2019年03月31日

人工知能(AI)は人間を超えるか?


■人工知能(AI)は人間が書いたプログラム

 最近は、社会の至る所にAIが導入され、その勢いのせいか、人工知能(AI)万能論をよく耳にするようになってきた。「人工知能が人類の知能を超える転換点」のことを「シンギュラリティ(技術的特異点)」と呼ぶらしいが、近未来にそのような社会が訪れるというSF映画のような話も飛び交っているようだ。

 しかしながら、人工知能(AI)というのは、現状、人間が書いた(コーディングした)プログラムに過ぎないわけで、そのプログラムが勝手に自己進化するというような話は、どこか空虚さが漂っており、あまり現実味が感じられない。

 先日に読んだ高橋洋一氏の『文系バカ」が、日本をダメにする』という本にも、同じようなことが書かれていた。

 高橋氏曰く
 >AIは、人間が作った「プログラム」に過ぎない。
 >AIで起こりうること」というのは、すべて「プログラム化できるか どうか」という点に還元することができる。

 数学やプログラムに詳しい理系の専門家の意見として、人工知能(AI)についての身も蓋もない話が書かれてあり、「やっぱりな…」と膝を打った。

 本書は、昨年に出版された本だが、半分は高橋洋一氏の自伝のような本になっており、非常に面白く読むことができた。自伝本としても出色の出来映えだったと思う。

 高橋氏は子供の頃は「神童」と呼ばれていたらしく、その天才ぶりは、まるで漫画の主人公を彷彿とさせるものがある。
 小・中・高校は、1年間で学ぶ教科書を1日で全て読み終わり、その内容が、恰もポラロイドカメラで撮影するかのように全て一瞬にして頭に記憶されているという具合。高橋氏はその能力を「フォトメモリー」と書かれていたが、所謂「瞬間記憶能力者」なのだろうと思う。

 高橋氏の場合、記憶力だけでなく、理系的な頭脳も天才的で、数学に関して言えば、かの天才数学者、小室直樹氏よりも有能なのかもしれない。
 小室直樹氏も読んだ本を丸暗記できるような人間離れした記憶力を持たれていたそうなので、タイプとしては似ているところがあるのかもしれない。
【参考文献】『評伝小室直樹

■「人工知能(AI)万能論」は新手の進化論

 話は変わって、現代は、株の世界でも人工知能(AI)が持て囃されており、朝のテレビ番組などでもAIが本日の株価を予想している。
 これなども、過去の経済統計と現在の世界情勢というものをベースにして予測しているのだろうと思われる。
 AIが株の売買で人間よりも優れているところは、感情が入り込まないところだが、逆に、感情が無いところがマイナスになる場合もある。

 AIは計算速度(判断力)と情報量(記憶力)では人間よりも遥かに勝っており、感情が伴わない分、より正確な判断が可能にはなる。しかし、それは感情が暴走する人より正確な判断ができるというだけのことであり、必ずしも正しい判断とは限らない。判断するスピードが速いという意味での「判断力」であり、正しい判断ができるという意味での「判断力」ではない。

 AIは、将棋のような限られたルールのあるゲーム内では万能に成り得ても、限られたルールを持たない複雑な人間社会では先読みすらできない。仮に先読みできたとしても、それはエコノミストの先読みと大して変わらない。なぜなら、AIは人間が作ったもの(プログラム)でしかないからだ。
 例えば、トランプ大統領が誕生することを予測できた識者は何人かいたが、AIに予測できたかというと、多くのエコノミスト同様、できなかったはずだ。

 人間社会の先読みに必要なのは、直感と洞察力であり、どちらも感情というものを無視しては成り立たない代物だ。この部分が人間とAIの根本的な違いであり、この部分についてのシンギュラリティは、今後もおそらく永遠に起こらないと思われる。

 感情面においてAIが人間を追い越すことは永遠に不可能だと考えると、現代に蔓延る「人工知能(AI)万能論」とは、結局のところ、新手の進化論(仮説としての唯物論)でしかないのかもしれない。



スポンサーリンク




にほんブログ村 経済ブログへ
にほんブログ村
posted by 自由人 at 14:42 | Comment(0) | 社会問題