2019年09月29日

儒教が根付いた国の悲劇


■行き過ぎた儒教文化が招いた悲劇

 どこの国でも「目上の人を敬わなければいけない」という文化がある。それは、どの国でも暗黙の了解事項として広く受け入れられている思想でもある。
 この年上を敬う文化は、多くの人間が同じ社会で軋轢を生まずに生活していく上で非常に重要な考えであることは間違いない。しかし、儒教的な文化が根強く残る国では、この考え方が行き過ぎて、逆に軋轢を生んでしまうことがある。

 例えば、儒教国として有名な中国や韓国などは、たとえ間違ったことをしても目上の者は目下の者に謝罪する必要は無いという行き過ぎた考えに支配されている傾向がある。このことは、最近の日韓問題を見ても明らかだと思う。

 目上(韓国)の者が明らかに間違っていたとしても、目下(日本)の者には絶対に謝ってはいけない。そういう考えが当然の文化として根付いているため、どんな正論も通用しない。正しいか間違っているかよりも、目下の者には謝罪しないということが正しい行為だという行き過ぎた儒教文化が招いた悲劇を我々は目の当たりにしているのかもしれない。
 そこに反日教育が加わると、もはやその洗脳を解くのは至難の業となる。文化としての儒教教育と、思想としての反日教育というものが相乗効果となり大きな障害となってしまう。

■日本にもある儒教文化

 儒教と言えば、日本にも少し変わった文化がある。
 普通の先進国では会社という組織の中での序列(社長・部長・課長・社員など)というものはあるが、会社の外に出てもその肩書きが100%そのまま生きているのは日本ぐらいかもしれない。

 会社を退職した上司に対しても、「○○さん」と呼ぶのではなく、「○○部長」とか「○○課長」と呼ぶことが当たり前となっている日本では、会社の序列が一生涯の序列となってしまう。それが悪いことだとは言えないが、意識するしないに拘らず、「年上は永遠に年下よりも偉い」という儒教的な考えが根付いていることになる。

 しかし、会社の先輩(上司)と後輩(部下)は、仕事の技能や知識では先輩の方が後輩よりも勝っていたとしても、生活面での趣味や特技では先輩よりも後輩の方が経験豊富な場合は多々ある。仕事については教える側と教えられる側が固定されていたとしても、生活面ではその立場が逆転してしまうことがある。
 そういう場合は、如何に年上であろうとも、年下に教えを乞うケースもあって然るべきだと思うのだが、あまりそういう話は聞かない。先輩が後輩に対して「○○さん、これを教えてください」などということは先輩として恥ずかしいという文化が根付いている。異業種間や他社間では年齢は関係なくなるが、同じ会社内での上下関係だけは絶対となっている。これも、ある意味、儒教的な文化だと言えるのかもしれない。

■なぜ「年を取ると他人の話を聞かなくなる」のか?

 例えば同じ会社内に、ある種の専門書を年間に100冊読む後輩と全く読まない先輩がいたとすれば、その専門分野における知識量においては圧倒的に後輩の方が勝っているはずであり、先輩が後輩よりも勝っているとは限らない。
 そんな場合でも、年上は年下よりも絶対的に偉く、頭(こうべ)を垂れて教えを乞うことは許されないということであれば、行き過ぎた儒教文化と言うしかない。

 よく日本では、「年を取ると他人の話を聞かなくなる」と言われることがある。それも結局のところ、儒教的な価値観のせいではないか?と思うことがある。年寄りが「自分は年下の話など聞く必要はない」と思っていると、自分自身が年々、年を取る度に話を聞く相手がいなくなってしまうという単純な理屈なのかもしれない。

 目上(年上)の人が目下(年下)の人の話を素直に聞くという姿勢は、韓国だけでなく日本でも重要なことだと思う。

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posted by 自由人 at 22:51 | Comment(0) | 社会問題
2019年09月24日

地球温暖化における「真実」と「仮説」


■地球温暖化説は「仮説」

 米下院委員会の公聴会にて、米国滞在中の少女グレタ・トゥンベリ氏が地球温暖化に警鐘を鳴らす目的で、以下のように訴えたらしい。

 「科学者の声を聞き、科学に基づいて団結し行動してほしい

 二酸化炭素による地球温暖化が、本当に科学的に100%間違いのない真実であるのならば、彼女の言っていることは正論かもしれないが、残念ながら、現段階では地球温暖化説は“仮説”の域を出ていない。
 トランプ大統領も地球温暖化には否定的な意見を述べているが、実際に地球温暖化に否定的な考えを持っている科学者は数多い。中には、単なる偽善的な目標だと述べている科学者もいる。

