2019年11月29日

トランプ大統領と対極に位置するフランシスコ教皇


■難民受け入れ発言で炎上したローマ教皇

 今週は38年ぶりに来日したローマ教皇の話題で持ち切りとなったが、いくつかの発言が問題視される結果となってしまった。
 中でも「日本は難民を受け入れよ」という発言が大きな話題となり、日本のメディアだけでなくワシントンポストまでもがその発言を取り上げ、「日本のネット上で炎上している」と伝えられた。

 ローマ教皇は、以前にも本国イタリアで難民受け入れ発言を行い炎上したことがある。バチカンを擁するイタリアは地理的にもアフリカ等からの難民が最も多く押し寄せる国でもあるので、無制限の難民の受け入れには強い抵抗感を抱いている国民も多い。
 ヨーロッパの移民問題については以下の本に詳しい。
 

 そんな裏事情もあるので、他の国も我が国(イタリア)のように難民・移民を受け入れるべきだと世界各地を周っておられるのかもしれない。

 ローマ教皇はトランプ大統領に対しても移民問題で対立してきたことは有名だ。しかし、アメリカは毎年70万人もの移民を受け入れている。一方で昨年(2018年)に逮捕された不法移民の数は50万人を超え、今年(2019年)は100万人を超えるとも言われている。

 アメリカ政府が受け入れを拒否しているのは主として不法移民に対してなのだが、「(合法も不法も関係なく)移民を受け入れなさい」と言うのでは、やはり無理があると思う。同じ法律を共有することが法治国家の前提であるので、それができなくなれば、まともな国民生活は成り立たなくなってしまう。

■「地獄への道は(無制限の)善意で舗装されている」

 宗教者としての立場からすれば、「誰彼構わずに受け入れなさい」と言うのは、ある意味、仕方がないことなのかもしれないが、理想と現実の乖離(ギャップ)があまりにも大き過ぎるため、現実が見えていないという意味で炎上してしまったということなのだろう。

 ローマ教皇と同じカトリック、聖ベルナールの「地獄への道は善意で舗装されている」ということわざはあまりにも有名だが、法律を無視した移民受け入れという善意の施しは、その国に住む国民全てを地獄へと誘う可能性を有している。
 「富める者は貧しき者に無制限に富を分け与えなさい」という言葉は一見(一聴)、素晴らしく愛に満ちた言葉だと受け入れがちだが、無制限の善意は、悪意を持った行動をも覆い隠すことになり全ての者を貧者に変えてしまう危険性を秘めている。

 ローマ教皇は、その言葉の端々からグローバリストという印象を受ける。行き過ぎたグローバリズムがアメリカを疲弊させたとしてグローバリストと闘っているトランプ大統領とはある意味で対極に位置する存在だとも言える。

 キリストの有名な言葉「(汝の)隣人を愛せよ」は、移民問題における「全ての者を受け入れよ」と拡大解釈されて然るべきものなのだろうか?

 現代のローマ教皇が説く善意のグローバリズム、果たしてカトリックの頂点にいるイエス・キリストが現代に生きていれば、現代の行き過ぎたグローバリズムを良しとするのだろうか?
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posted by 自由人 at 22:44 | Comment(1) | 国際問題
2019年11月22日

GSOMIAチキンレースに敗れた韓国


■男を下げた文在寅大統領

 韓国政府がGSOMIA失効に待ったをかけた。一時は本当に破棄するのではないか?と騒がれたが、結局、このチキンレースは最後には韓国側が逃げた格好となった。チキンレース風に喩えるなら、崖から飛び降りる寸前に急停止したようなものかもしれない。

 文在寅氏は反日政策の勢い余って「GSOMIA破棄!」と拳を振り上げたものの、間髪入れずにアメリカから注意を促されることになった。
 アメリカの鶴の一声で直ぐさまGSOMIA破棄を撤回するとなれば韓国世論も自身のプライドも許さないので、最後の最後まで引っ張ったというところだろうか。

