2020年05月02日

「緊急事態宣言」の万能視もほどほどにするべき


■圧倒的なジレンマを抱えている政府

 政府は「緊急事態宣言」の延長をゴールデンウイーク中の5月4日に決定すると発表している。現状は、1ヶ月程度延長することになると予想されているが、一体、その「1ヶ月」のいうのはどこから出てきたのだろうか?
 目下のところ、5月6日では早過ぎるので「1ヶ月」程度先に延ばして様子を見てみようというところかもしれないが、その判断する材料があまりにも曖昧に成り過ぎているように思われる。噂では、1日の全国の感染者数が100人以下になれば解除するという話もあるようだが、もしそうならなければまた「1ヶ月」延期にするのだろうか?

 会社員の休業補償も6月一杯、学校の入学も9月入学などという話も飛び交っているが、そのほとんどが近い内にコロナが終息するという前提で組み立てられている。しかし、本当に完全に収束するかどうかは判らない。完全に感染者が0とか1桁になることが終息を意味するのであれば、1年以上はかかると思われるが、1年間も現在のような緊急事態体制を継続することは現実的に不可能だと言える。

 政府が何もしなければ感染者が増加して死亡者が増える

 政府が自粛を強要し続ければ経済が崩壊して自殺者が増える

 こういう、どっちに転んでも死者が出るという意味で、政府も圧倒的なジレンマを抱えていることは理解できる。
 しかし、現在の全ての対策は、近い内にコロナが終息するという前提で組み立てられているということを忘れてはならない。夏までにある程度は終息したとしても、秋から冬にかけてまた感染者が急増するということも充分に有り得る話なので、今の時点で9月入学などを決定しても、全て無駄になる可能性も否定できない。

■「緊急事態宣言」が「困窮事態宣言」になる危険性

 自粛や自宅待機などによって誰とも会わない生活を続ければ、確かに感染者の増加ペースを遅らせることはできる。しかし、それでコロナウイルス自体が消滅したわけではない。「緊急事態宣言」を発令したからといって、それでコロナウイルスがどこかに消え去るというわけではない。

 もし、いつまでも自粛していられないということで、人々が経済活動を再開すれば、瞬く間に感染者が急増して、それまでの自粛生活は単に感染する時期をズラしただけだったという皮肉な結果に終わるかもしれない。
 しかし、そうなった場合、既に失われた莫大な経済的損失だけが残ることになる。

 そもそも、今現在、病院等で大量に感染者が発生しているクラスターという現象は、「緊急事態宣言」が無かったとしても発生していたことである。「緊急事態宣言」が有ろうと無かろうと、病院はコロナ患者を診なければならないので、クラスター自体を避けることはできなかったはずだ。
 クラスターを回避するためには、病院自体を閉鎖するしかないが、そんなことはできない相談だろう。

 加えて、今現在、「緊急事態宣言」を解除すれば、あなたは自粛生活を止めて元通りの生活に戻れるだろうか? また、社会や企業も直ぐさま、これまでの生活に戻れるだろうか?
 残念ながら、「緊急事態宣言」が有ろうと無かろうと、多くの人々はこれまで通り、マスクを付けて外出し、極力、自宅に閉じこもるという生活を続けることになるだろう。

 つまり、「緊急事態宣言」を延期する、しないに関係なく、人々は自分の判断で自粛生活を継続し続けるということだ。コロナウイルスが消滅しない限り、「緊急事態宣言」はマイナスに働く場合もあり、万能な政策ではなくなっているのである。

 このまま「緊急事態宣言」を延々と引き延ばすと、「緊急事態宣言」が「困窮事態宣言」になってしまう可能性が高い。この状況を戦争に例えるなら、どこかで妥協しない限り、日本は再び、焼け野原になってしまう危険性がある。
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posted by 自由人 at 17:32 | Comment(0) | コロナ問題