 そして、彼女の言うところの「科学者」とは、必ずしも「全ての科学者」を意味していない。
 ゆえに、彼女の言っていることを正確に書くと以下のようになる。

 「一部の科学者の声を聞き、仮説に基づいて団結し行動してほしい

■「仮説」を妄信することの危険性

 かつて、天動説が信じられていた時代、地動説の唱えたガリレオは異端者として迫害され、悲運な生涯を送ることになったが、彼の死後に一転して、科学的な真実を述べていたことが高く評価され「天文学の父」と称されるに至った。しかしそれは彼に科学者としての類い稀な知見があったからであり、決して仮説や妄説の類いを信じていたからではない。

 では、彼女の場合はどうかと言うと、残念ながら、ガリレオのようにいくとは限らない。むしろ、ガリレオとは真逆になる可能性がある。

 地球温暖化を食い止めようと涙ながらに声を大にして訴えている健気な少女の姿を見ると、まるでジャンヌ・ダルクの如く正義のヒロインか女神のように見えてしまうが、もしその土台となる前提知識そのものが間違っていた場合、取り返しのつかない悲劇の主人公(異端者)を演じることになってしまう。そういう意味では非常に危険な行為に化ける可能性は否定できない。

 現代の科学では、地球温暖化の原因もハッキリしておらず、そもそも本当に長期的に地球が温暖化していくのかさえもハッキリしていない。つまり、二重の仮説になっていることになる。
 そのようなアバウトな仮説に基づく現在の予測に反して、近い将来、地球温暖化ではなく、地球寒冷化に向かった場合、彼女のしていることはトンデモない間違いだったということになる。これは可能性の問題として認識しておく必要がある。

 科学者が仮説を真実と妄信して闇雲に行動することには常に危険が付いてまわる。地球温暖化における真実(「薬」と「毒」)を取り違えた場合、被害を被るのは個人ではなく全人類ということになってしまう。はたして彼女の目にはその危険性が見えているのだろうか?

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posted by 自由人 at 22:33 | Comment(1) | 環境問題
2019年09月21日

「汚染水問題」に言及する韓国の悲愴


■「汚染水問題」は伝家の宝刀にはならない

 韓国政府はオーストリアのウィーンで開催された「国際原子力機関総会」の場で、原発事故による福島での汚染水問題に言及し、「汚染水問題は未だ解決していない」として日本を批判した。

 既に沈静化していた汚染水問題を今頃になって批判するというのは、如何にも韓国政府らしいが、裏を返せば、それだけ追い込まれている証左でもあるのだろう。とにかくネタは何でもいいので、国際的に日本を貶めてやろうという姿勢が垣間見える。

 しかしながら、原発事故直後であれば、多くの人が耳を傾けたかもしれないが、既に8年も経過した出来事を今更になって吹聴しても白々しいと思う人がほとんどであり、そのようなデマに対して真剣に耳を傾ける人はあまりいないのではないかと思われる。
 日本のことにあまり興味が無い外国人をターゲットにしているところは狡猾だが、少なくとも日本でそんな話を鵜呑みにする人はほとんどいないだろうと思う。

■「息を吸うように嘘を受け入れる日本」からの脱皮

 今夏の「ホワイト国」問題によって、韓国政府の民主国家とは思えないような異質性が表面化した現在、日本の識者だけでなく一般庶民の間でも、ある変化が起きつつある。
 その変化とは、これまでのように「息を吸うように嘘を受け入れる日本」ではなくなってきつつあるということだ。

 韓国政府の言うことを何でもかんでも素直に聞き入れるのではなく、一歩引き下がって冷静に考える兆候が出てきたことは実に健全なことだと思う。

 これまで韓国贔屓だった言論人も、徐々に韓国を批判する方向に舵を切り直している兆候も見られる。これまで反日的な言論に与していた言論人が、時代の変化を本能的に感じ取り、やや右寄りの思想に傾いてきつつあることも実に良い傾向とも言える。

 なお、ここで言う「右寄り」とは、左に傾き過ぎた言論が中道に少しだけ近付いたという意味であり、「ネトウヨ」と呼ぶような概念とは全く違うということをお断りしておきたいと思う。

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posted by 自由人 at 12:09 | Comment(0) | 国際問題
2019年09月16日

「台風15号」が教えてくれたもの


■台風被害で第一に考えなければならないこととは?