 「日本が譲歩すればGSOMIA破棄を取り消す、しかし、日本が譲歩しなければ我々は本当にGSOMIAを破棄してしまうぞ、どうする?!」と凄んでみたものの、日本側が全く取り合わなかったため、内心はガクガクブルブル状態でこの日を迎えたのかもしれない。

 この出来事で1つだけハッキリ言えることは、「文在寅大統領は男を下げた」ということ。無論、韓国国内だけでなく日本でも「男を下げた」ことになる。自らが言い出し始めたチキンレースに敗れたのだから自明の理だ。

■チキンレースに敗れた者が辿る道

 幸か不幸か、日韓のGSOMIAはこのまま世論を上手く交わしながらフェードインしていくことになり、元の鞘に収まることになるだろう。そのうち、何事も無かったかのような素振りに変わっていくのかもしれない。

 しかしその代わりに、文在寅氏の反日政策は「本気」ではなく「ポーズ」でしかなかったということが徐々に認識されていくことになり、韓国国民の信用を失っていくことになるだろう。

 偽りの民主主義(愚民主義)を維持する上で最も重要なことは、国民に嘘がバレないことであり、一旦、国民の側に疑いの目が生じると、その綻びは徐々に広がっていくことになる。
 その綻びを覆い隠すために、時の大統領は更に大きな権力の行使によって影に追いやられてしまうことになる。
 文在寅氏も、これまで幾人かの韓国大統領が歩んできた同じ道を歩むことになるのかもしれない。チキンレースに敗れた者が辿る茨の道を…。

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posted by 自由人 at 23:03 | Comment(1) | 国際問題
2019年11月19日

沢尻エリカ逮捕劇騒動の雑感


■沢尻エリカ氏はスケープゴートにされたのか?

 沢尻エリカ氏が麻薬取締法違反で逮捕されたことにより様々な議論が巻き起こっているが、中には「沢尻エリカは桜を見る会のスケープゴートにされた」という意見もあるらしい。
 主に鳩山由紀夫氏とラサール石井氏の意見が槍玉に挙がっており、2人の意見を堀江貴文氏(以下、ホリエモン)が批判している格好となっている。

 鳩山由紀夫氏とラサール石井氏の意見はそれぞれ以下の通り。

▷鳩山由紀夫氏
沢尻エリカさんが麻薬で逮捕されたが、みなさんが指摘するように、政府がスキャンダルを犯したとき、それ以上に国民が関心を示すスキャンダルで政府のスキャンダルを覆い隠すのが目的である。私も桜を見る会を主催したが、前年より招待客を減らしている。安倍首相は私物化し過ぎているのは明白である

▷ラサール石井氏
まただよ。政府が問題を起こし、マスコミがネタにし始めると芸能人が逮捕される。これもう冗談じゃなく、次期逮捕予定者リストがあって、誰かがゴーサイン出してるでしょ

■スケープゴートにも2種類ある

 沢尻エリカ氏が桜を見る会のスケープゴートにされたのかどうかは残念ながら判らないので、何とも言えないが、実質的には本当にスケープゴートにされたのと同じ結果となっていることは否定できない。多くの庶民の関心事が、ある瞬間に、「桜を見る会」から「沢尻エリカ」に切り替わってしまったことは間違いない。

 しかし、だからといって、自民党や安倍総理の陰謀だとは正直、思えない。何者かの忖度ということなら有り得るかもしれないが。

 沢尻エリカ氏本人の供述では10年前から既に麻薬常習者であったらしいので、この10年間は運良く野放しのままで、急にこの時期になって逮捕となるのは不自然だという気持ちも理解できる。
 「事件の裏には事件がある」(私の造語)という言葉通り、政治家がスケープゴートを利用するというようなことは古今東西、実際に行われてきたことでもあるので、世の中にスケープゴートが無いと言うつもりもない。
 各国の政界にスパイという存在がいることも事実であり、スパイが映画や小説の中だけの話でないのと同様に、スケープゴートにされる人物が存在することもまた事実である。

 ただし、今回の沢尻エリカ氏の場合は、自ら罪を認めており、法的な罪を犯したことも事実であるので、スケープゴートであろうとなかろうと、逮捕されたことは仕方がないという側面がある。冤罪でスケープゴートにされる場合と、本当に罪を犯している場合のスケープゴートは同じではないので、沢尻エリカ氏を被害者だと位置付けるのは少々無理がある。

