2020年06月30日

「香港国家安全維持法案」の可決が意味するもの


■日本とは真逆の「香港国家安全維持法」

 中国の全国人民代表大会で「香港国家安全維持法案」が可決した。この法案にはテロ活動を防止する目的も含まれているので、日本で言うところの、かつての「治安維持法」のようなものだとも言えるだろうか。しかし、同じような法案でも、日本と中国では主客が転倒している。

 日本における「治安維持法」は主に共産主義者の暴力行為などを取り締まることを目的としたものだったが、中国の「香港国家安全維持法」は共産主義者が民主主義者のデモを取り締まるものとなっている。

 そう考えると、如何に出鱈目な法案かということが分かりそうなものだが、香港人を含め、諸外国では既に法案は施行されるものだと諦めムードを醸し出している。

 1997年から50年間は「一国二制度」を維持することになっていたはずが、半分にも満たないわずか23年間で「一国二制度」は反故にされようとしている。

■中国の「一人っ子政策」が齎す悲劇

 香港に住んでいる人々の怒りと落胆は察するに余りあるが、日本人もいつまでも対岸の火事(他人事)だと思っていてはいけない重大な問題だ。

 中国は40年程前に施行された「一人っ子政策」によって、生まれてくる子供の男女比が歪になり、極端に男性が多い社会になった。「一人っ子政策」は2015年には解除されたものの、既に時遅しで、結婚適齢期の男性が女性よりも3000万人以上も多くなったと言われている。

 仮に中国が少子高齢化を食い止めるために人為的に全国民に結婚するように強制したとしても、この3000万人の男性の結婚相手を見つけることは中国国内では物理的に不可能になる。

 ではどうするか? ここからは半分ブラックジョークだが、保守系の書籍などを読んでいると同じようなことが書かれている。それは、中国が日本を侵略すれば解決されると。要するに、3000万人の中国人男性が妻として娶るのは侵略された日本人女性になるというブラックジョークである。

 しかしながら、香港がこうも容易く中共の手に落ちたとなると、このブラックジョークは少し現実味を帯びてきたと言えるのかもしれない。

 「香港国家安全維持法案」の可決、それが意味するものは殊の外大きく、我々日本人にとっても無視できない大きな問題だということにもっと目を向ける必要がある。

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posted by 自由人 at 20:52 | Comment(0) | 国際問題
2020年06月28日

フェイスブックは情報統制企業になるのか?


■「言論の自由」で揺れるフェイスブック

 ヘイトスピーチ投稿の放置が問題となっているフェイスブックへの広告出稿を停止する企業が増えているらしい。大手企業までがフェイスブックとツイッターへの広告を出さないと発表しており、先週、同2銘柄の株価は急落した。

 この問題は、基本的にトランプ大統領の投稿を制限せずに公開していることが問題だということで、リベラル派が抗議していたことがそもそもの発端だった。要するに、政治案件であるわけで、個人個人の一般人の投稿がヘイトスピーチであるかどうかをチェックせよというような問題でもない。

 一口に「ヘイトスピーチ」と言っても、どこからどこまでがヘイトスピーチに該当する投稿なのかをいちいち調べていてはキリが無い。そんなフィルターをかけることは最新鋭のAIでも不可能だろうし、人間が1つ1つの投稿に目を通すことも物理的に不可能だろう。仮にトランプ大統領の投稿だけを人間がチェックしたとしても、文脈までチェックできるかどうかは分からないので、せいぜい、言葉だけで判断するしかない。

 ちなみに、BLOGOSでも記事の転載時に「ば○」という言葉は、自動的にデリートされていたことがある。「ば○り」という言葉の「ば」と「か」が削除されて「り」だけとなっていたことがあるので、以後、「ば○」と書く時は「か」部分を「○」にしている。

 話をフェイスブックに戻すが、そんなチェックを入れると投稿にタイムラグが発生してしまうことになる。リアルタイムで投稿できることがウリのSNS投稿で検閲のためのタイムラグが発生してしまえば、投稿する人が激減してしまうだろう。

 となると、最終的に行き着く結果は、特定の個人であるトランプ大統領の発言の抹消しか無いということになる。トランプ大統領が「SNS投稿を止める」と言い出すか、フェイスブックやツイッター側がトランプ大統領の投稿を禁止するしかないということになる。しかしこれでは、「言論の自由」に反していることになる。