 台風15号による被害は想像以上に大きなものであったらしく、時間が経過するに連れて明らかになっていく被害の大きさを問題視する意見が飛び交っている。当初、報道されていた被害規模と実際の被害規模があまりにも違うことから、マスコミ報道を流言飛語(デマ)だったと責め立てる声も聞かれる。

 しかし、今回の台風被害で我々が第一に考えなければならないことは、そういった責任の所在論ではなく、自然災害による電力消失が如何に生活に悪影響を及ぼすかということである。マスコミの報道がいい加減になってしまったことの最大の原因は、情報を伝達・把握するための“電気”というインフラが機能不全に陥ったことにある。
 そういう意味では、台風の被害状況の正確さよりも、電気を安定供給することの重要性にこそ目を向けなければならない。原因としての台風を人為的に止めることはできないのだから、結果としての被害を如何に減少させるかに目を向けなければならない。

■考えるべきは「電力供給の重要性」

 奇しくも、14日にはサウジアラビアの石油施設がドローン攻撃を受けたという報道があったばかりで、石油の供給量が一時的に5%ダウンするという計算から、原油価格が10%以上も急騰した。

 こういう石油が入ってこなくなるようなリスクも同時に顕在化しており、ますますもって、日本のエネルギー問題に注視しなければならない状況となっている。

 こんな状況下で原発を廃止して自然エネルギーのみに頼るというような時代錯誤な意見こそ見直す必要がある。原発を止めて(石油を燃料とする)火力発電も止まってしまえば、どうやって電気を安定的に供給するつもりなのだろうか?

 今回の台風は、皮肉なことに、誰の目にも分かる形で電力供給の重要性を我々に教えてくれている。台風による被害報道の正確性よりも、もっと重要な本質に目を向ける必要があることを暗に示している。

【追記】2019.9.16

(BLOGOS転載記事のコメントに対する返答になります)


>>文意をちゃんと解釈するなら「台風被害で第一に考えなければならないこととは」、送電ではなく原発(発電)だとそう言ってるわけですよ。「第一に」なのだから両方は無い。


 よく読んでもらえば分かると思いますが、今回の記事の前半は「自然災害における電力供給の重要性」、後半が「燃料問題における電力供給の重要性」を書いています。もちろん、そこには送電線の保護(地中埋め込み等)も含まれています。原発だけが重要と言っているのではありません。


>>筆者のロジックは、何でもかんでも安倍批判に繋げようとする左派のそれと同じ。単に反原発を攻撃したいだけなのですね。


 別に反原発の人に怨みなどありません。論理的に考えると、筋が通らないと言いたいだけです。


>核廃棄物問題が解決しておらず原発に稼働限界のあるなかで、原発を稼働して使い切ってしまえ!とやるのも同レベル。


 核廃棄物問題は将来的に科学が進歩すれば解決する可能性があります。それが無理だと言うのは現代科学が最高だという思い込みからきています。しかし現段階で、原子力発電の開発を終わりにしてしまうと、同時に核廃棄物問題も将来的に解決されない可能性が出てきます。それこそ膨大な無駄になります。


>筆者がドローン攻撃の話をしているのは、単に台風被害からドローン攻撃へと論点をすり替えているだけの話で、最初から台風被害の話などする必要が無い文脈なわけです。


 2つの問題を並べただけで、なぜ論点のすり替えになるんでしょうか?