■「一発アウト」が意味するもの

 最後にもう1つ、沢尻エリカ氏に対する杉村太蔵氏の「一発アウト」という言葉に対してもホリエモンがこう反論している。

>「なんで自分でそこまで追い込むの?一発アウトとかおかしいでしょ普通笑。まあ、そういう追い込む芸なんだろうけどさ。

 杉村太蔵氏とホリエモンの意見が噛み合わないのは、この「一発アウト」には、2つの意味合いがあるからだと思われる。

 今回の事件発覚によって沢尻エリカ氏の現在の芸能活動は本当に「一発アウト」になってしまった。テレビドラマは撮影中止、テレビCMも放送中止、この時点で既に「一発アウト」だ。

 しかし、一方で、人生そのものを意味する「一発アウト」というものがある。一度、罪を犯した人物は未来永劫、その罪から逃れられないとする「一発アウト」だ。

 おそらくホリエモンが言っているのは、後者の「一発アウト」はおかしいということなのだろうと思う。たとえ麻薬を使用するという罪を犯したのだとしても、罪を償い反省すればどうなのか? 例えば、10年後に本当に真っ当な人生を歩んでいたとしても、絶対に女優として復帰できないということであれば、そんな「一発アウト」はおかしいでしょという意味合いなのだろうと思う。

 犯した罪にもよるが、たとえ間違いを犯したとしても、改心することによって人生をやり直すことができるという優しさは必要だろう。1度の過ちで人生の全てが灰燼と化すような窮屈な社会であれば、麻薬常習者も増える一方だと思われる。
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posted by 自由人 at 20:41 | Comment(0) | 社会問題
2019年11月17日

「桜を見る会」狂奏曲を憂う


■100年以上の歴史がある「桜を見る会」

 テレビ・新聞・ネットニュースと、この1週間、メディアは「桜を見る会」批判1色となった。今週からは「桜を見る会」という言葉が「沢尻エリカ」に置き換わってしまったようだが…。

 「桜を見る会」は、歴史ある行事であるらしく、昔は現在の園遊会のように皇室主催で行われていた。当時の呼び名は「観桜会」といい、「観菊会」というものも行われていた。
 「観桜会」と「観菊会」は戦争(日中戦争)を機に中止となり、戦後(独立後)、「観桜会」は吉田 茂総理が主催となり「桜を見る会」として復活した。
 「観菊会」の方も戦後、「菊を観る会」として復活したが、主催者は総理大臣ではなく、環境大臣となっている。

 その後、60年以上に渡り開催されてきたが、今回の騒動で来年は中止になる運びとなってしまった。
 ちなみに、この60数年間で「桜を見る会」を主催したのは、歴代の自民党総理大臣だが、2010年には民主党の総理大臣だった鳩山由紀夫氏が主催している。

 「桜を見る会」が現在も皇室主催で行われていれば、おそらく…と言うか、絶対に今回のような批判は起こらなかったと思われる。主催者が安倍総理ということで、これだけ大きな批判に繋がったのだろうと思う。

■スケールが小さ過ぎる「桜を見る会」批判

 個人的には、「桜を見る会」も「菊を観る会」も絶対に必要なものだとは思えないが、100年以上も続いてきたものをあっさりと中止にしてしまう野党側の姿勢も与党側の姿勢も釈然としないものがある。

 野党でも、今後、与党になれば「桜を見る会」を開催する立場になるというのに、なぜ中止にまで追い込む必要があるのだろうか?
 それとも野党は今後も与党になる可能性が無いという判断から、やぶれかぶれになっての事業仕分け的な批判なのだろうか?

 安倍総理にしても、あっさりと「来年は中止にします」と引き下がってしまったが、本当にそれで良かったのだろうか? 「臭い物に蓋」ならぬ、「五月蝿い反安倍野党に蓋」で良かったのだろうか?

