2021年09月10日

インフルエンザワクチンの300倍以上の死亡者が出ているコロナワクチン


■子供騙しの「ワクチンパスポート」

 日本の大手マスメディアでは報道されていないが、アメリカのフロリダ州では、コロナにおけるワクチンパスポートは「個人の自由を奪う」という真っ当な理由で禁止となった。
 もし、消費者に対して企業等がワクチンパスポートの提示を求めた場合は、その企業側に対して最大で5000ドル(日本円にして約55000円)の罰金が科されることになる。

 これに対して、日本では周回遅れのワクチンパスポートの発行が取り沙汰されている。
 時期的にも、「選挙対策だ」と言わんばかりのドタバタぶりだが、こんな差別的な愚策が本当に罷り通るとでも思っているのだろうか?

 ワクチンを接種させるための脅し文句としては少なからず機能するのかもしれないが、アメリカでも中止(違法)になったワクチンパスポートを、国家主権を持たない日本が独自に導入できるのかは甚だ疑わしいと言わざるを得ない。

 既にワクチンを接種しても感染を抑えることができないことも判明し、重症化を防げるかどうかも依然として疑わしいまま見切り発車でワクチンパスポートを導入するなどというのは、子供騙しの策略としか思えないのだが、なぜこんな幼稚な策略にコロッと騙される人がこれほど多いのだろうか?

■1回目よりも2回目のワクチン副反応が酷い理由

 私自身はコロナワクチンを接種するつもりは全くないが、私の周りでもコロナワクチンを2回接種した人が増えてきた。彼らが口を揃えて言うのが、「1回目は特になんともなかったのに、2回目では副反応が大きかった」というもの。こういう人は多いと思われるが、それはなぜだろうか?

 1回目も2回目も同じワクチンだと考えると、このような現象が起きるには、それなりの理由があるはずだが、ほとんどの人はそういうものなのだと思い込んでしまっており、その理由を深く考えようともしない。

 これまで伝えられている様々な情報を勘案すると、その答えはおそらく、1回目のコロナワクチンを接種後に免疫力が低下しているからだと思われる。一説では、コロナワクチンを接種すると、免疫力が6分の1まで低下するとも言われている。「6分の1」という数値が真実か否かは不明だが、免疫力が低下していると考えれば、1回目よりも2回目のコロナワクチン接種の副反応が酷くなるというのは理屈の上では筋が通っている。免疫力が低下しているというよりも、免疫力に異常が生じていると言った方が正解かもしれないが。

■コロナウイルスと人間の関係を磁石に例えると…

 コロナウイルスがなぜ恐いのかというと、感染するとスパイクタンパク質が血管内で増加して血栓ができるからと言われている。それで、コロナの感染を防ぐためにコロナワクチンの中にコロナの特質の一部と言われるものが入っている。その一部を体内に入れると、人間自身がコロナ化したかのように、自らの体内にスパイクタンパク質を作り出すようになる。

 コロナと人間の関係を磁石に例えると、コロナがプラスで人間がマイナスになる。プラスとマイナスがくっつくことで感染するというイメージに近い。そのため、コロナワクチンを接種すると、人間の身体がコロナウイルスと同じプラスになってしまうので、プラスとプラスではコロナを寄せ付けないというイメージになる。

 しかし、自分自身が半永久的にスパイクタンパク質を作り出す体質になってしまうため、月日の経過と共に体内のスパイクタンパク質が多くなっていき、血栓ができやすい身体になっていく。

 仮にコロナワクチンがコロナウイルスを防ぐことができたとしても、その代償として血栓ができやすい身体になってしまえば、どちらが良いのか分からない。そういったリスクがあることを知っている人はどれぐらいいるのだろうか?

