2020年02月29日

「新型コロナウイルス」は反グローバリズムを推進する


■感染者数を逐一カウントすることの無意味さ

 中国で新型の肺炎患者が出たというニュースが出た頃、中国人旅行客について特に問題視していなかった人々が、今では、「中国人を入国させるな!」と叫んでいる。
 そのニュースが出た当時には、既に武漢市内において新型コロナウイルスが猛威を振るっていたことは想像に難くない。
 その時に「中国人旅行客をシャットアウトしろ!」と言ったとしても既に時遅しだった。もうその時点で、武漢市から脱出した数百万人の人々の一部が様々なルートを伝って日本国内にも入国していただろうから、日本に到着後に発症した人も大勢いたことだろう。テレビで騒ぎになったのはそのずっと後のことである。早期に中国人旅行客をシャットアウトした国々でも感染者が出ているのは、早期であっても既に遅かったということを物語っている。

 だから、今更なにを騒いだところで、感染者数が増えていくことは避けられない。それは、毎年のインフルエンザの流行と同じようなものであり、感染者数を1人単位でカウントしていくこと自体がナンセンスであるとも言える。

 毎年、インフルエンザが流行する度に、感染者を「1人、2人…」とカウントすることが如何に無意味なことであるのかを考えみればよく分かると思う。大体、表に出ていない隠れ感染者は発見された感染者数よりもはるかに多いだろうし、感染していてもほとんど症状が出ない人もいるので、逐一、感染者数を公表することに意味があるとは思えない。そんなことをしても人々にいらぬ恐怖心を与えるだけだと思われるので、公表するなら、死亡者数だけにすればいいのでないかと思う。

■不法ウイルスをシャットアウトする見えない壁

 ところで、今回の「新型コロナウイルス」というものを、つぶさに観察していると、“あるもの”に似ていることに気付かされる。それは何かというと、グローバリズムである。もっと正確にいうと、中国のグローバリズムというものをメタファーとして表していると言える。

 グローバル化によって、ヒト・モノ・カネ・情報が自由に移動するようになったと言われるが、ヒトが他国に移動する場合、危険人物かどうかをチェックするために、持ち物検査や思想的な調査はできるが、病人かどうかまではチェックできない。入国する人物がウイルスに感染していることは判らないので、完全にザルになってしまう。その姿は、極小のウイルスがマスクの隙間から人体に侵入する姿と似ている。

 世界中で巻き起こっている今回の騒動を俯瞰してみると、興味深い現象を観ることができる。それは、どの国もこぞって、自国の国境に見えない壁を築こうとしている姿だ。

 アメリカとメキシコの間に不法移民を排除する壁を設けようとしたトランプ大統領を批判していたフランシスコ教皇までが、中国政府の武漢封鎖を強く支持するという光景が象徴的だった。不法移民ならぬ不法ウイルスを壁の中に閉じ込めてしまえというのは頷けるのだが、閉じ込められるのはウイルスだけでなく人間も含まれる。移民と病人は違うとはいえ、その扱いの違いに違和感を感じた人もいたのではないかと思う。

■世界中の人々が「国境」というものを意識せざるを得なくなった

 図らずも、今回の新型コロナウイルス騒ぎによって、人々は国境というものを意識せざるを得なくなった。グローバル化した経済のリスクというものを考えざるを得なくなってしまったとも言える。

 一国の中で経済が完結していれば、国境封鎖をすれば、ウイルスの侵入を防げるかもしれないが、グローバル経済下では、取引のある1つの国で問題が発生すると、全ての国が等しく悪影響を受けてしまう。そういうリスクがこの上もない形で一気に顕在化してしまった。あるいは、それが今回の騒動の裏に隠された中心テーマであるのかもしれない。

 「新型コロナウイルス」が意味しているもの、それは「中国」そのものであり、「グローバリズムの危険性」そのものなのかもしれない。
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posted by 自由人 at 08:52 | Comment(0) | 国際問題
2020年02月27日

リーマンショック級の「新型コロナウイルス」


■もし、「新型コロナウイルス」の流行が消費増税前だったら?

