2021年01月29日

政府はコロナ禍をソフトランディングさせることができるか?


■3月一杯まで延びた「コロナ特別雇用調整助成金」

 「コロナ特別雇用調整助成金」は当初、2月一杯までということになっていたが、1月22日の厚生労働省の発表では、取り敢えず3月一杯まで延長されたらしい。
 その延長の判断指標は、「緊急事態宣言が解除された月の翌月まで」ということになったらしく、仮に2月7日で緊急事態宣言が解除されれば、3月一杯までということになり、緊急事態宣言の解除が3月までズレこめば、4月まで延長ということになる。

 しかし、緊急事態宣言の解除だけを指標にするのもどうかと思う。政府はマスコミの行き過ぎた報道を是正する力を有していないと思われるので、この先もコロナ禍は緊急事態宣言の解除に関係なく、収まらない可能性が高い。一旦、火が点いてしまった庶民のパニック心理は、感染状況の実体とは関係なく、そう簡単には収束しないのではないかと思われる。
 
 企業が「雇用調整助成金」をもらうために従業員を休業扱いにすると、当然、従業員に支払うお金は少なくて済む。しかし、当の従業員はそれで不満を感じているかというと、おそらく多くの人は今のままの方が楽だと感じているのではないかと思う。

■“フルタイムで10割の給料” vs “ハーフタイムで9割の給料”

 例えば、1ヵ月に20日間勤務の会社で、10日間を休業扱いにしている人がいた場合、10日間の給料は通常通り会社から支給されるが、残りの10日間は会社から給料は出ず、代わりに国から8割分の給料が支給されることになる。
 仮に、この会社の月給が20万円だった場合、10万円は会社から支払われ、8万円が国から支給されることになる。つまり、半分(5割)の労働時間で通常の9割分の給料が支払われることになる。

 会社から10万円 + 国から(10万円×80%=)8万円18万円

 どうしてもローンの支払い等で満額(この場合は20万円)必要というような人でもない限り、“フルタイムで10割の給料”と“ハーフタイムで9割の給料”を比較すれば、後者の方が良いという人がほとんどだろうと思う。
 倫理的に善いか悪いかはともかく、残念ながら、現制度は働かない方が得をするという制度になっていることは否定できない事実だ。

■「1日6万円のコロナ補償」は“売上”ではなく“利益”と比較するべき

 現在実施されている飲食店の夜間時短補償にしても、20時以降に営業しなければ、1日6万円が支給されることになっている。店舗の規模と従業員の人数にも依るが、数人程度の所帯であれば、6万円をもらった方が得だという店舗も結構あるのではないかと思われる。

 テレビのニュース番組で、「20時以降に10万円以上の売上があるのに、6万円では足りない」と言っている人がいたが、この意見は少しおかしい。

 国から支給される6万円を、店舗の売上と比較するのは間違っている。比較するべきは、売上から経費を除いた利益の方である。
 飲食業の利益率は比較的高いとも言われるが、実際は千差万別であり、牛丼チェーンのような店舗であれば、利益率はかなり低い。昔は利益率が数%と言われていた時もあった。

 多めに見積もって、仮に牛丼1杯500円で利益が100円だった場合、20時以降に牛丼600杯を売上げなければ利益は6万円に届かないということになる。20時以降に牛丼600杯も販売するほど繁盛しているような店舗があるだろうか? もし無いのであれば、国から6万円の補償金をもらった方が経営的には合理的ということになる。

■コロナ禍をハードランディングするべからず

 先述した企業と店舗の現状を観ると、コロナ禍による国の補償は、皮肉にも企業経営や店舗経営には欠かせないものになってしまっていると言うことができる。これらをいきなり打ち切って0にするとハードランディングして経営破綻する企業が数多く出てくると思われるので、さすがにできないだろうし、そのような梯子を外すような真似はするべきではない。政府は、いきなり0にするのではなく、段階的に支給額や支給率を引き下げていく手段を採ることが望まれる。

 現在、「コロナ特別雇用調整助成金」が8割支給なのであれば、6ヶ月単位か1年単位で7割、6割、5割、4割、3割…と引き下げていけば、どこかの時点(数年後)で、助成金をもらうよりも働いた方が良いという判断になると思われるので、被害を最小限に抑えてソフトランディングすることができる。

 政府からは「予算が無い」という言葉をよく耳にするが、その辺は全く問題ではない。
 国民に対して補助金や助成金を配ることを「お金を借りること」だと思っている人が大勢いるが、その発想は間違っている。正しくは「お金を増やしている」に過ぎない。