 「桜を見る会」は税金の無駄遣いということで批判されているようだが、正直なところ、あまりにもスケールが小さいなと愕然としてしまう。
 国会で国民の税金を使用して、そんなことを批判している暇があるのであれば、消費増税による消費の落ち込みでも批判した方が野党らしい活動だと言える。

 国民の生活を第一に考える野党であれば、「桜を見る会」における数千万円程度の税金の無駄遣いよりも、億円単位の消費の落ち込みをこそ嘆かなければいけない。
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posted by 自由人 at 09:02 | Comment(0) | 政治
2019年11月09日

「あおり運転」の罰則強化で考える憲法改正の必要性


■「あおり運転」で「運転免許取り消し」

 今年の流行語大賞になるという予想も出ている「あおり運転」、その煽り運転の法的な罰則が「運転免許取り消し」になったらしい。

 これまで、煽り運転を取り締まる法律が無かったため、急遽、法律が改正されたということなのだろう。善良な国民の生活に支障をきたす者が現れると、意図も容易く法律は改正される。しかし、善良な国民の生活に支障をきたす国が現れても、国を縛る法律たる憲法は改正されない。これは非常に可笑しなことでもある。

 法律の不備があれば即修正するが、憲法の不備があっても何十年も修正しない。車の煽り運転には敏感だが、国の煽り運転には鈍感だと言える。

 ミサイルで挑発されようとも、嘘を言って騙されようとも、国の領土を奪うことを画策されようとも、お構い無し。それらの煽り行為を防止するためには憲法を変える必要が有ると思われるのだが、ほとんど話題にすらならない。

■国民の生命と財産を守るためにも憲法は変えるべき

 地震で津波が来れば、防波堤を高くしようとし、台風で河川が氾濫すれば、より高い堤防を築こうとする。何のために? 国民の生命と財産を守るために。
 しかし、攻撃されようが、金銭を要求されようが、占領を計画されようが、何も改善策を講じようとしない。否、正確に言うなら、改善策を講じようとしないのではなく、改善することを大声で反対する勢力が邪魔をしているというのが実態だろうか。

 ではなぜ、邪魔をするのか? 無論、それは他人である多くの国民の生命や財産を守るためではなく、自分達の既得権益を守るためというのが1つの大きな理由なのだろう。

 憲法が大事というのではなく、一部の人間の既得権益が大事なので、憲法の不備を変えることができない。「欠陥憲法」を「平和憲法」と偽るのもいい加減に限界だと思われるのだが。

 煽り運転を繰り返す近隣国に対する罰則を強化するという意味でも憲法は変えるべきだと言える。


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posted by 自由人 at 09:16 | Comment(0) | 社会問題
2019年11月04日

株式投資の勝敗はマインド次第


■『株の鬼100則』を読んで

 年初に2万円の大台を割れた日経平均株価が、約1年ぶりに23000円にタッチしたこともあり、株式投資に少し注目が集まっているのか、書店の株式投資関連コーナーにも多くの本が平積みされていた。

 私もこの連休中に、たまには株式投資の本でも読もうかと思い、1冊だけ購入して読んでみた。
 タイトルは『株の鬼100則』(石井勝利著)。著者は投資歴45年以上のベテランで年齢は現在80歳。複数のペンネームを持ち著作は300冊以上に及ぶらしい。
 45年間の投資生活で培った投資哲学とはどんなものなのか興味深く読ませていただいた。

 著者は、企業のPERやPBRはあまり重要視せず、主にテクニカル(チャート)で判断する投資スタンスを取っているとのこと。
 実際、現在の株式市場は企業業績と株価が連動しないことが多い。決算が良くても大きく下がることがあるし、ニューヨークダウが暴落すれば、日本市場も個々の企業業績に関係なく、ほぼ全ての銘柄が売られるので、業績だけに拘ってもあまり意味があるとは思えないこともある。
 世界全体のファンダメンタルズ的なことも書かれていたが、基本はテクニカル分析がメインの本と思えた。

■株式投資で絶対に勝てる方法

 著者はこう述べている。

>「間違いなく儲かる」と唯一断言できるのは、個別銘柄の事情ではなく、相場全体が崩れた時の「買いチャンス」だ。

>株式投資で「絶対に勝てる方法があるか」と聞かれれば、「ある」と断言できる。しかし、それは誰もがやりたくない、できない方法でもある。

 要するに、暴落時の底値で買う勇気があれば勝てるということなのだろうけれど、これは私も同意見だった。
 著者は2016年のトランプショックでトヨタ株を買って儲けられたそうだが、私もトランプショックでホンダ株を買って少しだけ儲けさせてもらった。
 誰もが逃げ腰で買えない時に買う勇気は、確かに最も重要な要素なのだと思う。

■「馬鹿になって買う」とは?