 「リーマンショック級の出来事が起これば消費税は上げない」と言っていた安倍総理の言葉を昨日のことのように思い出すが、もし、新型コロナウイルスの流行が1年前であれば、消費増税はどうなっていたか? 最近、そんなことを考えてしまう。

 実際のところ、新型コロナウイルス騒ぎは、遅くとも夏までには収まると思うので、リーマンショック級には程遠いと思われるが、国民のパニック度合いを考慮すれば、リーマンショック級と捉えて、消費増税はストップされていたかもしれない。
 それに加えて、オリンピックの方もヘタをすると中止になる可能性が出てきたという意味では、安倍総理の強運にも少し翳りが見えてきたのかもしれない。無茶な消費増税の決行で運が逃げてしまったのだろうか…。

■軽い風邪程度で病院に行くのは日本だけ

 日本は戦後、幸か不幸か、全てアメリカ任せになり、平和ぼけしてしまったことで、自主的に物事を考えようとする人が減少してしまい、非常にパニックに弱い国民性を有するようになってしまった。なにか、自分を導いてくれる存在に依存することが当たり前となり、その大元となったマスメディアからの情報をよく確かめようともせずに、条件反射的に鵜呑みにしてしまう人が増えてしまった。

 それゆえにか、「新型コロナウイルスは危険」という情報を耳にすると、取り敢えず、病院に行って検査してもらおうという発想が真っ先に出てしまう。
 現状、薬もなく、これといった治療方法もないという状況であるにも拘らず、とにかく医者に診てもらえば安心だという人が多い。

 諸外国では、通常、軽い風邪程度では病院には行かないのが普通であり、実際に風邪を直接的に治す薬も存在しないので、自宅で安静にして睡眠を取ることが1番の薬だと認識されている。
 無論、日本ほど医療費が安価ではないので、病院に行けないという人はいる。しかし、そんな人に限って、経験上、風邪は薬無しで自分で治せるということを知っているので、軽い風邪程度では病院には行かないと思う。(何日も症状が改善しない場合は話は別)

■「憩いの場」と化している病院

 こう言うと、「日本の医療はそれだけ進んでいる証拠だ」という人がいるのだが、そういう台詞は医療費を全額自分で負担してから言っていただきたい。必要のない無駄な医療費でパンク寸前の日本の医療費問題を考えてから言うべきだと思う。

 日本は諸外国に較べて医療費が安過ぎる…と言うか、医療保険が手厚過ぎるため、憩いの場として病院を利用している人もおり、とにかく少しでも気になることがあれば病院に行くという習慣が根付いている。

 今回の新型コロナウイルスの検査も公的保険が適用されるという政府発表があったので、感染もしていない人が、わんさと病院に押し掛けることになり、病院はパンクしてしまうかもしれない。ついでに医療保険もパンクということにならなければいいのだが、そんなことは気にも止めずに、目の色を変えて、病院に向かう人々の姿が目に浮かぶ。

■感染を恐れる人が感染者に最も近付くという皮肉

 そんなことになるのも、軽い風邪程度では慌てて病院に行く必要はないということを、医者自身がアピールしてこなかったことにも原因がある。病院も客商売という一面があるので仕方がないとはいえ、普段はどんなに軽い風邪患者でもホイホイと無条件に受け入れてきた病院が、いざ、患者が多過ぎて手に負えなくなると、「これ以上、面倒は見きれません」ということになってしまう。

 しかし、普段、必ずマスクを付けて、人混みを避けることに執心している人が、最も感染者が集まりウイルスが蔓延しているであろう病院に引き寄せられるというのだから、実に皮肉な話だ。
 ある意味、これぞ、「引き寄せの法則」とも言える。病気(ウイルス)を避けたい、という思いが、現実的に病気(ウイルス)を引き寄せてしまうという皮肉。そして、当人はそのことに気が付かない。
 ついでに言うと、そういった悪循環が一国の経済を衰退させ、景気の悪化に繋がることにも気付かない。

 こう言うと、「人命よりも経済の方が大事なのか」と言う人がいるかもしれないが、「経済」とは「経世済民」つまり「世を治めて民を救済する」という意味であり、決して人命と相反するものではない。経済が衰退すれば人命も失われることになる。
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posted by 自由人 at 22:44 | Comment(0) | 社会問題
2020年02月25日

新型コロナウイルスに対抗するには「免疫力」も重要


■『進撃の巨人』化している新型コロナウイルス

 新型コロナウイルス発症の地は中国であり、本来、最も責められるべきは中国政府であるはずなのだが、なぜか日本国内では、中国政府よりも日本政府の方が悪いというような雰囲気になっている。ウイルスが発生したのは武漢市ではなく、ダイヤモンド・プリンセス号であるかのように。

