2020年02月15日

新型コロナウイルスで「脱中国化」する日本


■ラオックスの「希望退職者募集」が意味するもの

 中国発の新型コロナウイルスが今まさに日本でも猛威を振るおうとしている矢先に、免税家電量販店のラオックスが「希望退職者を募集する」と発表した。その数、全従業員の20%にあたる140人(子会社のシャディを含めると160人)。

 ラオックスと言えば、昔は激安のパソコンショップとして名を馳せた企業だと記憶しているが、不況の影響で10年程前に中国企業である蘇寧(そねい)の傘下に入り、社長も中国人の羅怡文氏が務めている。

 昨年から既にインバウンド需要に翳りが見え始めていたが、ここに来て、中国で伝染病が発生したため、更なる企業業績の悪化は避けられないとの判断なのだろう。インバウンド需要の変化(減少)は一過性のものではなく、ある程度は長期化すると見越した上での人員削減なのだろうと思われる。

■「インバウンド消費」の曲がり角に立つ日本

 日本経済はバブル崩壊後、「失われた30年」とも言われ、バブル期とは打って変わって、将来の先行き不安から多くの人々が財布の紐を固く締め、お金を散財しなくなった。一方で、バブル経済の真っ只中にあったお隣の中国人の一部は、どんどんとお金持ちになり、日本に訪れて、高性能で安全な日本の商品を日本人に成り代わってゴッソリと購入してくれた。その旺盛な購入意欲は、かつて札束を手に握り、タクシーを待っていた日本のバブル期の成金の人々の姿そのままだった。

 その景気の良い姿に気を良くした日本の商売人達は「お客様(中国人)は神様」と言わんばかりに、我先にと中国人旅行者の獲得に努めた。
 日本のバブル期を彷彿とさせる中国人の購買姿勢は、いつしか「爆買い」と呼ばれるようになり、「インバウンド消費」という言葉がテレビや新聞のタイトルとして踊り、お茶の間を賑わせた。

 政治的には、日本の尖閣諸島を乗っ取ろうという思惑を抱いた中国に「ノー」を突き付けても、その国からの一般旅行客は別物とばかりに「ヨイショ」する。
 政治と経済で明らかな二重基準(ダブルスタンダード)を貫いてきた日本だったが、今回の新型コロナウイルス騒ぎによって、その二重基準は改められようとしているかに見える。

■「目に見えないウイルス」が日本を変えるという皮肉

 日本人は、唯物論者が多いせいもあるのか、殊更に目に見えないものを恐れる傾向がある。原発の放射能と同じように、ウイルスも目には見えない。こういう場合、正しい判断をするには科学的に冷静になることが求められるが、原発事故の時に判明したように、日本では、人体に全く悪影響が無い微量な放射線でも頭から…と言うよりも、脊椎反射で科学的事実を受け付けないという人が大勢いた。無論、それは過去形ではなく、現在進行形で存在している。
 今回のウイルスも放射能と同じような感覚で、脊椎反射で否定する人々は大勢出てくるものと思われる。否、既にそういった人々は存在している。

 彼らが抱いている恐怖は、ウイルスだけでなく、ウイルスを運んでくる中国人にも向いている。
 尖閣諸島を乗っ取ろうとする中国人には見向きもしなかった人々が、ウイルスを日本国内に持ってくる中国人には断固として「ノー」を突き付ける。実に皮肉な現象だが、彼らは自分自身に被害が及ぶと思われるものには実に厳しい態度に変化する。

 日本は、政治的にも経済的にも、ようやく「中国依存」から「脱中国」に舵を切ろうとしているのかもしれない。それは、短期的には大きな衝撃ではあるが、長期的には良いことであるのかもしれない。


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posted by 自由人 at 20:57 | Comment(0) | 経済
2020年02月09日

新型コロナウイルスで最も恐れるべきは「風評被害」


■雰囲気がガラッと変わった観光地

 子供の頃、奈良公園に行った時、金髪の外人さんを見かけて、「外人だ」と驚き、まるで珍しいものでも見るかのように、まじまじと見つめたことがある。昔は、観光地にでも行かなければ、外人さんを見かけるようなことはほとんどなかったが、現在では全く様相が違っている。

 今では街中を歩いていても、普通に外人さんを見かけるので、全く珍しいことではなくなった。観光地に行けば、もちろん、金髪の外人さんをいくらでも見かける。しかし、それ以上に多く感じるのが、アジア人の多さだ。

 アジア人の場合、見かけは日本人とほとんど変わらないので、パッと見はそれほど変化がないように見えてしまうが、前後左右を歩いている人やすれ違う人が話している言葉は明らかに日本語ではないので、不思議な空間に紛れ込んだかのような錯覚を覚えることがある。有名な観光地では、おそらく、半数以上は日本人ではないというのが、その実体だと思う。

