2020年05月09日

アバウトな「体温全体主義」を改めるべき


■「37.5度」と「4日間」という数値の削除

 新型コロナウイルスに感染したかどうかを疑う数値として、「37.5度以上の熱が4日間続いている」という目安が設けられていたが、厚労省はこの目安を取り下げた。

【これまでの目安】
 「風邪の症状や、37.5度以上の発熱が4日以上続く」or
 「強いだるさや息苦しさがある」

【これからの目安】
 「息苦しさ、強いだるさ、高熱などの強い症状のいずれかがある」or
 「高齢者や基礎疾患がある人で、発熱やせきなどの比較的軽い風邪症状がある」or
 「比較的軽い風邪が続く」

 基本的には「37.5度」と「4日間」という2つの数値項目を削除した格好となっているが、これはPCR検査云々とは別にして当然の対処だと言える。

■個人の平熱を考慮しない全体主義的な体温設定

 そもそもの話、人間の体温は個人的にバラツキがあり、中には平熱が37度という人もいるし、平熱が35度という人もいる。平熱が37度の人にとって37.5度は微熱でしかなく、平熱が35度の人にとって37.5度は高熱になってしまう。その違いを全く考慮しない全体主義的な体温設定はどう考えてもおかしい。

 「4日間」というのも、人間の回復力は老若男女関係なく皆一定とする全体主義的な感じがする。その人の年齢や体力や体調によって回復力はそれぞれ違ってくるので、「4日間」と決め付けるのもおかしい。

 あくまでも目安の数値だとはいえ、数値をハッキリと謳ってしまうと、その数値が絶対的な尺度となって、融通が利かない医者も患者も、数値だけに囚われてしまうため、こういった数値はなるべく曖昧にボヤかした方が無難だと言える。

 体温に拘るのであれば、自分自身の平熱を基準として、「平熱よりも2度高い状態が長期間続く場合」という風にするべきだ。

■拘るべきは“体温”ではなく“体調”

 現在、国も企業も「毎朝、起きてすぐに体温を測ってください」と注意喚起しているが、わざわざ体温計で測らなくても熱があれば分かるのではないかと思う。
 私自身の平熱は36度程度なので、37度もあれば、「今日は熱っぽいな」とすぐに分かる。血圧ならいざ知らず、わざわざ体温計で毎朝、体温を測るというのは行き過ぎではないかと思う。毎朝、確認するべきは、“体調”であって“体温”ではないのではないだろうか?

 そういった無意味とも言える全体主義的な指針ができるのも、先に述べたように、個人個人の平熱の違いを考慮していないからだろう。平熱を考慮しないので、どんぶり勘定で最大公約数的な体温(37.5度)が設定されてしまう。何よりも的確さが要求される現在の医療現場が、そういうアバウトな取り決めで運用されることの弊害も考える必要がある。

 世間では、絶対的な数値を決めることが明確な基準(=アバウトではない)だと思われているフシがあるが、相対的な人間の肉体に限って言えば、絶対的な数値を決めることこそが、アバウトな基準になってしまうということも考える必要がある。


------------------------------------------------------------------------------------------


スポンサーリンク




にほんブログ村 経済ブログへ
にほんブログ村
posted by 自由人 at 13:01 | Comment(0) | 社会問題