 日本の水際対策が遅れたことは確かだが、それ以前に中国の隔離政策が遅れに遅れたことが最大の原因であるはずなのだが、この国では中国批判をほとんど行わずに日本が悪いという方向に持っていこうとしているかに見える。

 そんな中、政府は、新型コロナウイルスに関する基本方針を発表し、安倍総理は以下のように述べられたらしい。

 「患者の増加スピードを遅くすることが大事だ

 この言葉に少し追加させていただくと、

 「患者の増加スピードを遅くすることも大事だが、患者の重篤度や死亡率を低下させることも重要だ

 新型コロナウイルス患者(感染者)は、風邪やインフルエンザと同様に、自然に増えていくことになる。これは残念ながら避けられない。これまで風邪やインフルエンザの増加スピードを人為的に操る(遅くする)ことができたのか?というと、試したこともないので分からないというのが実際のところだろうと思う。

 今回の新型コロナウイルスは、まるで漫画『進撃の巨人』のような扱いになってきつつある。『進撃の巨人』では、高い城壁を設けて、巨人の侵入を防ぐことがテーマになっているが、新型コロナウイルスは目には見えない無数の極小ウイルスの侵入を如何にして防ぐかということが世界共通のテーマになっている。その様は、さながら正体不明の見えない巨人を相手にしているかのようだ。

■「隠れ感染者」にこそマスクは必要

 新型コロナウイルスは、致死率こそインフルエンザを上回ってはいるものの、感染予防的には基本的にインフルエンザと変わらない。

 私も何年か前にインフルエンザに罹ったことがあるので、その経験から言えることは、感染者本人はマスクを付けて極力、誰とも話さないこと。これだけで誰にもインフルエンザは伝染らなかった。

 非感染者がマスクを付けてもそれほどウイルスの防御効果はないが、今回の新型コロナウイルスには症状がほとんど出ない人もいると伝えられているので、そういった隠れ感染者が知らない内にウイルスを撒き散らすことを防ぐという意味では、マスクを付けることにも意義がある。
 個人を護るという意味ではマスクはあまり役に立たないが、感染者を増やさないという意味では役に立つ。言わば、ミクロ的にはあまり役に立たなくてもマクロ的には役に立つということ。今回の政府の基本方針は、基本的に後者のマクロ的な対策と考えるべきだと思う。

 例えば、全く症状の出ない子供が、祖父や祖母と密着(濃厚接触)することでウイルスを知らない内に感染させてしまうケースがあるかもしれない。孫から伝染った風邪が原因で肺炎を発症させて死亡に至るというケースはよくあることなので、そんなことにならないように、症状の出ない健常者は高齢者に対して気を付ける必要がある。

 同ウイルスは、高齢者と病人が重篤な症状に陥る危険性があるとも指摘されている。当初は、乳幼児なども免疫力が低いので危険度が高いかと思われたが、なぜか今回のコロナウイルスは乳幼児にはあまり危険性はないらしい。この辺はインフルエンザとは大きく違っている。インフルエンザウイルスは免疫力(体力)のない人全てが対象となるが、今回のコロナウイルスは差別的と言うべきか、乳幼児には比較的に優しい(?)ウイルスらしい。

■コロナ恐怖症が免疫力を低下させる

 予防法としては、うがいをする、手洗いをするというのがお約束になっているが、そういった対症療法だけでなく、免疫力を低下させないようにすることも重要だ。

 熱が出れば免疫力が上がることからも解るように、なるべく身体を冷やさないように注意する必要がある。
 なるべく毎日、湯船に浸かって身体を暖めることも重要(感染の疑いのある人は、風呂は最後に入るようにした方がよい)であり、適度の栄養(主にビタミン)を取り、充分な睡眠も必要。そして、ストレスを溜め込まないこと。精神的にネガティブ思考になると免疫力が低下することは医科学的にも証明されているので、あまり、「コロナ」「コロナ」…と心配し過ぎるのも良くない。

 「病は気から」と言って、なるべく意識を「病気」から「健康」に向けるように努めた方が良いと思う。精神医学的に言うなら、「病気」のことばかり考えていると、本当に病気を引き寄せることになる。超訳的に言い換えると、ネガティブになると免疫力が低下し病気になりやすいということ。
 「コロナ」「コロナ」…とヒステリーになると碌なことがない。これも超訳的に言い換えると、冷静になると免疫力を低下させない効果があるので病気になりにくいということ。

 免疫力を高めたいなら、「コロナ恐怖症」もほどほどに。
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posted by 自由人 at 23:09 | Comment(0) | 社会問題
2020年02月24日