 国がお金を刷って配れば市場にお金が増える。そのお金は税収から得たお金ではないので、返さなければならないという理屈はどこかおかしい。
 お金の量が有限の金本位制であれば、借りたお金は返す必要があるが、お金の信用創造が罷り通っている現代の金融システム下では、税収に関係なくお金を増やすことができる。
 しかし、あまりにもお金を増やし過ぎることによる副作用は考慮しなければならない。現代の政治家が注意しなければならないことは、その副作用のみであり、税収の多寡ではない。

 コロナ禍をソフトランディングさせることができるか、それともハードランディングにしてしまうか。もし後者しか選択できないのであれば、それは人災であり、その政府は無能の誹りを免れない。

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posted by 自由人 at 23:12 | Comment(0) | 経済
2021年01月27日

「PCR検査病」という悲喜劇


■冬場のウイルス活性化は避けられない

 11都府県に「緊急事態宣言」が発令されたことで、夜8時以降は飲食店のほとんどがシャッターを降ろしており、一時的に(2月7日まで)街の明かりが消えてしまうことになった。

 正直なところ、夜8時以降と夜8時以前でコロナ感染率がそれほど変わるとも思えないのだが、巷では新型コロナウイルスがコウモリ由来のウイルスということになっているので、ウイルス自体も夜行性だと思われているのかもしれない。
 あるいは、新型コロナウイルスは日光(紫外線やビタミンD)に弱いとも言われているので、日が暮れた後はウイルスが活発化するとでも思われているのだろうか。

 新型コロナウイルスは、他の風邪やインフルエンザウイルスと同様、気温が4〜5℃になると活発化するらしい。ウイルスとは逆に気温が低くなると人間の免疫力は低くなるので、冬場になると感染者が増加する。これは物理的に、ある程度は避けられないことなので、感染予防をどう頑張ったところで、夏場のようにはいかない。

■「PCR検査数」の増減に縛られた社会

 この1年間、コロナ禍の中を過ごして分かったことは、コロナ感染者の増減とは「PCR検査数」の増減でしかないのではないか?ということ。

 一昨年まで、風邪やインフルエンザで病院に行くような人は、必ず症状が有る人だった。
 毎年、インフルエンザに感染する人は1000万人とも言われていたが、大部分は無症状者か軽症者なので、病院に行く人が1000万人いるというわけでもなかった。

 ところが、新型コロナウイルスの場合は、マスコミが必要以上に危機を煽るものだから、症状も無いのに検査して欲しいという人が殺到し、無症状者が感染者(正しくは陽性者)にカウントされることになってしまった。
 ゆえに、PCR検査数が増えれば増えるほど、感染者(正しくは陽性者)も比例して増えるという結果を生んでしまった。

■「PCR検査病」を患った社会

 もっと詳しく言えば、PCR検査には「Ct値」というものがあり、「Ct値」を上げれば上げるほど、感染者(正しくは陽性者)が増えることになる。「Ct値」についての詳細は、ここでは敢えて触れない。
 先日、吉村知事もそのことを述べて物議を醸していたが、「Ct値」を下げれば、間違いなく感染者(正しくは陽性者)は減少する。

 台湾のコロナ感染者数が少ないのは、「Ct値」が低いことが原因と言われている。日本は各国に比べて「Ct値」が高いにも拘らず感染者数は低い部類に入るので、かなり安全な国だと言える。
 
 現在、世間では、感染者(正しくは陽性者)が増えた、減ったと一喜一憂しているが、昨年同様、春になって少し暖かくなれば、自然に感染者数は減少に転じるだろう。それが待てないのであれば、人為的にPCR検査の「Ct値」を下げれば、今すぐにでも感染者数を激減させることができる。

 コントロール可能なPCR陽性者数の増減で一喜一憂する社会。陽性者が減少すれば喜び、陽性者が増加すれば悲しむ、これぞまさに「PCR検査病」だと言える。



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posted by 自由人 at 00:27 | Comment(0) | コロナ問題
2021年01月15日

KDDIの「povo(ポヴォ)」は紛らわしいのか?