 昨年までの観光地は、そんな感じだったが、今年になってからは、またガラっと雰囲気が変わってしまった。これまで半数以上を占めていたアジア人旅行客がほぼ0となったことで人数が激減したことは言うまでもないが、新型コロナウイルスの感染を恐れた日本人までが観光地に行かなくなってしまったことで、もはや、観光地としての商売が成り立たないまでになってしまった。そこにある光景は、昔、見た光景と同じように、金髪や赤毛の外人さんをたまに見かけるという静かな観光地の姿に様変わりしてしまった。

■より重要なことは風評被害を避けること

 アジア人も日本人も観光地に行かなくなってしまったことで、旅行代理店やバス会社、タクシー会社は、軒並み、利用客が激減し、既に経営危機に見舞われている企業もあるらしい。これまで中国人の爆買いツアーで成り立ってきた業界は、いきなり梯子を外された格好となり、まさに天国から地獄にたたき落とされたような気分なのかもしれない。

 「季節風邪」という言葉もあるように、今回の新型コロナウイルスも、春か夏には収束に向かうと思われるが、その数ヶ月間を耐え忍ぶだけの体力(資金力)がある企業であれば、まだ大丈夫かもしれないが、そうでない企業はかなり厳しいかもしれない。

 予想よりも早く収束に向かったとしても、「日本の観光地は中国人旅行客が多いので危険」というような風評被害が残ったままだと、半年、1年とこの状況が続く危険性もあるので、予断を許さない状況に変わりはない。

 そういった状況になることを避けるためにも、マスコミは必要以上にネガティブな報道を行わないように努めるべきだと思う。
 しかし、新型コロナウイルスの話題性からして、今のマスコミにそれを望むのは無理があると思われるので、国民自身があまりネガティブ報道の影響を受けず、なるべくヒステリーにならないように努める必要がある。

 新型コロナウイルス問題が収束したにも拘らず、ネガティブ報道(風評被害)の影響で、日本人自身が卒業旅行や慰安旅行等で日本の観光地には行かないというようなことになれば、目も当てられない。
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posted by 自由人 at 10:27 | Comment(0) | コロナ問題
2020年02月08日

映画『ジョーカー』の「KILL THE RICH」という言葉


■暴力革命を肯定する『ジョーカー』

 バットマンの宿敵ジョーカーの誕生を描いた映画『ジョーカー』を観てみた。
 世間での評判が滅法高かったので期待して観てみたが、残念ながら、その期待は大きく裏切られることになってしまった。
 一言で言えば「病んでいる」、その一言に尽きるような映画だった。映画館で観ずにDVDで観る判断をしたのは個人的には正解だった。

 犯罪都市「ゴッサムシティ」を描いた映画でもあるので、フィクションとして病んでいるのは仕方がないとしても、あまりにも露骨過ぎる演出が鼻に付き、ゲンナリしてしまった。

 コメディアンになって人々を楽しませることを夢見ていた少年アーサーは脳に障害(急に笑うという障害)を抱えていた。それが原因とは言えないが、彼は大人になっても世間から冷たく扱われて、やがて荒んだ心を持つようになっていく…という物語。

 本作はジョーカーの疎外感と、そこから生じる精神の変化を描いた作品なので、「エンタメドラマ」と言うよりは「社会派ドラマ」という位置付けになるのかもしれないが、単に現代の人間社会の生き辛さを描いた作品ではなく、人間社会で疎外感を感じた人間は何をしても構わない、暴力によって社会の秩序を破壊しても構わないという、暴力革命を肯定および煽動するかのような内容の作品だった。

■マルクス思想に通じる『ジョーカー』

 犯罪心理学の世界では、「被害者意識が人種差別を生む」と言われることがあるが、本作の場合も、被害者意識(疎外感)というものを前面に出して描いており、その思想的なスケベ根性が透けて見えてしまうような扇情的な作品だった。

 本作には、以下のような台詞が出てくる。

 「KILL THE RICH」(金持ちを殺せ)

 現在のハリウッドがリベラル化していることは有名な話で、これまでにも何度かブログ記事で指摘してきたが、ここまで露骨な台詞を台本に持ってくると、左派リベラルを通り越して、まるで極左共産主義礼賛ムービーと受け取れなくもない。

 本作に登場するジョーカーは、どこか、共産主義を生み出したマルクスに似ている。世間に対する強烈な疎外感と嫉妬心を抱え、成功者や金持ちを憎み、暴力革命によってブルジョア(金持ち)を打倒するという嫉妬の学問を創り出し、将来的にマルクスが望む・望まないに関係なく、同じ疎外感(嫉妬心)を持った人々を洗脳する学問として利用されるに至った。
 
 あくまでも個人的な感想ではあるが、本作に登場する「KILL THE RICH」という言葉には、そのマルクス思想の影響が色濃く出ているように思われた。ハリウッドの共産主義化、それが本作を観た正直な感想だった。


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posted by 自由人 at 18:44 | Comment(0) | 思想
2020年02月07日

新型コロナウイルスの「致死率2%」は本当なのか?