>何故、台風被害から入ったかといえば、より身近な問題から入ることで、反原発への批判を大きくしようという印象操作以上のものでは無いのですね。


 そんな印象操作をして私に何の得があるんでしょうか? 誰かからお金をもらえるとか?
申し訳ありませんが、本記事を書いて入ってくるお金は基本的に0円です。


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posted by 自由人 at 16:27 | Comment(1) | 社会問題
2019年09月13日

「打ち上げ花火」と化した北朝鮮ミサイル


■「ミサイルも百発打てば当然になる」

 令和の時代になってから、北朝鮮から何発のミサイルが発射されたのか? そんな回数を正確にカウントすることが虚しくなる程に、もはや、北朝鮮のミサイル発射は恒例の「打ち上げ花火」と化しつつある。

 「北朝鮮がミサイルを発射しました

 「北朝鮮が打ち上げ花火を上げました

 恐ろしいことに、日本国内において、この2つの言葉はニュアンス的にはほとんど変わらなくなってきている。

 先日も「北朝鮮が2発のミサイルを発射しました」というニュースがあったばかりだが、多くの人は内心こう思ったはずだ。

 「あ、そう。

 韓国が「嘘も百回言えば真実になる」なら、北朝鮮は「ミサイルも百発打てば当然になる」といったところだが、その言葉の意味を身を持って証明しているのが現在の日本人だとも言える。

■北朝鮮ミサイルの「報道しない自由」

 北朝鮮がミサイルを発射する度に、政府からは「遺憾」だの「断じて容認できない」だのという言葉が発せられるが、実際には「容認しまくり」というのが否定できない哀しい現実だ。

 全てがアメリカ頼みの政府の姿勢にも違和感を感じる国民はほとんどおらず、むしろ当然のこととして受け入れている人の方が圧倒的多数を占めているという有り様だ。

 このような茶番劇を延々と繰り返すのなら、もう北朝鮮のミサイルは無視して報道しない方がよいのかもしれない。それも「報道しない自由」に該当するのかもしれないが、北朝鮮の煽り行為で日本が神経質になるだけのことであるなら、いっそのこと無視した方が精神衛生上も好ましいのではないかとさえ思えてしまう。

■もし、ミサイルが日本に着弾すればどうなるか?

 シミュレーションとして考えると、もし仮に、北朝鮮からのミサイルが誤って日本に着弾してしまっても、日本は「断じて容認できない」という負け犬の遠吠えをあげるだけで何もすることができずに泣き寝入りするのではないか?と思うことがある。

 こう言うと、「そんなことになると国際世論が黙っていない」と言う人がいるかもしれないが、よくよく考えてみると、元々、北朝鮮は性善たる信用を築いている国ではなく、人道的にも国際世論からは非難され続けている国である。そんな国がミサイルを誤射して隣の島国国家にミサイルが着弾したところで、国際世論がどれだけ変わるというのだろうか?

 そもそも、ミサイルが日本に着弾すれば、仲裁役として北朝鮮に反撃してくれる国があるのだろうか?
 あるとすればアメリカだけだと思われるが、いかにアメリカとて、本当に軍事的な制裁を加えるところまでいくかは分からない。

 当のミサイルで被害を受けた国(日本)が何もしないのに、どうして他国であるアメリカが“同盟”を結んでいるという理由だけで、日本のために命を賭けて北朝鮮と戦うと思えるのだろうか?

 北朝鮮と韓国が統合国家になる可能性も囁かれている昨今、“アメリカが何とかしてくれる”という身勝手な思い込みは、大きなリスクになるという厳しい現実にも目を向ける必要がある。

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posted by 自由人 at 23:00 | Comment(0) | 国際問題
2019年09月07日

日産自動車の「不正」と「リストラ」


■「ゴーン氏の不正疑惑」と「西川社長の不正問題」

 日産自動車の西川廣人社長が、不当に上乗せした報酬を受け取っていたことを自ら認めて謝罪した。
 元日産自動車社長のカルロス・ゴーン氏に対して、あれだけ善人ぶって不正行為を追及していた当のご本人がこんな調子なのだから、空いた口が塞がらないと言うか、何か因果応報的なものを感じてしまう。

 当時、日産自動車がルノーに呑み込まれる雰囲気を察知した日産経営陣が、経済産業省および検察と結託してゴーン氏排除に乗り出したという官策捜査説も飛び交っていたが、こういうブーメランの如く不正の発覚を目の当たりにすると、案外、その推測は図星を突いていたのかもしれないなと思えてしまう。

 私も以前のブログ記事で、ゴーン氏の逮捕劇とホリエモンの逮捕劇は似ていると書かせてもらったが、結局、不正問題などはどうでもよくて(目くらましの材料)、真実は一般人が知る由もないところにあるということなのかもしれない。