■KDDIの新料金プランを批判する武田総務相

 KDDIが発表した月額2480円の大手キャリア最安料金プラン「povo(ポヴォ)」に対して、武田総務相は不快感を示したと伝えられている。

 武田総務相曰く、「非常に紛らわしい発表だった

 その具体的な理由は、auの出した料金プランには通話料が含まれておらず、他社における無料通話料金(500円)を含めると実質的には他社と変わらないということらしい。

 しかし、この言い分は少し違うのではないかと思う。

 5分間まで通話無料の他社のサービスというのは、電話を頻繁に使用する人、もっと詳細に言えば、有料通話を利用する人を対象としたものである。毎日電話するような人にとっては、月額500円で通話し放題というのは魅力的かもしれないが、ほとんど電話をしない人からすると、無料通話が500円でも高いということになってしまう。

■「民間の価格競争」と「官の価格統制」

 世の中にはスマホでは電話しないという人も大勢いるし、無料の通話アプリ(LINE電話等)や050のIP電話を双方で利用すれば無料で通話できるため、有料の通話サービスは、そもそも必要ないという人も大勢いる。

 そういった人々は、スマホの基本料金をなるべく低く抑えたいと思っているので、無料通話料金を省いた料金プランでも歓迎という場合が多いのではないだろうか。

 武田総務相にしてみれば、携帯4社ともに月額2980円で統一してくれた方が公平な競争になると思ってのことなのかもしれないが、他社に抜け駆けして利を取るのが民間の営利企業の基本的な経営スタイルでもあるので、それを「ズルい」と批判するのはお門違いではないかと思われる。

 そもそも、価格競争を無理強いしたのは武田総務相自身であって、4社揃って同じ料金を提示することを求めたわけでもない。もし、4社が同じ料金にしなければいけないと言うのであれば、それは民間の価格競争ではなく、官の価格統制になってしまう。それなら、初めから「4社ともに2980円にしなさい」と言っているのと同じことになってしまう。

■国民のウケが悪い「一律平等料金」

 「基本料金」と「通話料金」を分けることは、紛らわしいことではなく、むしろ、曖昧さを排した分かりやすい料金体系だと言える。この考えの根底には「従量制」というものがあり、サービスを利用した人だけが料金を請求されるという分かりやすい料金制度でもある。

 一方で、無料通話料金一律500円という制度は、サービスを利用した人も利用しない人も、同額の利用料金を請求されるという意味で、非常に紛らわしい料金制度だとも言える。

 そして、その料金体系は、NHKに通じるものがある。NHKの番組を観た人も観ない人も同じ料金を請求されるという意味で、「一律平等料金」というのは、国民のウケが悪い。

 NHKの番組を四六時中観ているような人にとっては、一律平等料金は安く感じられるのかもしれないが、NHKの番組を全く観ない人にとっては、一律平等料金は有り難迷惑な制度でしかない。

 仮にNHKが「基本料金」と「視聴料金」を分けた場合、次のような料金制度が考えられる。

 基本料金200円  視聴料金は従量制(0円〜1000円)

 こういう柔軟な料金コースの方が、一律平等料金よりも良いことは火を見るよりも明らかだと思う。
 同じ理屈で、スマホの「基本料金」と「通話料金」を分けることは、決して紛らわしいことではない。
 
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posted by 自由人 at 20:11 | Comment(3) | 経済
2021年01月11日

「PCR検査キット」の返送に危険性は無いのか?


■新型コロナウイルス入りの郵便物の取り扱い

 昨年、1日数千人程度だったPCR検査数は、現在では10万人近くにまで増加している。そのうちの陽性者数は7000〜8000人程度。厚生労働省のホームページでは「陽性者数」と明記されているが、なぜかマスコミでは今でも「感染者数」と報道している。

 「陽性者」と「感染者」は全くの別物ということは既に分かりきったことなので、ここでは敢えて指摘しないが、なぜこれほどまでにPCR検査数が急激に増加したのかと言えば、一般の安価なPCR検査が増加したことが大きな原因だろう。

 しかし、この一般的に行われているPCR検査には、1つ、大きな疑問点がある。それは、コロナウイルスが入っている可能性が有る唾液採取キットを郵送で返送する危険性というものが全く無視されていることだ。

 郵送できるのかどうかは不明だが、例えば、検尿や検便を行った容器なら郵送で返送しても、せいぜい臭う程度で、第三者の健康を害するような被害は生まれないだろうけれど、新型コロナウイルスが入っている容器等を普通の郵便物として送ることには、当然、危険性が生じる。

■新型コロナウイルスを郵送してもノープロブレム?

 プロの医療者が責任を持って唾液検査キットを密閉して送るならともかく(それでも危険性が有ることには違いないが)、一般人がその責任を果たしているという保証がどこに有るのだろうか?

 検査キットをヘタに扱って、唾液を採取した容器を完全に密封できず、容器の外にウイルスが付着している可能性だって十分に有り得る。そういった誰でも気が付きそうな危険性を指摘する専門家や医者はなぜ誰もいないのだろうか? これだけ三密やらソーシャルディスタンスやら手洗い、アルコール消毒などとヒステリックに騒いでいる当の本人達が、全くそのことを指摘しない。この状況はどう考えても不自然だ。

 以前、炭疽菌入りの封筒が郵送されて大騒ぎになったテロ事件が有ったと思うが、コロナウイルス入りの郵便物はノープロブレムなのだろうか?