 日頃から「コロナが恐い、コロナが恐い」と言っている人間が、コロナワクチンを接種して、自らの身体をコロナ化することで喜んでいるという不思議な現象が生じている。
 「知らぬが仏」とはこのことを言うのだろうか。このことは、本のシリーズにもあるように「言ってはいけないこと」あるいは「知ってはいけないこと」なのかもしれない。

■1155人の生命を軽んじる狂気のマスコミ

 それは扨措き、9月10日付の厚生労働省の発表では、コロナワクチン接種における死亡者数は、1155人となっている。副反応の重篤者も4000人を超えている。
 これらの数値も実態をとらえているとは思えない(実際はその10倍以上いるものと思われる)が、仮に、この数値が正しいとしても、既に例年のインフルエンザワクチンの300倍以上の死亡者が出ていることになる。これを全く報道しないマスコミは一体どうなっているのだろうか?

 因果関係の不明云々に関係なく、こんな重大なことを隠して報道しないということは、コロナワクチン接種者を増やすためには、どれだけの犠牲者が出ても構わないと思っているとしか考えられない。
 常日頃、「一人の生命は地球より重い」と宣っているようなマスコミが、コロナワクチンではどれだけの人間が死亡してもノープロブレムだと言わんばかり。もはや、この国(世界中?)のマスコミは完全に狂っていると言っても過言ではない。

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posted by 自由人 at 22:06 | Comment(2) | コロナ問題
2021年09月03日

「紙の本」と「電子書籍」は、どちらがお得か?


■「電子書籍」が「紙の本」に絶対に勝てないこと

 随分と前から、「紙の本」と「電子書籍」は、どちらがお得か?という話をよく耳にする。

 こういった比較をしている人は、大抵、「電子書籍」の方がお得だという結論に傾いてしまうのだが、どうも「便利さ」と「お得さ」を混同しているような気がする。

 「電子書籍」は、場所を取らないこと、劣化しないこと、文字を拡大できること、テキスト検索ができる等の利便性を持った媒体ではあるが、あくまでもそれは「便利さ」という意味での話であり、「お得さ」が成立しているわけではない。

 こう言うと、「電子書籍は紙の本よりも安価でしょ」と思った人がいるかもしれない。

 しかし、それは新品(電子書籍は必ず新品)で本を購入した場合の一時的な比較でしかない。

 「電子書籍」が「紙の本」に絶対に勝てないことは、ズバリ、他人に売ることができないことである。
 「電子書籍」は基本的に“希少価値”とは無縁の代物であるので、「紙の本」のように価値が変動することもない。注文があればコピーはいくらでも可能なので、コストがかからない分、価格も変動しない。バーゲンセールで激安で販売することはできるが、決められた価格以上で販売されることは有り得ない。

■「電子書籍」と「紙の本」の違いは、「不動資産」と「流動資産」

 一方で、「紙の本」は、新品で購入した価格が「電子書籍」より少し高くても、読み終えて本棚にコレクションするつもりがない場合は、中古本として売ることができる。

 例えば、私の場合、最近は新品で本を購入し、読み終えると、大抵の本はメルカリに出品して売ることにしている。

 少し人気のある本なら、1500円(税込1650円)の単行本の場合、1200円以上で即日売れる場合が多いので、手数料1割と送料を差し引いても、900円程度は返金される計算になる。

 「電子書籍」が「紙の本」より少し安くても、読んだ後に売ることができない不動資産だと考えると、売ることができる「紙の本」よりも結果的に高くなってしまう。売ることができれば、「電子書籍」と「紙の本」の販売価格の差額は十分に埋まってしまうので、出版後すぐに新刊で購入するメリットは大きい。
 本を消耗品だと考えると、自由に売り買いできる「紙の本」の方が圧倒的に自由度が高いと言える。

 また、先程述べたように、「紙の本」は「電子書籍」とは違って物理的な制限があるため、希少価値というものが発生することがあり、買った値段以上で売れる場合も有る。そう考えると、「紙の本」を保有することは、少額ながらも資産を保有していることにもなるということ。

 「電子書籍」の場合、どれだけ多数の「電子書籍」を保有していたとしても、全く売ることができないという意味では、あくまでも個人のコレクションでしかなく「紙の本」のような売買可能な流動資産とは成り得ない。

