2020年09月25日

新型コロナウイルスの常識破壊【無意味化した効率化】


■コロナ禍で「仕事を効率化せよ」は無意味

 菅新総理(菅内閣)の発言等を聞いていると、「改革」という言葉を前面に出しており、自民党と言うよりも、どこか日本維新の会風の発言に聞こえることがある。

 社会の効率化を目指すことは悪いことではないのだが、極限まで需要の落ち込んだ現在のコロナ禍による超デフレ社会において、果たして「改革」と称して効率化を目指すことは時期的に見て本当に正しい政策なのだろうか?と疑問に思うことがある。

 例えば、現在のコロナ禍では、仕事量が減少して残業せずに定時に帰れるようになった人は多いと思う。定時まで仕事が有る人はまだしも、時短や休業状態で労働時間が激減している人も多いのではないかと思う。
 そんな状況下に置かれている大部分の会社内で、部下に対して「仕事を効率化せよ」と言っている上司の姿を思い浮かべてみると、どこか可笑しくないだろうか?

 「仕事を効率化せよ」と言っても、肝心要の仕事自体が大幅に減少している時に、闇雲に「仕事を効率化せよ」と言われても、困ってしまうのではないだろうか?

 仕事が忙しくて大量に仕事が溜まっている場合、「仕事を効率化しなければならない」と思うことは理に適っている。しかし、仕事が減少して手持ち無沙汰な時に仕事を効率化しても、後に続く仕事が無いのであれば、あまり意味があるとは思えない。

■「効率化すれば景気が良くなる」条件とは?

 このコロナ禍で多忙になった業種(配送業など)であれば、効率化することによって新たな仕事が入ってくるような好循環が生まれるかもしれないが、コロナ禍で開店休業状態になった業種(飲食業など)の場合、効率化しても意味が無い。

 世界でただ1国だけ、20年以上にも及ぶ慢性的なデフレが続く日本では、長らく「効率化は良い結果を齎す」ということが信じられてきた。デフレであるのは非効率な社会のせいだと信じ込まれてきた。「効率化すれば仕事が増える」「効率化すれば景気が良くなる」という言葉を疑うことなく受け入れてきた。

 しかし、コロナ禍によって、「効率化すれば景気が良くなる」というような思い込みは実は正しくなかったということが判明した。より正確に言うなら、効率化が正しいとなるには、ある条件が必要だということが嫌という程に理解されるようになった。
 その条件とは何か? それは単純に、「景気が良い(仕事が滞り無く循環している)時」という条件だ。

■デフレでも「効率化」を目指す真面目な日本人気質

 昨年の今頃、飲食業界は空前の人手不足で従業員(アルバイト)の奪い合いのような様相を呈していたことは記憶に新しい。そういう事情から、昨年の飲食業界はどこもかしこも業務の効率化を進めることで仕事を回していた。

 しかし、今年は打って変わり、足りない人員を穴埋めするための学生アルバイトの募集すら全く無いような状態になっている。こんな状態で、効率化を進める意味があるのか?と問えば、誰もが「無意味だ」と思うのではないかと思う。

 仕事(需要)が有り余り、インフレ気味になっているような景気の良い時代であれば、非効率は悪であり、効率化は善になる。
 では逆に、仕事(需要)が減少し続け、デフレ気味になっているような景気の悪い時代であれば、どうなるだろうか?
 それでも、「非効率は悪であり、効率化は善になる」となるだろうか?

 日本の多くの人々は、実はそう思ってきたし、今もそう思っているのではないかと思う。

 しかし、コロナ禍によってデフレが底抜けしてしまったことで、「非効率は悪であり、効率化は善になる」という認識は、どこか間違っているのではないか?と気付き始めている。

 景気の良い時には「効率化」を目指し、景気が悪い時には「非効率化」を目指す。日本がデフレから脱却するために必要なことは、実はそんな受け入れがたい単純なことなのかもしれない。

 好況であろうと不況であろうと、「効率化」だけを目指す真面目な日本人の気質が災いして、デフレから脱却できないのだとすれば、なんとも皮肉な話だ。

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posted by 自由人 at 22:28 | Comment(0) | 経済