「新型コロナウイルス」が齎す二次災害に注意


■マスクをしている人が少ない訳

 この連休中にショッピングモール等に買物に出かけると、マスクをしている人は意外にも少なかった。大体、目視で確認した限りでは、2割程度の人がマスクを付けているという状態だった。
 しかし、よくよく考えてみると、この意外な状態は、マスクを購入できない人の多さを物語っているのかもしれないな…とも思えた。
 マスクを付ける必要が無いと思っているからマスクをしていないのではなくて、実は単純にマスクを入手できないからマスクをすることができないという人が多いのではないか?ということ。

 しかし、それでもマスクを付けずに外出している人が多くいることは事実なので、政府の「不要不急な外出は避けるように」という言葉を素直に受け取って外出しないという人は、案外、少ないのかもしれない。

■マスコミが報道しなければどうなっているか?

 テレビのニュース番組を観ていると、刻一刻と変化する新型コロナウイルスの感染者数を逐一報道し、まるでペストかコレラのような伝染病が流行しているかのようなイメージを受ける。「備えあれば憂いなし」という言葉通り、感染しないように極力注意しなければならないことは頷けるのだが、どこかパニック化することを煽っているかのような報道になっているようにも思える。

 ここで、不謹慎ながらも少し思考実験をしてみよう。その実験名はズバリ「マスコミが報道しなければどうなっているか?

 今回の新型コロナウイルスの流行を世界的に情報遮断するという密約があった場合、日本のマスコミも全く報道しないことになる。
 その場合、国民は、少し強めの風邪かインフルエンザでも流行っているのだろうという認識しか持っていないかもしれない。今年は肺炎で亡くなる人が例年よりも少し増えたな…程度の認識で、何事もないまま数ヶ月間を過ごし、気が付けば新型コロナウイルスは終息していたということになっていたのかもしれない。

■「脱コロナシンドローム」という病

 実際に、当初、中国政府が「新型コロナウイルス」を隠蔽しようとしたのも、感染が小さな範囲で収まれば、何事も無かったかのように済んでしまうという考えがあったからだろう。

 恐ろしいのは一次災害ではなく、二次災害である。どれだけ感染が広がったとしても新型コロナウイルスはそのうち終息するだろうけれど、新型コロナウイルスが経済に与える二次災害はいつ収まるか予測が付かない。
 国民がパニックとなれば、景気は一気に冷え込み、一国の経済の崩壊に繋がる危険性をも孕んでいる。中国が火消しに躍起になったのは、一歩間違うと中国共産党の瓦解に繋がるという危機感があったからだろう。

 新型コロナウイルスは確かに恐ろしい病ではあるが、それ以上に恐ろしいのは、人間の肉体がウイルスに侵されることではなく、人間の精神までウイルスの悪影響を受けてしまうことだ。
 新型コロナウイルスでパニックとなり、感染もせずに事態が終息しても、なお「脱コロナ」を訴える人々が齎す災いは、日本経済をも蝕んでいくことになる。

 その名も「脱コロナシンドローム」、肉体だけでなく精神までコロナウイルスに侵されないように注意しよう。
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posted by 自由人 at 17:51 | Comment(0) | 社会問題
2020年02月21日

トランプ大統領再選でNYダウは4万ドルに向かう


■なぜ、NYダウは下がらないのか?

 アメリカではインフルエンザが大流行しており、後を追う形で世界では新型コロナウイルスの流行が注意喚起されている。しかし、アメリカの株式市場はNYダウ、ナスダック共に全くと言っていいほど下落する気配が感じられない。ここ最近、調整的な下落は有っても、大幅な下落は起こっておらず、インフルエンザもコロナウイルスもどこ吹く風という感じで、上昇トレンドを継続している。

 なぜ、こうもアメリカの株式市場は強いのか?という声も最近よく耳にするが、その答えは単純に、次期大統領選の結果を織り込みにいっているからだろうと思われる。

 現在、米民主党の大統領候補を決定する予備選挙が行われている真っ最中だが、今夏、誰が大統領候補になったところで、トランプ再選は揺るがないだろうことは容易に想像が付いてしまう。

 米民主党のリベラル候補者がいくら綺麗事を並べても、結果的に景気を回復基調に乗せることに成功したトランプ大統領の功績は微動だにしない。景気が悪くなるばかりだった民主党オバマ元大統領の二の舞は誰もが御免被りたいと思っている。