■時代によって変わる「正確な情報」と「不正確な情報」

 姿の見えない匿名者が陰に隠れてヘイトスピーチ投稿を繰り返しているというなら問題だが、トランプ大統領は誰よりもテレビに顔を出している有名人であり、どんな発言であろうと責任を持って投稿している。そういった人物の投稿を禁止にするということなら、それはSNS企業の自殺行為であり、中国と同じ情報統制企業になってしまう。

 ネット上ではよく「不正確な情報」を載せてはいけないと言われるが、「正確な情報」と「不正確な情報」を誰がどうやって分けるのだろうか? 社会の常識などは、時代によって簡単に様変わりしてしまうことは誰もが知っている。簡単な例で言えば、「天動説」と「地動説」というものであっても、「天動説」が常識であった時代に「地動説」を言い出す人がいると、それは「不正確な情報」と判断されてしまうことになる。

 本来は、「地動説」こそが真実であるのに、その時代や人々の認識力の低さによって、それが「正確な情報」と判断されず「不正確な情報」と判断される。それが正しいことでないことは現代人であれば誰でも知っている。
 しかし、これと同じように現代では「不正確な情報」と思われていたとしても、実は「正確な情報」があるかもしれない。現代ではトンデモ論だと認識されているようなことが実は真実である可能性も大いにある。かつての「地動説」と同じように「正確な情報」を「不正確な情報」と判断してしまっていることも有って然るべきなのである。

 「そんなものは無い」と言う人がいたとすれば、その人物はかつての「天動説」論者である。現代の科学こそが最先端であると認識しているのだとすれば、その人物は既に科学者ではない。

 「正確な情報」と「不正確な情報」は時代によって変わる。SNS企業が、その事実を否定し、特定の人物の投稿を検閲し、現時点の常識だけで「正確な情報」を判断するようになれば、それは、かつての「地動説」を否定した人々と変わらないことになってしまう。

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posted by 自由人 at 11:08 | Comment(0) | 社会問題
2020年06月27日

水面下で行われている米中情報戦争


■黒人差別デモは「2密デモ」

 一度は減少に転じたアメリカの新型コロナウイルス感染者数が再び増加しつつあり、ニューヨーク、ニュージャージー、コネチカットの3州は、感染者が増加傾向にある8州からの訪問者に対して、2週間の自主隔離を求めている。

 誰も表立って指摘していないようだが、この8州の中には黒人差別デモが大々的に行われているカリフォルニア州も含まれている。カリフォルニア州における1日のコロナ感染者数は7000人を超えており、最も感染者数が増加している州でもある。

 その原因は言うまでもなく「密集デモ」にある。コロナ感染者までがデモに参加しているわけだから、密接・密集を破った2密デモということになる。これでは感染者が増加しても仕方がないとも言える。

 差別を無くすことが命を守ることよりも優先されているような状況であるので、文字通り、命懸けのデモとなっている。しかし、暴動を伴った無差別デモでは黒人差別を無くすという意味で逆効果にしかならないような気もする。そんなデモに命を懸けても命の無駄遣いにしかならないような気もする。

■黒人警官が白人に暴力を振るえば?

 アメリカでは白人警官が白人に暴力を振るうこともあるし、黒人警官が白人に暴力を振るうこともあるし、黒人警官が黒人に暴力を振るうこともある。今回は、たまたま白人警官が黒人に暴力を振るい死に至らしめてしまったという殺人事件であって、差別事件と断定するのは無理が有るとも言える。もし、黒人警官が白人に暴力を振るい、今回のように死に至らしめるような事故があった場合、「白人差別だ」と言うのだろうか?
 あるいは、白人警官がアジア人を殺してしまった場合、「アジア人差別だ」としてデモを行うのだろうか?

 警官と犯罪者が取っ組み合いになって、どちらかが負傷するという不幸な事故は今に始まったわけではなく、これまでにも何度も発生してきたことであり、日常茶飯事的に行われていることでもある。犯罪者が抵抗して命の危険が迫った時には拳銃を発砲することが許されているアメリカでは、正当防衛として犯人に拳銃を発砲することも枚挙に暇がない。これは、アメリカだけでなく、日本でも命の危険がある場合は、正当防衛として犯人に対して拳銃を発砲しても罪に問われないケースもある。

■米中情報戦争が行われている可能性

 今回の黒人差別デモはタイミング的にも、かなり疑わしい部分がある。今年はアメリカの大統領選もあるので、政治的な意味での妨害工作としての側面も疑わざるを得ず、香港での中国批判デモも行われているので、そのデモに対するカウンターパンチとしての側面も疑わしい。新型コロナウイルス騒ぎによる中国批判を躱すために白人による黒人殺人事件を利用したと考えられなくもない。