 「電子書籍」は利益率が高いという意味で販売側に大きなメリットが有る媒体であり、「紙の本」はユーザー側にメリットが生まれる可能性を持った媒体だと言える。

 多くの人にとってお得なのはどちらか? 答えは言うまでもない。

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posted by 自由人 at 23:55 | Comment(0) | 経済
2021年09月01日

「放射脳」や「コロナ脳」とは違う「ワクチン脳」


■唯物論的なイメージがする「○○○脳」

 東日本大震災の時の原発事故で「放射脳」という言葉(スラング)が生まれたことは記憶に新しいが、コロナ禍では「コロナ脳」という言葉(スラング)が生まれた。

 個人的に「○○○脳」という言葉は、あまり好みではないので使用してこなかった。「○○○脳」などと書くと、唯物論者のような感じがするので、どこか抵抗がある。「放射脳」も「コロナ脳」も、「脳」の構造に原因があるというよりも、単に「精神」の個性の違い(認識力の差)の問題だと思う。

 「脳」が先か「精神」が先か?という命題があるとすれば、私は躊躇するこなく「精神」を選ぶ。しかし、唯物論に傾倒したマルキスト達は、「精神」よりも「脳」が先にあると考える傾向があるので、「○○○脳」という言葉を好き好んで使用するのかもしれない。

 この辺のところは、以下の本に詳しいので、興味のある人には一読をオススメしたいと思う。

 

■これまでとは毛色が違う「ワクチン脳」の定義

 コロナ禍では「コロナ脳」という言葉だけでなく、「ワクチン脳」という言葉も生まれようとしているが、「ワクチン脳」は先の「放射脳」や「コロナ脳」とは少し毛色が違っている。

 それぞれを個別に説明すると以下のようになる。

 「放射脳」・・・・・科学や論理は無視して感情的に放射能を拒絶する人の総称

 「コロナ脳」・・・・科学や論理は無視して感情的にコロナを拒絶する人の総称

 「ワクチン脳」・・・科学や論理は無視して感情的にワクチンを受諾する人の総称

 世間一般では、「放射脳」「コロナ脳」「ワクチン脳」を同一視する向きもあるが、実際のところは少し違っている。前2者は「拒絶」がキーワードとなっているが、「ワクチン脳」だけは「受諾」がキーワードとなっている。「拒絶」と「受諾」では全く正反対だということに注意しよう。

 よく考えれば解ることだと思うが、ワクチンを拒否している人というのは、コロナを恐怖している人とは必ずしも一致しない。感情的にコロナを極度に恐がっている人が、感情的にワクチンも極度に恐がるということは、普通では考えられないレアなケースだとも言える。

■「ワクチン脳」を乗り越えられない知識人達

 面白いことに、これまで「放射脳」や「コロナ脳」という言葉を使用して他者を揶揄していた人々が、今度は自らが「ワクチン脳」に陥っていることに気付かず、科学や論理を重視して理論的にワクチンを否定している真っ当な人のことを感情的に批判しているという有り様。

 一般人ならともかく、著名な有識者までが、そんな状態に陥っているという惨憺たる状態。これまで、ある程度は信用できると思われた識者達の多くが、馬と鹿の区別も付かないような状態に陥っており、もはや、信用できる識者は数える程しかいないという有り様。

 少しだけフォローもしておくと、多分、彼らの多くは、幸か不幸か、ワクチンについてこれまでほとんど学んだこともないのだろうと思われる。自分や家族が大病を患うような経験をしない限り、独学で本当の医療知識を吸収するような行動はなかなか取れない。身の周りの人間が重病にならなかったことは幸運かもしれないが、その幸運ゆえに、本当の医療知識に触れる機会を得なかったことは、この上なく不運なことだったと言えるのかもしれない。

 ホップ・ステップ・ジャンプの如く、「放射脳」を乗り越え(ホップ)、「コロナ脳」を乗り越え(ステップ)ても、「ワクチン脳」を乗り越える(ジャンプ)ことのできる知識人は、残念ながら、あまりいないのかもしれない。

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posted by 自由人 at 21:46 | Comment(0) | コロナ問題