 医療の専門家でもない郵便局や宅配業者の職員が、そういった危険な郵便物を取り扱い、誤って郵便物を落とすとか、郵便物をぶつけて壊れてしまった場合、コロナウイルスが漏れて職場にクラスターが発生するという危険性は考慮しなくてもよいのだろうか?

 命の危険性が有るウイルスということで、コレラや赤痢よりも重い二類感染症に指定し、その危険性を大々的に報道する傍ら、その危険なウイルスを郵送で送り返すというようなザルな制度が平然と成り立っているという矛盾。

 誰か、この矛盾を論理的に説明できる人がいるのなら、是非、御教示願いたい。


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posted by 自由人 at 17:22 | Comment(0) | コロナ問題
2021年01月10日

「前代未聞」「空前絶後」「驚天動地」の大事件


■「アップル、お前もか…」

 ツイッターがトランプ大統領のアカウントを永久停止すると発表した。ツイッターだけでなく他のSNSメディアもこの動きに追随する姿勢を見せており、アメリカが中国のような情報統制国家にならんとしている。これは非常に危険な兆候だ。

 以前、グーグルが「中国では情報統制がキツ過ぎてビジネスができない」と漏らし、中国市場から撤退するというようなこともあったので、その姿勢を高く評価していた人も多かったと思うが、今では、全く逆の姿勢になってしまったので、暗澹たる気分になっている人も多いと思う。

 グーグルだけでなくアップルまでが追随する姿勢を表明しており、長年のアップルユーザーの私としては複雑な気分になってしまった。これが裏事情があっての一時的なものであることを願いたい。

 アメリカの大手メディアは大統領選の真実の報道を一切行わず、大衆に対して平然と嘘を垂れ流しているような状態が続いている。この不条理極まりない虚偽報道は、真実の情報を知る人達にとっては、まさに、はらわたが煮えくり返るような思いだろうと思う。

 日本では「米メディアが報道するところでは…」という保険的な前置きを付けてアメリカの大手メディアの報道をそのまま垂れ流すだけなので、内容的にはアメリカの大手メディアと全く同じ報道になっている。

 これはもうアメリカ1国の不正選挙というレベルの話ではなく、全世界を舞台にした極左クーデターであり、「前代未聞」「空前絶後」「驚天動地」という言葉を冠しても足りないほどの大事件だと言える。現状は内戦の状態に収まっているように見えているが、今後、数百年間、場合によっては数千年は語り継がれる「第3次世界戦争」の口火が切られた状態だとも言える。

■「日本は悪かった」と「トランプは悪かった」

 全世界で1億人以上を殺害し、10億人以上を奴隷化した共産主義の危険性を実体験として経験したことのないアメリカの一般国民は、この危険性が理解できないのだろうか? この辺は日本と同じで、マスメディアの発信する情報を神の御託宣と信じて疑わない人が多いのかもしれない。

 現在のアメリカのマスコミの報道姿勢は、かつて第二次世界大戦後に日本で行われたマスコミの報道姿勢と相通じるものがある。「日本は悪かった」という言葉を「トランプは悪かった」と置き換えてみれば、全く瓜二つだということが分かる。そして、この2つの報道姿勢を作り出した勢力も同じものであるということを知る必要がある。(今回は別の複数の勢力が関わっているが)

 「アメリカは1枚岩ではない」ということは以前からブログに書いてきた。そのアメリカの影の部分が、この情報戦を操っていると思われるが、その1つに「CIA」という組織がある。

 「CIA」という組織は日本では正義の味方という風に思っている人が多いが、実体は全く違う。「CIA」の前身は「OSS」という組織であり、この「OSS」という組織は左翼的なプロパガンダ機関であり、戦前に既に現在の日本国憲法の起草に関わっていたとも言われている。
【参考文献】戦後日本を狂わせたOSS「日本計画」―二段階革命理論と憲法(田中英道著)

 1月20日の大統領就任式までに、何か大きな事件が起こる可能性がある。「前代未聞」「空前絶後」「驚天動地」、そんな言葉を冠しても全く足りないほどの大事件が…。


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posted by 自由人 at 11:48 | Comment(0) | 国際問題
2021年01月02日

コロナ禍で必要な「お金の量を増やす」という考え方


■コロナ禍でも株式市場が活況な訳

 コロナ禍において1度は大暴落を演じた株式市場だったが、その後は予想通り急騰し、2020年末時点では、ニューヨークダウは30606ドル、日経平均株価は27444円となり、30年ぶりの高値を記録した。

 「コロナ禍で経済が滞っているのに、なぜ株価が騰がっているのか?