 もしそういう意図があって行われているデモであれば、アメリカでのコロナ感染者数を増加させ、トランプ大統領の信用を失墜させ、中国批判をアメリカ批判にすり替えることもできる。まさに一挙三得、穿った見方をすれば、実に巧妙な妨害工作とも考えられる。

 結果、黒人差別は深刻化し、コロナ感染者が激増し、アメリカ社会は疲弊する。このデモの裏では、米中情報戦争が行われている可能性があるということにも目を向ける必要がある。
 もしそうであるなら、アメリカもいつまでも指を咥えて黙っていないだろう。大統領選挙前に大きな動きがあるかもしれない。
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posted by 自由人 at 10:41 | Comment(0) | 国際問題
2020年06月24日

「マスク教」への入信を勧める「マスク警察」


■聖なるアイテムと化した「マスク」

 梅雨のシーズン真っ只中となり、随分と蒸し暑くなってきたせいか、1日中、マスクを着けるのも鬱陶しい季節になってきた。
 しかし、案の定と言うべきか、コロナが一時的に終息してもマスクは外出時の必須アイテムとなり、まるで1億総ファッションであるかの如く、マスクを着けた人々が街中に溢れ返っている。その姿は恰もイスラム教徒の女性が身に着けているブルカやニカブのようですらある。

 イスラム教の聖典コーランには、「女性は美しい部分を隠せ」と書かれているらしい。男性は女性の美しい部分を見てよからぬことを考える(欲情して堕落する)ので、女性は美しい部分(口元・髪・肌・ボディライン等)を隠さなければならないらしく、その教えが現代に至るまで固く守られている。

 マスクは口(口紅)を隠す役割しか無いが、女性にとっては毎日、化粧して口紅を塗る手間が省けるという意味では助かるという人もいるようだ。反面、口紅を塗っていない(スッピン)ということで1日中マスクを外せないので困るという人もいるらしい。
 現在は、マスクが必須アイテムになったせいで化粧品(主に口紅)の売れ行きが落ちているそうだが、マスクに付着しない化粧品や口紅が有るなら、逆に売れるかもしれない。

 しかし、こう暑くなってくると、女性でなくても流石に1日中マスクを着けているのは問題だという人も出てくる。
 実際、マスクを着けたまま階段を駆け足で上ったりすると酸素不足で息切れしてしまうことがあるので、夏場はマスクを着ける必要も無いような気もするのだが、世間の空気がそれを許さなくなってしまっている。マスクの効能以前に、エチケットとしてマスクを着用することが求められているため、この「空気」に抗うのはなかなか難しいものがある。

■「自粛警察」と「マスク警察」の共通項

 さて、前置きはこの辺にして本題に入ろう。今回のお題は「マスク警察」というもの。

 政府の「自粛要請」や「緊急事態宣言」によって日本には「自粛警察」という存在が出現した。その役割は、自粛していない個人や集団を密告及び糾弾するというもので、かつてのナチス政権下において秘密警察(ゲシュタポ)に協力した一般人のような存在だったとも言える。
 彼らの行動様式は、ある意味で、「あそこにユダヤ人が隠れている」とナチスに密告することに奔走したような人々と似通っており、「あそこに自粛していない人がいる」と密告することを聖なる仕事と認識していたのかもしれない。

 「緊急事態宣言」が解除されたことで自粛する必要が無くなると「自粛警察」は鳴りを潜め、今度はマスクを着けていない人を糾弾する「マスク警察」として生まれ変わった。彼らの共通項を一言で言えば、「全体主義者」だということに尽きる。

 日本でも戦時中にマスコミを中心とする多くの「全体主義者」が生まれた。国のために命を捨てることを当然と煽る「全体主義者」が、軍人に対して国のために死ぬことを煽った。そして彼らは戦後、一転して国を否定する立場に転向し、国は悪いものであり、国を否定することは当然のことであると煽るようになった。
 右から左に立ち位置を180°変えたものの、中道を外れた「全体主義者」的気質を持った人々という意味では本質的に何も変わらなかった。