 誰もが買えない時に買うことを、俗に「馬鹿になって買う」と言う。株式投資において馬鹿になることは非常に重要な要素だと思うが、「馬鹿になって買う」にも2種類ある。

 その2つとは、

 1、騰がり調子の株を天井で馬鹿になって買う

 2、下がり調子の株を底値で馬鹿になって買う

 この2つは大きく違う。

 両者の大きな違いは“恐怖感”の有無だと言える。

 株価が天井知らずに騰がっている時に買い向かうのには、それほど勇気を必要としない。誰でも勢いで買いを入れることができる。
 しかし、株価が底抜けて下がっている時に買い向かうのには、それなりの勇気が必要になる。その勇気とは、恐怖を克服する勇気だ。
 そこで必要なことが恐怖感を忘れて「馬鹿になって買う」ということでもある。つまり、「馬鹿になる」とは「冷静になる」という意味。

 ただ「馬鹿になって買う」のではなく、恐怖感を克服するために感情を捨てて馬鹿になるということ、これが実に難しい。
 著者もこう述べておられる。

 「それができるかどうかは、ひとつマインドの問題なのである。


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posted by 自由人 at 08:02 | Comment(0) | 株式投資
2019年11月02日

「首里城」火災が暗示するもの


■「首里城」炎上シーンで見えた錯覚

 世界遺産として有名な沖縄の首里城跡に復元された「首里城」の主要な建造物がほぼ全焼した。
 政府は、再度、復元(修復)に全力を傾けるとのことだが、これまでの復元に30年間もかかったわけだから、再び再現されるのはまた30年も先になるのだろうか。そう考えると気の遠くなるような話でもある。

 芸術家や職人が最も嫌がる仕事は、1度作って完成したものをすぐに壊して、また同じものを作ることであるらしい。となると、「首里城」の再復元にも同じことが言えるのかもしれない。

 テレビで「首里城」が炎上している異様な光景を眺めていると、不謹慎ながらも、ふと、近未来を暗示するシーンでも観せられているような錯覚を覚えた。

■沖縄占領という悪夢のシナリオ

 無論、それは中共による沖縄占領という悪夢のシナリオが実現してしまった場合のことを意味しているが、このまま中共がトランプ大統領の中国封じ込め政策に屈せず、覇権主義を拡大していくことになれば、香港を皮切りに、台湾、尖閣、沖縄と軍事的に占領される可能性が無いとは言い切れない。

 そんな悪夢が現実になる可能性を考えると、もしかすると、近い将来、「首里城」が燃えているような光景を我々は目にすることになったのかもしれないな…と思えた。
 このまま、日本がアメリカ任せで何の手も打つことなく傍観すれば、そうなる可能性がありますよという警告のようなシーンだったと言えるのかもしれない。

 ところで、今回の「首里城」出火の原因は未だ判明していない。
 それを良いことに「自民党の陰謀(辞任問題から国民の目を欺くための陰謀)だ」と言っているような陰謀論者もいるみたいだが、流石にそれは無理筋であり考え過ぎだと思う。
 同時に「(首里城出火は)自民党が安全対策を怠ったからだ」という意見もあるぐらいなので、そのような陰謀説は成り立たないと思う。

 自然出火であったのか、物理的な出火事故であったのか、それとも放火事件であったのかは不明だが、沖縄の象徴とも言える「首里城」が炎上したことは、先に述べたことも含めて、いろんな意味でショッキングな出来事だったと言える。

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posted by 自由人 at 07:59 | Comment(0) | コラム