く、原発も稼働・新設する気も無いのに、「50年実質ゼロ」を目標に掲げているとなると、日本経済が向かう先は奈落の底になってしまう。豊田章男氏の「自動車業界のビジネスモデルが崩壊してしまう」以前に、日本経済が崩壊してしまう危険性がある。

 必要なインフラの整備もままならない状態で、どれだけ立派な目標を掲げても、掛け声だけで終わってしまう。この点は、政府が進めているデジタル化にしても同じことが言える。

 ITビジネスアナリストの深田萌絵氏も自身のYouTube動画で述べておられるが、政府のデータセキュリティが脆弱な状態でデータをデジタル化しても、そのデータを盗まれる可能性が高くなるだけだ。

 電気自動車を推し進めるのであれば、大量の電気を賄う電力インフラが必要であり、政府データのデジタル化を推し進めるのであれば、データを強力に保護するセキュリティシステムが必要になる。政府はまず、そういった基本インフラシステムの構築をこそ目標に掲げるべきであり、結果としての理想だけを目標に掲げるのは現実的とは言えない。

 エコな電気自動車ばかりが走行している未来の風景を思い浮かべるのも、デジタルデータ化で便利になった社会を思い浮かべるのも自由だが、その目的を達成するために必要不可欠な課題から目を背けていては、その未来像は決して明るいものにはならない。

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posted by 自由人 at 23:55 | Comment(0) | 経済