■「新型コロナウイルス」を発表した英雄の死

 新型コロナウイルスの感染拡大の危険性を真っ先に発表した中国の勇気ある医師、李文亮氏が死去した。

 李文亮氏は、昨年の12月の段階でウイルスの危険性に気付き警鐘を鳴らしていたが、中国警察や中国公安省の職員から危険人物扱いされ、口止めされたという。
 その時点で中国当局がウイルスの脅威に気が付いていたかどうかは定かではないが、結果的に、臭いものには蓋をする中国当局の隠蔽体質が禍いして、武漢市ではウイルス感染者に歯止めがかからなくなってしまったとも言える。

 新型コロナウイルスの蔓延が放置されたまま1ヵ月間が経過し、感染者は瞬く間に激増した。その数は、現在、同じく中国当局が発表している感染者数を遥かに超えているだろうことは想像に難くない。嘘か真か、噂では、既に発表されている数字の100倍以上に達しているとも囁かれている。

 現状では中国国内の感染者数は3万人超と発表されているが、今後、徐々に収束に向かったとしても、発表される感染者数は現実との帳尻を合わすために日に日に増加していくことになるのかもしれない。

■致死率1%以下に該当した李文亮氏の死が意味するもの

 李文亮氏は眼科医であり、当人も新型コロナウイルスに感染していた患者からウイルスが伝染し肺炎を患っていた。彼が死亡した原因は、新型コロナウイルスによる肺炎が重篤化したものとされている。

 今回の新型コロナウイルスは、致死率2〜3%と言われている。普通の成人であれば、症状は重篤化しないとも伝えられており、免疫力を低下させる持病を持っている人や、元々、免疫力が低い乳幼児や高齢者でなければ致死率は2%よりもはるかに低いとも伝えられている。

 李文亮氏が持病を持っていたとは伝えられておらず、老人でもない33才の健康な成人医師であったわけだから、普通に考えると、彼が新型コロナウイルスが原因で死亡する確率は1%にも満たないと思われる。
 たまたま運悪く、その1%以下の確率に該当してしまったということであれば不運としか言い様がない。

 しかし、まだ若い33歳の男性の免疫力でも新型コロナウイルスに勝てなかったとなると、乳幼児や老齢者にとっては非常に危険なウイルスということになってしまう。
 彼が本当に肺炎で死亡したのだとすれば、「致死率2%」という数字も本当に信用に足る数値なのか疑問を抱かざるを得ない。


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posted by 自由人 at 23:55 | Comment(0) | コロナ問題
2020年02月02日

「桜を見る会批判」「新型コロナウイルス対策」「改憲論議」の関係性


■政治家が喫緊の課題とするべき問題は何か?

 「政治家が喫緊の課題とするべき問題は何か?」と問われると、現状はどう考えても「新型コロナウイルス対策」だと思えるのだが、どうやら、この国の政治家達には意見が異なる人がいるらしい。
 彼らを観ていると、まるで「新型コロナウイルス対策」よりも「桜を見る会批判」の方が重要だと言わんばかりだ。

 左派と右派の基本的な考え方は以下の通り。

 ○左派
  改憲論議 < 新型コロナウイルス対策 < 桜を見る会批判

 ○右派
  桜を見る会批判 < 改憲論議 < 新型コロナウイルス対策

 新型コロナウイルスに対して過剰なまでにヒステリーになるのも問題かもしれないが、桜を見る会に対して、いつまでもヒステリックになるのはもっと始末が悪い。桜を見る会は既に終わったことであり、来年は行わないことになったわけだから、これ以上、無駄金を使用するということもなくなり、国民にとってはもはや無害である。

 しかし、新型コロナウイルスは、現在ただいまの問題であり、今すぐにでも水際対策を講じなければ、多くの国民に被害が及ぶことになる。
 今は取り敢えず、桜を見る会などは放っておいてもなんの問題もない。もしそれでも問題だと言うのであれば、新型コロナウイルス問題が収束してから行えばいいだけの話である。

■国民の命と憲法のどちらが重要なのか?

 今回の新型コロナウイルス対策が後手に回ってしまったのは、憲法のせいだという意見もある。他国のように直ぐさま水際対策を講じることができるようにするためには、憲法に「緊急事態条項」を新設して憲法を変えなければいけないという意見がある。
 これももっともな話だと思えるが、護憲派は否定している。彼らにとっては、新型コロナウイルスで国民が大勢肺炎になり死亡することよりも、憲法を変えないことの方が重要だと言わんばかりだ。

 「国民の命と憲法のどちらが重要なのか?」と問えば、あなたはどちらが重要だと思うだろうか?

 「国民の命」と言う人がほとんどだと思う。

 現在の憲法が良いか悪いかに拘らず、憲法というものが国民の命(生活)を護るためにあることを否定する人はいないだろう。
 護憲派が「改憲すると戦争になる」というのも、改憲派が「憲法を変えなければ占領される」というのも、国民の命(生活)を護るということを前提とした台詞であるはずだ。

 ならば、なぜ左派(護憲派)は、国民の命よりも憲法の方が重要だというような矛盾した言動をとっているのか? まず、その問いにこそ答える必要がある。


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posted by 自由人 at 10:56 | Comment(0) | 政治