■トランプ大統領が再選される確率は、99.99%

 ケント・ギルバート氏も昨年から早々に「トランプは再選する」と述べておられたが、唯一の懸念材料だった「ロシア疑惑」も無罪判決が出たことで、さらにトランプ氏が再選される可能性は高まったと言える。

 ケント氏も述べておられるが、「ロシア疑惑」というのは、日本で言うところの「モリカケ問題」みたいなものであり、疑惑だけで、疑惑が無いことを証明しろという悪魔の証明になっていた。

 ケント氏曰く「アメリカの民主党は下院で多数を取っていますが、特筆すべきことは何ひとつやっていません。日本の野党と同じように、政権の揚げ足取りやスキャンダルをあげつらうことしかしていません
【参考文献】『トランプは再選する!日本とアメリカの未来』(ケント・ギルバート著)

 このような政党では、どんな口達者な候補者を擁立したところで、実際に結果を出しているトランプ氏に敵うはずがない。

 個人的には、トランプ大統領が再選される確率は、99.99%、つまり、万が一のことが起こらない限り、再選は、ほぼ確定だと思っている。
 私は2年前に「NYダウはトランプ大統領在任中に3万ドルを突破する」と書いたが、それはほぼ現実に成りつつある。
 今は、トランプ再選で、NYダウは4万ドルを突破することが見えているような状況なので、インフルエンザやコロナウイルスが流行しても、大局は変わらないという判断が、現在の株価に現れているのだろうと思う。
【関連記事】日本の株式市場はバブルなのか?

■消費増税失敗でも日経が暴落せずに済んでいるのは、アメリカ(トランプ)のお蔭

 トランプ大統領再選後、NYダウがあっさりと4万ドルを超えてくると、日経平均株価も、ひょっとするとバブル期の最高値38,915円を更新することになるかもしれない。
 しかしながら、景気回復の実感はあまり無く、「不況下の株高」ということになる可能性が高い。
 消費増税を行うなら、せめてそうなってから行うべきだった。いや、もっと正確に言うと、株価が史上最高値を超えたことで、景気が良くなると思った人々が消費や投資活動を活発に行い、本当に景気が良くなってから行うべきだった。

 元々、日経平均株価は実際の景気と連動しているわけではなく、NYダウに連動していると言った方が正しい。
 不況下で消費増税という経済音痴丸出しの愚策を行っても日経が暴落せずに済んでいるのは、アメリカ(トランプ)のお蔭とも言える。

 与党も与党なら野党も野党で、消費増税したことで各種経済指標が悪化したことを責めるのではなく、そのことを覆い隠すかのように未だに「桜を見る会」を批判しているという有り様。先程のケント氏の言葉通り、政権の揚げ足取りやスキャンダルをあげつらうことしかしていないように見える。



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posted by 自由人 at 23:29 | Comment(0) | 経済
2020年02月15日

新型コロナウイルスで「脱中国化」する日本


■ラオックスの「希望退職者募集」が意味するもの

 中国発の新型コロナウイルスが今まさに日本でも猛威を振るおうとしている矢先に、免税家電量販店のラオックスが「希望退職者を募集する」と発表した。その数、全従業員の20%にあたる140人(子会社のシャディを含めると160人)。

 ラオックスと言えば、昔は激安のパソコンショップとして名を馳せた企業だと記憶しているが、不況の影響で10年程前に中国企業である蘇寧(そねい)の傘下に入り、社長も中国人の羅怡文氏が務めている。

 昨年から既にインバウンド需要に翳りが見え始めていたが、ここに来て、中国で伝染病が発生したため、更なる企業業績の悪化は避けられないとの判断なのだろう。インバウンド需要の変化(減少)は一過性のものではなく、ある程度は長期化すると見越した上での人員削減なのだろうと思われる。

■「インバウンド消費」の曲がり角に立つ日本

 日本経済はバブル崩壊後、「失われた30年」とも言われ、バブル期とは打って変わって、将来の先行き不安から多くの人々が財布の紐を固く締め、お金を散財しなくなった。一方で、バブル経済の真っ只中にあったお隣の中国人の一部は、どんどんとお金持ちになり、日本に訪れて、高性能で安全な日本の商品を日本人に成り代わってゴッソリと購入してくれた。その旺盛な購入意欲は、かつて札束を手に握り、タクシーを待っていた日本のバブル期の成金の人々の姿そのままだった。

