2020年08月07日

不思議の国のコロナ禍【死亡者数よりも感染者数が重要視される国】


■なぜ「感染者数」のみに囚われるのか?

 毎日、毎日、来る日も、来る日も、「感染者数」という言葉だけが踊り、その言葉によって同じように踊らされている人々のなんと多いことだろうか。
 「感染者数」と「死亡者数」を混同したかのような言説の数々には辟易としてしまうが、なぜ、その2つを分けて考えることができない人が、こんなにも多くいるのか不思議で仕方がない。

 現在は「感染者数(陽性者数)は増加しているが、割合的には死亡者は大きく減少している」、これは誰も否定できない厳然たる事実であるのだが、なぜその重大なポイントを都合良くスルーするのだろうか?

 ●感染者が増加すれば死亡者も増加する
 しかし
 ○感染者は増加したが死亡者は増えない

 これを、交通事故に置き換えると

 ●交通事故が増加すれば死亡者も増加する
 しかし
 ○交通事故は増加したが死亡者は増えない

 この場合、考えられる原因とは何だろうか?

 単純に考えると、交通事故の敷居が下がった可能性が考えられる。例えば、これまで交通事故として取り扱わなかった事故(自転車や歩行者の事故など)を交通事故としてカウントするようになった場合は交通事故数は増加しても死亡者は増えない。

■新型コロナウイルスを「赤潮(プランクトン)」に喩えると

 現在のPCR検査によるコロナ感染者数の増加というものは、喩えて言うなら、漁師が投網を大きくしたことによって、大漁となった姿と似通っているとも言える。投網の大きさをこれまでの10倍にしたので、捕れる魚の量も10倍になったようなものかもしれない。

 これまでの小さな投網で捕れた魚の中にも死んだ魚が何匹も見つかったが、大きな投網で捕れた魚の中には、なぜか死んだ魚はほとんどいないという状態。捕れる魚の量は10倍になったのに、傷付いた魚も、死んでいる魚も大幅に減少した。その原因は何だろうか?

 普通に考えると、海の環境が良くなったということができると思う。魚に危害を加える赤潮(プランクトン)の毒性が弱くなったのか、あるいは赤潮が少なくなったと考えるのが妥当なところだろう。

 漁師A「おい、大変だ、投網を大きくしたら大漁になっちまった!」

 漁師B「馬鹿かオメーは。そんなの当たり前じゃねーか。」

 漁師A「しかしおかしいな、大漁になったのに、全くと言っていいほど魚は死んでねーし、傷も付いてねーぞ。」

 漁師B「そりゃ良いことじゃねーか。何を驚く必要があるんだよ。」

 漁師A「いや、しかし、今はおっかない赤潮が増えてるっていう悪い噂を耳にするしな。」

 漁師B「捕れた魚が元気なら、何の問題もねーだろうが。」

 漁師A「いや、しかし・・・危ないから漁は中止した方がいいんじゃねーか?」

 漁師B「・・・・・」

 現在の日本のコロナ禍の状況を風刺すれば、こんな感じになるのだろうか。

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posted by 自由人 at 23:01 | Comment(0) | 社会問題