 最近、そういう意見をよく耳にするが、その理由の1つは、多分、以下の通り。

 「行き場を失った余剰資金が株式市場に向かったから

 コロナ禍で各国政府は、巨額の財政政策を行い、国民にお金を配った。世の中には、そのお金を生活費の足しにする人がいる一方で、全く必要としていない裕福な人もいる。そういった人々を区別せずにお金を配った(後述するが、これは正しい判断)ため、後者の人々は、余裕資金ができたということで、株式市場に資金が流れた。実にシンプルな理屈だ。

 滞っているビジネスに資金を投資するよりも、まともに動いている株式市場に投資する方がリターンが見込めるという理由によって、株式市場は活況化した。

 上場企業の安定的な経営で成り立っているはずの株式市場が、不安定な経営状態であるにも拘らず安定しているという矛盾。需要が見込めないビジネスよりも、旺盛な需要が存在している株式市場に資金を投入した方がリターンが高くなるというパラドックスが生じた。

 結局、お金というものは、需要の有るところに向かう。コロナ禍はそのことを嫌というほどに証明してしまった。

■バラマキ政策で意見が分かれる訳

 今回の各国政府のコロナ禍におけるバラマキ政策を、肯定的にとらえる向きと、否定的にとらえる向きがある。
 総じて言うと、MMTに理解を示す人々は肯定的だが、MMTに理解を示さない人々は否定的となっている。毎度のことながら、国の借金は返さなければならないというゴリゴリの思考から脱却できない人々は、コロナ禍でバラまいたお金は、増税によって回収しなければならないと思っているようだ。

 誰かがMMTの話をすると、必ずと言っていいほど「無税国家論」を用いて反論する人がいる。曰く、「MMTが可能なら無税国家にすればいいじゃないか」というもの。

 しかし、MMTを理解している人なら誰でも、MMTは無税国家の下では成り立たないということを知っている。少しでもMMT関連書籍を読んでいれば、大抵の本にはそのことが書かれている。「無税国家」という言葉を用いて反論してくる人というのは、おそらく全く本も読まずに反論しているのだろうと思われる。

 MMTの理解・無理解に関係なく、バラマキ政策について意見が分かれるのは、「公平性」という観点からだろうと思う。真面目に働いている人と、真面目に働く気が無い人を同じ扱いにするのは不公平だという観点がある。例えば、真面目に働いている人に資金的な補助がなく、真面目に働く気のない人にだけ資金的な援助が有った場合、そこには不公平感が生じる。

 だから、苦労してお金儲けをした人に限って、バラマキ政策には否定的になる傾向がある。バラマキの否定は、個人の努力による結果が蔑(ないがし)ろになってしまうという憤りのような感情があることと無関係ではないと思う。

■MMTを理解できない政治家がバラマキ政策の手綱を握る危険性

 しかしながら、真面目に働いている人にも、真面目に働く気が無い人にも同じようにバラマキを行うということであれば話は別になる。

 国民全員に対して、同額のお金を配るということなら不公平感は生まれない。その政策なら、1人1人の国民の手持ち資金が底上げされるという結果を生むだけであり、誰かが得をして、誰かが損をするというものではない。要するに、国内のお金を均等に増加させるという効果を生むだけなのである。

 もし、お金の量を常に一定に保つ必要があるなら、人口が2倍になった場合、お金の量がそのままでは、1人1人の手持ち資金は半分になってしまうことになる。それとも、人口が2倍になれば、キッチリお金の価値が2倍になり、キッチリ物価が2分の1になると言うのだろうか?

 国民経済において、お金とは、どれだけの量が流通しているかが重要なのであり、どれだけの量のお金が有るかは、それほど重要なことではない。

 政府が注意しなければならないことは、国民が増えたお金をどれだけ消費するかという点のみ。国民全員が配ったお金を湯水のように使うようなことになると激しいインフレになる危険性があるので、その点だけを注意して、配るお金の量を調整しなければならない。
 逆に言うと、それさえ問題にならなければ、単に国内のお金の量が増えるだけのことなので、何の問題も発生しない。

 バラマキ政策で問題となるのは、MMTや経済を理解できない政治家がMMTを悪用することである。無税国家が成り立つというような誤解や、どれだけお金をバラまいても大丈夫というような曲解をするような政治家がバラマキ政策の手綱を握った場合、国民を翻弄して本当に悪性のインフレを招く危険性があるので、その点だけは最善の注意が必要になる。



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posted by 自由人 at 18:12 | Comment(0) | 経済