 その景気の良い姿に気を良くした日本の商売人達は「お客様(中国人)は神様」と言わんばかりに、我先にと中国人旅行者の獲得に努めた。
 日本のバブル期を彷彿とさせる中国人の購買姿勢は、いつしか「爆買い」と呼ばれるようになり、「インバウンド消費」という言葉がテレビや新聞のタイトルとして踊り、お茶の間を賑わせた。

 政治的には、日本の尖閣諸島を乗っ取ろうという思惑を抱いた中国に「ノー」を突き付けても、その国からの一般旅行客は別物とばかりに「ヨイショ」する。
 政治と経済で明らかな二重基準(ダブルスタンダード)を貫いてきた日本だったが、今回の新型コロナウイルス騒ぎによって、その二重基準は改められようとしているかに見える。

■「目に見えないウイルス」が日本を変えるという皮肉

 日本人は、唯物論者が多いせいもあるのか、殊更に目に見えないものを恐れる傾向がある。原発の放射能と同じように、ウイルスも目には見えない。こういう場合、正しい判断をするには科学的に冷静になることが求められるが、原発事故の時に判明したように、日本では、人体に全く悪影響が無い微量な放射線でも頭から…と言うよりも、脊椎反射で科学的事実を受け付けないという人が大勢いた。無論、それは過去形ではなく、現在進行形で存在している。
 今回のウイルスも放射能と同じような感覚で、脊椎反射で否定する人々は大勢出てくるものと思われる。否、既にそういった人々は存在している。

 彼らが抱いている恐怖は、ウイルスだけでなく、ウイルスを運んでくる中国人にも向いている。
 尖閣諸島を乗っ取ろうとする中国人には見向きもしなかった人々が、ウイルスを日本国内に持ってくる中国人には断固として「ノー」を突き付ける。実に皮肉な現象だが、彼らは自分自身に被害が及ぶと思われるものには実に厳しい態度に変化する。

 日本は、政治的にも経済的にも、ようやく「中国依存」から「脱中国」に舵を切ろうとしているのかもしれない。それは、短期的には大きな衝撃ではあるが、長期的には良いことであるのかもしれない。


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posted by 自由人 at 20:57 | Comment(0) | 経済
2020年02月09日

新型コロナウイルスで最も恐れるべきは「風評被害」


■雰囲気がガラッと変わった観光地

 子供の頃、奈良公園に行った時、金髪の外人さんを見かけて、「外人だ」と驚き、まるで珍しいものでも見るかのように、まじまじと見つめたことがある。昔は、観光地にでも行かなければ、外人さんを見かけるようなことはほとんどなかったが、現在では全く様相が違っている。

 今では街中を歩いていても、普通に外人さんを見かけるので、全く珍しいことではなくなった。観光地に行けば、もちろん、金髪の外人さんをいくらでも見かける。しかし、それ以上に多く感じるのが、アジア人の多さだ。

 アジア人の場合、見かけは日本人とほとんど変わらないので、パッと見はそれほど変化がないように見えてしまうが、前後左右を歩いている人やすれ違う人が話している言葉は明らかに日本語ではないので、不思議な空間に紛れ込んだかのような錯覚を覚えることがある。有名な観光地では、おそらく、半数以上は日本人ではないというのが、その実体だと思う。

 昨年までの観光地は、そんな感じだったが、今年になってからは、またガラっと雰囲気が変わってしまった。これまで半数以上を占めていたアジア人旅行客がほぼ0となったことで人数が激減したことは言うまでもないが、新型コロナウイルスの感染を恐れた日本人までが観光地に行かなくなってしまったことで、もはや、観光地としての商売が成り立たないまでになってしまった。そこにある光景は、昔、見た光景と同じように、金髪や赤毛の外人さんをたまに見かけるという静かな観光地の姿に様変わりしてしまった。

■より重要なことは風評被害を避けること

 アジア人も日本人も観光地に行かなくなってしまったことで、旅行代理店やバス会社、タクシー会社は、軒並み、利用客が激減し、既に経営危機に見舞われている企業もあるらしい。これまで中国人の爆買いツアーで成り立ってきた業界は、いきなり梯子を外された格好となり、まさに天国から地獄にたたき落とされたような気分なのかもしれない。

 「季節風邪」という言葉もあるように、今回の新型コロナウイルスも、春か夏には収束に向かうと思われるが、その数ヶ月間を耐え忍ぶだけの体力(資金力)がある企業であれば、まだ大丈夫かもしれないが、そうでない企業はかなり厳しいかもしれない。