■「ゴーン氏のリストラ」と「現日産経営陣のリストラ」

 こんなことを書いても、逮捕された人物を端から疑ってかかり、自らが騙されている(真相を見失っている)可能性があることを考えもせずに批判してくる人もいると思う。
 「金持ちは悪」という思想が蔓延している日本では、ゴーン氏やホリエモンが無条件にヒール(悪役)になってしまうきらいがあるが、こういうところが、日本経済がいつまで経ってもデフレから抜け出せない元凶なのかもしれない。

 現在の日産自動車の株価は674円で年間配当が4000円なので、6%近い配当があることになる。ただ、この1年以上はずっと下降トレンドであり、業績も悪化し続けているので、いつまでも現在の配当が維持される保証があるとは言えない。

 ゴーン氏の行ったリストラを批判していた人達は、業績悪化で同じように大規模なリストラ(人員削減)に踏み切る現日産経営陣をどう思っているのだろうか?
 ゴーン氏の場合は、リストラを断行したことで日産自動車の業績をV字回復することに成功したが、現日産経営陣はリストラ後に(一時的にはではなく長期的に)業績を回復することができるのだろうか?
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posted by 自由人 at 16:06 | Comment(0) | 社会問題
2019年09月03日

韓国政府が犯した最大のミス


■お互いに言いたいことを言うのが友好国

 日本に対して「親日」「反日」という言葉があるように、最近では韓国に対して「嫌韓」だけでなく「断韓」という言葉まで飛び出し、日韓問題の話題には事欠かない日々が続いている。

 これまで他の東アジア諸国に対して平身低頭な謝罪外交ばかり行ってきた日本が少し強気な態度に出ると、プライドが逆撫でされるのか、その反抗的な態度を戒めようとする人々がどこからともなく現れる。

 国と国の関係とは本来、対等の立場が理想であるわけだから、お互いに言いたいことを言い、意見の合わない部分はどこかで妥協するという姿勢が望ましい。
 友好国の関係とは本来、そういうものだろう。どちらか一方が強気で、もう一方が弱気というような主従関係であるなら、それは見せかけの友好国だ。あるいは、どちらも言いたいことを言わない関係であっても同様、それも真の友好国とは言えない。

 このことは友人関係に置き換えて考えればよく解ると思う。考えが合わずに口喧嘩をして、お互いに悪口を言い合う時があったとしても、その後に妥協という名の和解をすれば、両者の絆はより深まるはずだ。それができないというのであれば、距離を置くしかない。

■文在寅政権の痛恨のミスとは?

 今回、日本でも珍しく表立って韓国批判が起こっているのは、韓国政府の責任であり、文在寅政権の痛恨のミスである。そのミスとは何であるか?
 それは、現在進行形で発生している事件についてバレバレの嘘をついてしまったことである。

 既に過ぎ去った昔の出来事については、その事実を調べようとしない知的好奇心の低い(受動的な)人々に嘘は通用しても、現在ただいま発生している出来事については、余程の鈍感な人を除き、嘘は通用しないという当たり前のことを見落としてしまったこと、それが最大のミスなのである。

 日本はマスメディア報道が少し左に偏っているとはいえ、幸いにも中国のような情報遮断国家ではないので、日々のテレビ報道を観ていれば、余程の鈍感な人でない限り、ある程度の事件の経緯が分かる。況して、日々、ネットで情報を漁っているような人であるなら尚更だ。文在寅大統領が嘘をついていることは中・高生でも分かると思う。

 韓国の失敗は、掟破りのプロパガンダを行ってしまったこと、これに尽きる。中共が香港デモの制裁に二の足を踏んでいるのも、同じく現在進行形の事件であるため、嘘で塗り固めることは容易ではないからだ。
 ネット社会で嘘をつき通すことはできないという現実が中共には見えているが文在寅政権には見えなかったのかもしれない。

 韓国政府が救われる道は「嘘を認めること」、基本的にこれしかないと思うが、日本に対して謝罪するなどということは死を選ぶことと同義なのかもしれない。友好国にあるまじき、そのプライドの高さが最大のネックだと言える。

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posted by 自由人 at 23:00 | Comment(0) | 国際問題