■社会の見えない「空気」に隷属した「○○警察」

 ついでに言うと、中世ヨーロッパの魔女狩りを行った人々も「全体主義者」的気質を持っていたということでは共通している。真の指導者か、偽の指導者か、その存在の善悪に拘らず大衆を煽動する指導者が現れると、その指導者の言葉を妄信し、その実現のためにひたすら猛進する。彼らの言動により創り出された「空気」は、更なる「全体主義者」を生み出すことになり、社会は、そのスパイラル化した淀んだ空気によって荒廃していくことになる。

 彼ら「全体主義者」は自らの姿を客観視できないという意味でも共通している。芝居で悪人や愚者を演じている者が、その芝居が終わっても、自らの役柄に気が付かない。芝居の中にあろうが、芝居が終わろうが、自分の立ち位置を客観視できない。彼らは、その場の空気に踊らされていることに気が付かない。社会の見えない「空気」に隷属した人々、それが、「全体主義者」の本質でもある。

 マスクを着けないことが異教徒であるかのように批判し、「マスク教」への入信を熱心に説いて回る善意の全体主義者「マスク警察」に注意しよう。



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posted by 自由人 at 20:10 | Comment(0) | コロナ問題
2020年06月20日

新型コロナウイルスが齎す「働き方改革」


■「特別雇用調整助成金制度」の延長が齎すもの

 日本では6月に新型コロナウイルス(第1波)がほぼ終息したものの、多くの企業がコロナ禍による「特別雇用調整助成金制度」を利用しており、6月一杯は半休業状態である企業が多い。そのせいもあるのか、人が動いていない分、全体的な仕事量は減少しており、通常の勤務体制では時間を持て余す企業が多くなっている。おそらく一般的な企業では、仕事量が2割〜4割は減少しているものと思われる。これまで残業続きだったような人は定時帰りとなり、これまで定時帰りだったような人は、半分遊んでいるような状態かもしれない。

 この遊休状態を抜け出すためには、仕事を発注する大元の企業が率先して半休業状態を脱皮していく必要があると思われるのだが、周知の通り、政府は、6月30日までの予定だった「特別雇用調整助成金制度」を、9月30日まで延長した。

 現状、中小企業や下請け企業のセーフティネットとして、制度の延長はやむを得ないとしても、大企業や景気の良い企業まで同じように、この制度を利用し続けると、下請け企業や景気の悪い企業も同じように、いつまでも休業状態を維持しなければいけなくなる。

 もしこのまま日本の多くの企業が9月一杯まで「特別雇用調整助成金制度」を利用し続けるとなると、それが終了した10月頃には、少し気候も涼しくなってインフルエンザの流行と重なるように新型コロナウイルスの第2波が来るかもしれない。そうなると、政府はまた12月一杯まで延長し、12月になってもコロナが収まらないようだと、また3月まで延長と、延々とこの繰り返しになる可能性がある。

■新型コロナウイルスによる「働き方改革」の是非

 このままいくと、そうなる可能性は否定できないと思われるが、政府もいつまでも延々と補助金を出し続けるわけにもいかない。ある程度までは増税せずとも可能だろうけれど、許容範囲を超えてくると日本の官僚が大増税を言い出す可能性もある。

 そうならないためにも、「特別雇用調整助成金制度」を利用しつつも、徐々に経済活動を元に戻していく必要がある。今年中には、コロナ感染リスクを受け入れ、元通りの生活に少しでも近づけるようにしていく必要がある。

 もし、それができないということなら、経済縮小を受け入れざるを得ず、企業の勤務体系そのものを抜本的に見直す必要に迫られることになるだろう。1日5時間労働週休3日制、こういった企業が多くなると思われる。と言うよりも、そうするしか方法がなくなるだろう。物理的に仕事の総量が減少することによるワークシェアリングが不可避になれば、当然、収入も減少することになる。

 これまで馬鹿高い給料を維持するために、下請け企業のコストダウンで帳尻を合わすことしか考えてこなかったような企業は、自社の痛みを伴う改革を余儀無くされることになるだろう。コストダウンするべき下請け企業が無くなれば、当然そうなる。それは、結局のところ、同一労働同一賃金の導入を余儀無くされることを意味する。

 政府の「働き方改革」では実現不可能だった「同一労働同一賃金」が、新型コロナウイルスによって成就される可能性が有るとは、なんとも皮肉な話だが、このままコロナ感染リスクをいつまでも受け入れることができなければ、これまでの歪んだ日本の労働スタイルが音を立てて一気に崩れ落ちる可能性がある。

 新型コロナウイルスによる「働き方改革」、それは、ひょっとすると、良いことであるのかもしれない。


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posted by 自由人 at 06:56 | Comment(0) | 経済