 予想よりも早く収束に向かったとしても、「日本の観光地は中国人旅行客が多いので危険」というような風評被害が残ったままだと、半年、1年とこの状況が続く危険性もあるので、予断を許さない状況に変わりはない。

 そういった状況になることを避けるためにも、マスコミは必要以上にネガティブな報道を行わないように努めるべきだと思う。
 しかし、新型コロナウイルスの話題性からして、今のマスコミにそれを望むのは無理があると思われるので、国民自身があまりネガティブ報道の影響を受けず、なるべくヒステリーにならないように努める必要がある。

 新型コロナウイルス問題が収束したにも拘らず、ネガティブ報道(風評被害)の影響で、日本人自身が卒業旅行や慰安旅行等で日本の観光地には行かないというようなことになれば、目も当てられない。
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posted by 自由人 at 10:27 | Comment(0) | 社会問題
2020年02月08日

映画『ジョーカー』の「KILL THE RICH」という言葉


■暴力革命を肯定する『ジョーカー』

 バットマンの宿敵ジョーカーの誕生を描いた映画『ジョーカー』を観てみた。
 世間での評判が滅法高かったので期待して観てみたが、残念ながら、その期待は大きく裏切られることになってしまった。
 一言で言えば「病んでいる」、その一言に尽きるような映画だった。映画館で観ずにDVDで観る判断をしたのは個人的には正解だった。

 犯罪都市「ゴッサムシティ」を描いた映画でもあるので、フィクションとして病んでいるのは仕方がないとしても、あまりにも露骨過ぎる演出が鼻に付き、ゲンナリしてしまった。

 コメディアンになって人々を楽しませることを夢見ていた少年アーサーは脳に障害(急に笑うという障害)を抱えていた。それが原因とは言えないが、彼は大人になっても世間から冷たく扱われて、やがて荒んだ心を持つようになっていく…という物語。

 本作はジョーカーの疎外感と、そこから生じる精神の変化を描いた作品なので、「エンタメドラマ」と言うよりは「社会派ドラマ」という位置付けになるのかもしれないが、単に現代の人間社会の生き辛さを描いた作品ではなく、人間社会で疎外感を感じた人間は何をしても構わない、暴力によって社会の秩序を破壊しても構わないという、暴力革命を肯定および煽動するかのような内容の作品だった。

■マルクス思想に通じる『ジョーカー』

 犯罪心理学の世界では、「被害者意識が人種差別を生む」と言われることがあるが、本作の場合も、被害者意識(疎外感)というものを前面に出して描いており、その思想的なスケベ根性が透けて見えてしまうような扇情的な作品だった。

 本作には、以下のような台詞が出てくる。

 「KILL THE RICH」(金持ちを殺せ)

 現在のハリウッドがリベラル化していることは有名な話で、これまでにも何度かブログ記事で指摘してきたが、ここまで露骨な台詞を台本に持ってくると、左派リベラルを通り越して、まるで極左共産主義礼賛ムービーと受け取れなくもない。

 本作に登場するジョーカーは、どこか、共産主義を生み出したマルクスに似ている。世間に対する強烈な疎外感と嫉妬心を抱え、成功者や金持ちを憎み、暴力革命によってブルジョア(金持ち)を打倒するという嫉妬の学問を創り出し、将来的にマルクスが望む・望まないに関係なく、同じ疎外感(嫉妬心)を持った人々を洗脳する学問として利用されるに至った。
 
 あくまでも個人的な感想ではあるが、本作に登場する「KILL THE RICH」という言葉には、そのマルクス思想の影響が色濃く出ているように思われた。ハリウッドの共産主義化、それが本作を観た正直な感想だった。


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posted by 自由人 at 18:44 | Comment(0) | 思想
2020年02月07日

新型コロナウイルスの「致死率2%」は本当なのか?


■「新型コロナウイルス」を発表した英雄の死

 新型コロナウイルスの感染拡大の危険性を真っ先に発表した中国の勇気ある医師、李文亮氏が死去した。

 李文亮氏は、昨年の12月の段階でウイルスの危険性に気付き警鐘を鳴らしていたが、中国警察や中国公安省の職員から危険人物扱いされ、口止めされたという。
 その時点で中国当局がウイルスの脅威に気が付いていたかどうかは定かではないが、結果的に、臭いものには蓋をする中国当局の隠蔽体質が禍いして、武漢市ではウイルス感染者に歯止めがかからなくなってしまったとも言える。

 新型コロナウイルスの蔓延が放置されたまま1ヵ月間が経過し、感染者は瞬く間に激増した。その数は、現在、同じく中国当局が発表している感染者数を遥かに超えているだろうことは想像に難くない。嘘か真か、噂では、既に発表されている数字の100倍以上に達しているとも囁かれている。

 現状では中国国内の感染者数は3万人超と発表されているが、今後、徐々に収束に向かったとしても、発表される感染者数は現実との帳尻を合わすために日に日に増加していくことになるのかもしれない。

■致死率1%以下に該当した李文亮氏の死が意味するもの

 李文亮氏は眼科医であり、当人も新型コロナウイルスに感染していた患者からウイルスが伝染し肺炎を患っていた。彼が死亡した原因は、新型コロナウイルスによる肺炎が重篤化したものとされている。

 今回の新型コロナウイルスは、致死率2〜3%と言われている。普通の成人であれば、症状は重篤化しないとも伝えられており、免疫力を低下させる持病を持っている人や、元々、免疫力が低い乳幼児や高齢者でなければ致死率は2%よりもはるかに低いとも伝えられている。

 李文亮氏が持病を持っていたとは伝えられておらず、老人でもない33才の健康な成人医師であったわけだから、普通に考えると、彼が新型コロナウイルスが原因で死亡する確率は1%にも満たないと思われる。
 たまたま運悪く、その1%以下の確率に該当してしまったということであれば不運としか言い様がない。

 しかし、まだ若い33歳の男性の免疫力でも新型コロナウイルスに勝てなかったとなると、乳幼児や老齢者にとっては非常に危険なウイルスということになってしまう。
 彼が本当に肺炎で死亡したのだとすれば、「致死率2%」という数字も本当に信用に足る数値なのか疑問を抱かざるを得ない。


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posted by 自由人 at 23:55 | Comment(0) | 国際問題
2020年02月02日

「桜を見る会批判」「新型コロナウイルス対策」「改憲論議」の関係性


■政治家が喫緊の課題とするべき問題は何か?

 「政治家が喫緊の課題とするべき問題は何か?」と問われると、現状はどう考えても「新型コロナウイルス対策」だと思えるのだが、どうやら、この国の政治家達には意見が異なる人がいるらしい。
 彼らを観ていると、まるで「新型コロナウイルス対策」よりも「桜を見る会批判」の方が重要だと言わんばかりだ。

 左派と右派の基本的な考え方は以下の通り。

 ○左派
  改憲論議 < 新型コロナウイルス対策 < 桜を見る会批判

 ○右派
  桜を見る会批判 < 改憲論議 < 新型コロナウイルス対策

 新型コロナウイルスに対して過剰なまでにヒステリーになるのも問題かもしれないが、桜を見る会に対して、いつまでもヒステリックになるのはもっと始末が悪い。桜を見る会は既に終わったことであり、来年は行わないことになったわけだから、これ以上、無駄金を使用するということもなくなり、国民にとってはもはや無害である。

 しかし、新型コロナウイルスは、現在ただいまの問題であり、今すぐにでも水際対策を講じなければ、多くの国民に被害が及ぶことになる。
 今は取り敢えず、桜を見る会などは放っておいてもなんの問題もない。もしそれでも問題だと言うのであれば、新型コロナウイルス問題が収束してから行えばいいだけの話である。

■国民の命と憲法のどちらが重要なのか?

 今回の新型コロナウイルス対策が後手に回ってしまったのは、憲法のせいだという意見もある。他国のように直ぐさま水際対策を講じることができるようにするためには、憲法に「緊急事態条項」を新設して憲法を変えなければいけないという意見がある。
 これももっともな話だと思えるが、護憲派は否定している。彼らにとっては、新型コロナウイルスで国民が大勢肺炎になり死亡することよりも、憲法を変えないことの方が重要だと言わんばかりだ。

 「国民の命と憲法のどちらが重要なのか?」と問えば、あなたはどちらが重要だと思うだろうか?

 「国民の命」と言う人がほとんどだと思う。

 現在の憲法が良いか悪いかに拘らず、憲法というものが国民の命(生活)を護るためにあることを否定する人はいないだろう。
 護憲派が「改憲すると戦争になる」というのも、改憲派が「憲法を変えなければ占領される」というのも、国民の命(生活)を護るということを前提とした台詞であるはずだ。

 ならば、なぜ左派(護憲派)は、国民の命よりも憲法の方が重要だというような矛盾した言動をとっているのか? まず、その問いにこそ答える必要がある。


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posted by 自由人 at 10:56 | Comment(0) | 政治